第貮章 自警団活動記録〇二 16P
「ごめん、ごめん」
うわの空で軽い謝罪の言葉を述べるルー。ユンヌに教えていなかったのは、忘れていただけ。自分が知っていれば、単なる人探しだけなら如何様にでも対応が出来ると高を括っていた慢心が主な理由。幸い、時間だけはあるので虱潰しに探していれば、見つかる。騒がしい二人を尻目にルーが通りをゆっくりと見渡していると早速、それらしき人物に目をつけた。
「うん? どうやら……あの人みたいだね」
「どれどれ」
「……どんな人?」
「ほら。あの外套のフード深く被った御仁さ」
ルーが指を差す方向に居たのは、通りの目立たない所に簡素な日除け付きの店を広げるとある人物。木箱の上に布を敷き、その上には装飾品のようなものが並べられている。容姿はこの酷暑にも関わらず、みすぼらしい外套姿で顔は頭巾をかぶっており見えない。何処からどう見ても鍛冶師には見えない。普段なら絶対に避ける怪しい人物に首を傾げる二人。
「間違いないのかい?」
「風貌は聞いている。こんな時期でも地味な薄手の外套を羽織っているのが一番の特徴。容姿は、前髪だけ白髪で頬に大きな火傷痕あるんだって。体格は中肉中背。表向きは装飾品を販売している商人。しかしながら隠された真の正体は……刀剣鍛冶」
「聞いてみれば、俺の知り合いに似たような人が……居たような……居なかったような」
「先に言っておけば良かったね。もし、知り合いだったら楽なんだけどね。期待は、しないでおく。今しがた、顔が少し見えたけど頬に火傷痕があった。それに販売しているのは」
「装飾品だね」
今のところ、まるで古典から飛び出してきたかの様な特徴に該当する人物は他に居ない。何ともそれらしいと言えばらしいのだが、逆に今どきの物語ですら忌避する使い古された特徴があからさま過ぎる。無論、それを指摘したから何かが起きる訳でも無いのだが。そんな特徴を耳にしたランディは知り合いに心当たりがあり、顎に手を当てながら考え込む。
「間違っていたらどうするの?」
「他を当たれば良い。どちらにせよ、虱潰しで当たって砕ける以外、他に方法が無いんだよ」
「何だかなあ……」
「通りは、そんなに長くも広くもないから時間は掛からないよ」
「仕方が無い」
頼りがいがあるのかないのか。これでは分からない。暗雲立ち込める先行きに二人は、頭を抱える。そもそもブランの人選に問題があるのではないか。そんな不信感が二人の頭に過る。しかしながらぴったりな人物を言えと言われても二人には思い浮かばない。町の誰もが似たり寄ったりで例え、立場を自分に置き換えても同じような末路を辿ったに違いない。
想像が現実に追いつき、ランディとユンヌは腹を括る。
「じゃあ、行こうか」
無言で頷く二人を従え、ルーは人の間を縫うように進み、目当ての人物へ近寄って行く。
「もし? 装飾職人の旦那。少しお聞きしたい事が」
「……冷かしは御免だ」
「そう言わずに。販売されている商品についてお伺いしたく——」
「其処に並べている。勝手に見ろ」
愛想笑いを顔に張り付け、声を掛けた所までは良かったが、不愛想な接客でいきなり躓くルー。声から年老いた男性である事は、判断出来た。それ以外は、何も分からない。唯一分かった事は、相手が頑固さと不愛想の権化である事。職人気質と言えば聞こえは良いが、商人としては失格だ。だからこそ、目当てでの人物である可能性は高い。
「いえ、其方に並んでいる商品ではなくてですね……」
「町の役人が何の用向きだ? 店頭に並んでいるものしか売っていないぞ? それとも査察か何かか? 生憎、この町にやって来たのは昨日だ。某に後ろめたい事は何も無い」
ルーの装いと言動で判断したのか的確に素性を当てて来る老人。何を言ってもざらざらした声でつっけんどんな回答ばかり。話が通じないばかりか、手振りで追い返される始末。そんな不毛な会話の最中、聞き覚えのある嗄れた声にランディは、首を傾げる。何処で聞いたのか、記憶を辿る内にその人物の心当たりに辿り着く。
「もしかして……その声はレーヴ翁ですか?」
「某の名を知っているとは……坊っ! こんな所で何を?」
「レーヴ翁。随分とご無沙汰をしておりました。お変わりなく?」
「ああ、某に仔細ない。それよりも驚いた……こんな片田舎の町で坊に出くわすとは」
「それは俺も同じですよ。翁」
ルーばかりに注目していて後ろに居たランディやユンヌに気付いていなかった老人。名を呼ばれ、頭巾の下から鋭い茶色の瞳がランディを睨む。すると老人も顔見知りである事に気付いたのか。驚きの声を上げながら立ち上がる。立ち上がった老人にランディが握手を求めると老人も素直に応じた。先程までの不愛想が嘘の様。ルーとユンヌは目を丸くする。
「ルー、ユンヌちゃん。この方は、レーヴ・フォージ氏。顔馴染みは、慣れ親しんだ呼び方でレーヴ翁って御呼びしている。俺の剣を打った鍛冶師さんだよ」
「っ!」
「へええ——」
ランディの紹介と共に頭巾を下げる老人。頭巾で隠れていた顔は、ルーの言っていた通りの特徴を備えていた。こけた頬には大きな火傷痕があり、前髪に集中した白髪。年頃は、レザンと同じくらいだろう。口周りに立派な髭を蓄えており、浅黒い肌と目尻と額の皺が厳格な雰囲気を際立たせている。おずおずと頭を下げて挨拶をする二人にレーヴも答えた。
「正確には坊の師に譲った三本の内の一本が坊の手へと渡り、今に至る」
「そうですね。おっしゃる通りです」
相も変わらずレーヴの表情は硬い。けれども声だけは、幾分か物腰が和らいでいる。ランディを連れて来たのは正解だった。特殊な伝手がなければ、相手にもして貰えない人物など、ごまんといる。それは、ルーの勤めている役場でも同じ事。これで話だけでも聞いて貰える環境が整い、ルーはほっとして胸を撫で下ろす。
「大体、一年前かな? お知り合いになったのは」
「そうだな。間違いない」
「丁度、王都にいらしていた時にお話しする機会があってね。その場であの剣を翁が打ったって事を知った。何せ、俺の師匠。肝心な事は何も教えてくれなくて。あの剣を打ったのがとっても名高い職人さんだって事も全く知らなかった」
「名声は、関係ない。某の使命を全うしているだけの事」
ランディとの話がひと段落着いた後、レーヴは咳払いを一つした後、改めてルーに頭を下げた。何の前触れも無くいきなり頭を下げられたルーは、動揺する。
「先ずは、先程の非礼を詫びねば……な。申し訳ない。何分、仕事柄良からぬ思惑を持った輩も訪ねて来るのだ。こうでもせねば、某も厄介事に巻き込まれるのでな」
「いえ。事前のお約束もなく、訪ねた非礼があります。此方こそ、すみません」
「ご理解、痛み入る」
厳格であるが故、己に非があれば、誰であろうとも謝罪が出来る芯の通った老人にルーは感服した。ランディが特別な敬意を払う理由も分かる。だからルーには、この先の展開も予見出来てしまう。恐らくこの老人から目的の品が譲り受けられない事を。
「それで。坊の友人は某に何の用向きだ?」
「フォージ様。失礼を承知でお願い事が。我々、三人は『Chanter』町長の使いで参上しました。町長は、事前に貴殿の来訪を存じておりまして……是非とも一本譲り受けたいと申し出ております。唐突なお願いで申し訳ないのですが。お売り頂く事は、可能でしょうか?」
無理を承知でルーは、レーヴに頭を下げる。ルーの申し出を聞いた途端にレーヴは眉を顰める。それからランディの方を向いて呆れた表情を浮かべた。
「坊よ—— お前、話をしておらぬな?」
「うっ……まさか、翁だとは思わなかったものでして」




