第肆章 開演 3P
ルージュはいきなり、ヴェールの脇の下に手を入れるとくすぐり始める。殆どの人間と同じく、脇の下が弱いヴェールはお手上げだった。ひたすら身をよじるもルージュは歯牙にもかけない。
「ほれ、ほれ。どうする?素直に大人しく着いて来れば止めてあげるが」
上から目線のルージュが脇に手を突っ込み、無表情でくすぐりを続ける。
「ひい! ギッ、ギブッ。ぎぶあーっぷ!」
「よろし」
息絶え絶えに苦しみで顔を歪めるヴェールが赤ん坊のように甲高い声でギブアップを宣言し、満足したルージュは手を脇から離して壁に手を付き、ランディたちに視線を移す。
ヴェールは「いつか、覚えといてよ」と過呼吸になりつつ、掠れた声をひねり出した。
「何か言った?」
「何でも―――― っとそう言えば、歩いていてさっきから気になっていたけど。今日は外から来てる人、特に旅人さんが多いかなあ。でも普通ならもう少し暖かくなってかっら来るよね?」
ヴェールは大通りを見渡しながら目に着いた町の様子へ話題をすり替えた。
「そう言えばそうかも。だけどはっきり言ってそんなこと、どうでも良いよ。集中、集中!」
ランディたちが中に入ったことを確認した後、怪しさを微塵も隠さずにそろりそろりと店に近付くルージュと後ろからいつも通りについて歩くヴェール。何事もなく、店まで来ると飾り窓から中の様子を確かめる二人。店内では異様にテンションの高いフルールが嫌そうな顔をしたランディにリボンやアクセサリーを手に取っては見せ、手に取っては見せと忙しなかった。どうやら『エンドレス、どっちが良い?』の最中らしい。
「うわあ。良いなあ……楽しそう!」
「私も買い物は好きだけどあそこまで悩んだりはしないよ」
中の惨状を見てヴェールは大きな目を輝かさせて羨ましがった。
方や、店内に目を向けたまま、さも分からないといったようにルージュは首を傾げる。
「あの嫌そうな顔を見るのが私……とっても好きなの」
「ベルは普通の女の子見たく、本当に面倒臭い子に育ったよね。全く……私とベル、同じ環境で育ったのにどうして此処まで差がついたのか」
うっとりした顔でヴェールはのたまう。
ルージュが悟りきったという雰囲気を出し、隣のヴェールの方へ顔を向けて馬鹿にする。
「余計なお世話。どっちかって言えばルジュはもう少し女の子らしくなるべき」
「遠慮するわ。私、女の子らしくなると発疹が出るの」
「出来ないの間違いでしょ」
ルージュの物言いがカンに障ったヴェールはしかめっ面で言い返す。蕁麻疹でも出て来たかのようにルージュは腕を掻き毟る。窓から少し離れて腕を組み、ヴェールは呆れた。
「わざわざなる必要性がないの間違い。やろうと思えば出来る」
後ろへ振り向き、方割れと同じようにない胸を張るルージュ。
「出来ない」
「出来る!」
腰に手を当てたヴェールが鼻で笑い、むっとした顔でルージュは喰って掛かる。
「出来ない、出来ない」
「出来るたら出来る!」
そのまま子供の喧嘩を始める二人。
「出来ない」
「出来る!」
「じゃあ、出来る」
「絶対に出来ない!」
「ほら、出来ないじゃん」
お返しだとヴェールがトンチでルージュに一杯喰わせてやる。
にこっと笑い、ヴェールは鬼の首でも取ったように揚げ足を取った。
「ぬああああ、もう一回!」
「いいよ?」
目的を忘れ、周りから注目され、笑われていることも目に入らず、言葉遊びに熱中する二人。
「出来ない」
「出来ない!」
「ふふふっ」
「にゃあああああ!」
勝手に自滅したルージュを満面の笑みで迎えるヴェール。ルージュは恥ずかしさで強気な顔を真っ赤にさせる。そんな二人の言葉遊びが続く中、一方店内では品物を買い終わったとみられる上機嫌なフルールとげっそりとしたランディが店の扉に向かっている姿が窓から見えた。
「あっ、フルール姉たちが出てくるよ。ルジュ」
まず始めに気付いたのはヴェールだった。ヴェールが驚きで目を見開かせる。
「へっ? なっ、何してんの。隠れなきゃ!」
振り向き、店内を確認したルージュも呆然とするが我に返り、ヴェールの背中を押して隠れる。気付いたのが早かったこともあって幸い、二人はランディたちが店を出るタッチの差で何とか隠れることは出来た。ランディたちは次に行く場所で揉めているようであまり周りに気を配っていない。出来るだけ労力を少なく済ませたいランディが必死にフルールの説得を試みているがフルールは全く耳を貸す様子がない。
次に向かったのは本屋。これに関してはランディも乗り気であった。ランディとフルールが店内で各々、好きな本に手を出す隣で方割れが吠えた。
「ルジュ! 止めないで」
ヴェールは激怒した。必ず、かの邪知暴虐なランディとフルールを除かなければならないと決意した。
何故なら、方割れのお守の所為で出来ないことをされているからだ。
「いっいや、唐突過ぎて意味が分らないよ! ベル」
ルージュはとてつもなく御立腹なヴェールを止める為、羽交い締めにして押さえこんだ。
「煩い、煩い!」と怒り、心頭のヴェールがルージュの制止を振り切ろうと躍起になる。
「もう、落ち着いて!」
「無理ったら、無理!」
「断言しなくても良いじゃん。と言うか思ったけど、あわよくば本を読もうとか考えてない?」
此処でルージュはヴェールの身体から手を離し、顎に手を掛けると気になったことを口にする。先ほどと同じだが兄弟姉妹という物は本当にお互いを理解している。ルージュの指摘は的確だ。
「なっ、何のことかな? ルジュ」
ルージュの指摘にヴェールはびくっと飛び跳ねる。ヴェールの電撃作戦は失敗に終わった。
「ヴェール!」
「えへへへっ、なあに? ルージュ。もう、怖い顔しないでよ」
お互いに間合いを計りながらじりじりと近づいたり、離れたりを繰り返す二人。
睨み合う二人。緊張の一瞬。
「逃げるが勝ち!」と言い、ヴェールは靴音をさせて逃走するも直ぐ、ルージュに捕まった。
「私を騙そうなんて百年早いのよ!」
「ごっ、ごめん! わっわらしが悪かっあはははっ。ふふふふっ」
双子がじゃれ合いながら後をつけるのと並行してランディがフルールの回りたい店の殆どへ回る羽目になったのは言うまでもなかった。
*
温かい昼下がり。やっとフルールが提案した殆どの店を回り切り、今度はランディにとって今日一番の目的である服屋にやって来た。着いて来ていたルージュもヴェールもフルールの勢いについて来れず、既にはぐれてしまっている。
「もしかしたらの話だし。まあ、当たっていても心配だけどこの町の住人だし大丈夫かな」
ランディはもし二人ついて来ていたのならばと言う心配をしていた。
「えっ、何か言った?」
「いいや、何にも。ただの独り言」
「あっそ……よし、今日はトンデモナイ掘り出し物を探してみせる!」
目を輝かせ、何も知らないフルールは意気揚々と目的地の店の前で堂々と宣言をして見せた。
「へーい」とぐったりしたランディは上の空で覇気がない返事をする。




