第貮章 自警団活動記録〇二 14P
「そうなれば、話が振り出しに戻ってしまいます。つまり、誘われるには女性らしさ、それに加えて親しみやすさが必要となるのでしょう?」
「そんな事は無いと思うのですが……話を限定しても良いなら俺は、セリュールさんから女性らしさや親しみやすさを感じると自信を持って言えます。何も欠けてはいません」
「ならば、それを形として見せて下さい。私に示して欲しいのです」
「……」
碧い瞳を潤ませ、切実にランディへ願うセリュール。どうやら時限は、迫っているらしい。手っ取り早く自信を取り戻させる必要があった。このまま放って置けば、自暴自棄になって何を仕出かすか分からない。愈々、その時が訪れた。
『はて、どうするべきか?』
この状況は矢張り、アレに頼らざるを得ない。しかしそれには、具体的な答えを用意しなければ。この場において最もそれらしい答えとは。時間、状況、物資の面でも限られている。
パンツのポケットに忍ばせていた残り二枚の札の内、一枚を手に取り、ランディは願う。
そして。願ったそれは直ぐにランディの視線へ入った。
「分かりました。セリュールさん。少しの間、目を瞑って下さい」
「むっ……それで本当に一目瞭然で私にその素質があると分かりますか?」
「はい。絶対に。約束出来ます」
しっかり目を瞑ったのを確認してからランディは上体を起こし、礼拝堂の花壇にある目当てのもの駆け寄り、顎に手を掛けて悩む。色とりどりに咲く中から橙と黄、そして白を選んでそっと摘む。摘んだそれを持ってセリュールの下へ戻るランディ。改めて見るとひた向きにランディの言葉を信じて目をぎゅっと瞑るその姿には愛おしさを感じてしまう。
少しの間、セリュールにランディは見とれてしまったがそんな事をしている場合ではない。屈みながら茎を纏めて結び、セリュールの髪へ作ったそれを差し込む。角度を微調整してから少し離れ、遠目から出来を確認し、その出来栄えに満足して頷くランディ。
「ばっちり」
願いは、至って簡単なものだった。
『彼女に最も似合う夏の花を』
これで駄目なら最早、自分に出来る事は何も無い。即席で粗があるのは、承知の上。乏しい知識と経験をかき集め、編み出した最善の策。実に子供じみた手だが、単純だからこその利点もある。その利点とは詳細な説明も不要で思考と感情の両方に直接、訴えかけ易い点だ。その利点を生かすも殺すも最後は、己の手腕次第だ。
「目を開けて下さい。セリュールさん」
「……何が変わったと言うのでしょうか? 私には、さっぱりです」
「それはそうですよ。見えていないのだから。手鏡、持ってます?」
「ええ」
「では、それでご自身のお姿をご確認下さい」
此処からは、勢いが肝心。一番、この場でしっくりと来る普段なら聞くに堪えない甘ったるい台詞は、既に用意してある。湧き上がる気恥ずかしさがランディの胸を擽った。そのむずがゆさをぐっと堪え、セリュールが手鏡で自分の姿を確認するのを静かに待つ。
「っ!」
籠から小洒落た装飾があしらわれた黒い手鏡を取り出すセリュール。その手鏡に映し出された己の姿を確認するとセリュールは、はっと息を呑む。
「こんな美人を誰が放って置くもんですか。許されるならその華奢な手を取って今から大通りへ繰り出したいくらいですよ。勿論、おべっかではありません。本心からの言葉です」
セリュールの前で片膝をつきながらランディがにっこりと笑う。鏡からランディへ視線を移した所で我に返ったセリュールは恥ずかしさで目を丸くし、耳も真っ赤に燃え上がる。
やっとランディの意図を理解し、セリュールは手鏡を持っていない方の手を額に当てて呆れ返る。少しの間、のどかな静けさだけが辺りを包み込む。
「ランディ君……花言葉はご存じですか?」
てっきり叱られるものだと半ば死を覚悟していたが、実際の反応は違った。落ち着きを取り戻したセリュールからの上擦った声と意外な質問にランディは戸惑う。何も確証はないが、思った以上に己の愚策が功を奏したのかもしれない。成功を目前にして浮足立つ反面で得体の知れない状況で恐怖を抱きながらランディは、恐る恐る答える。
「いいえ? セリュールさんに一番似合いそうなものを選んだだけです。申し訳ない話、育ちが悪いもので……そう言ったものには一切、疎いです」
「—— そうですか」
情けない話だが、セリュールが気がかりになっている花言葉に関しては、ランディの意思が及んでいない。あくまでも願ったのは、ぴったりな花である事。其処から先は、その願いに応じた最適解を更に札の効果が補ったものに過ぎない。指定された条件と照らし合わせつつ、拡大解釈を挟まずに最大の効果を付帯したと言うのが実情である。
「少し分かってしまったのが……何だか癪です」
ぼそりと呟きながら改めて手鏡でその花飾りをじっくりと眺めるセリュール。白は、永遠に変わらぬ心。黄は、高貴な心。橙は、古き良き時代。後々、ふとしたはずみでその花言葉を知れば、きっとランディは頭を抱えるに違いない。偶然の産物とは言え、恥ずかしげも無く、よく花飾りとしてセリュールへ献上したものだと。
「すみません。気を悪くされました? もしかして……花言葉が原因ですか?」
自分の意思が介在しない中で勝手に進む状況に困惑したランディは、首を傾げる。その何気ない仕草が無性に憎たらしくなったセリュールは、己の腿を軽く叩いた。
「……お黙りなさい。まだ、体調が悪いのですから早くお戻りなさい」
「もう大丈夫ですって——」
「私が良いと言うまでは駄目です」
「はい……」
有無を言わさず、ランディの手を引いてセリュールはまた横たわらせる。納得が行かずとも怒られるのが怖いので渋々、大人しく従うランディ。
「その花に似た髪飾りを探しますね? きっとお似合いです」
「……君と言う子は」
「約束です」
「……知りません」
「ははっ」
未だ、人の心は分からないまま。目の前で複雑な表情を浮かべる彼女が何を考え、何を思っているか。皆目見当もつかない。勿論、何かしら分かったと確証が持てたとしてもそれは、勘違いから来る錯覚だ。本質からは程遠い。だが、それで良い。肝心なのは、今と言う時間。
知ろうともせず、景色の一つとして遠目に見ていただけの彼女と距離が近いと今のランディは感じている。その感覚こそが何よりも重要だ。
「もう……ダメ。我慢の限界」
しかしながらそんな穏やかなひと時も束の間の平穏に過ぎなかった。新たな騒乱の登場によってランディの生命は又もや脅かされる。やっと一つの問題に終止符が打たれたと言うのに。その苦労すらも労われないまま、別なひと騒ぎに巻き込まれる。その宿命と切っても切れない間柄である事をランディは、すっかり失念していた。
「同感だね。怪我人だからって甘やかして目を離したら直ぐこれだ。信じられないよ」
「っ! ユンヌちゃんにルーっ!」
騒ぎの正体は、よりにもよって一番この場に居て欲しくなかった二人だった。揃って近場の民家裏から前触れも無く現れたかと思えば、恐ろしい剣幕で足早にランディの下へ近づいて来る二人。到着早々、間髪入れずにルーがランディを強引にセリュールから引き離す。
「そうだ。僕らだ。このボンクラめっ!」
「居るなら居るって言ってよっ!」
「珍しい組み合わせだから見守ってたの。そしたらこんな事になるとは……」
「何も悪い事してないっ!」
まるで犯罪者の様にがっちりと肩を掴まれ、身柄を押さえられたランディは必死に己の身の潔白を主張する。しかしながらセリュールと交わした会話の詳細を知らない二人からしてみれば、何やら特別な雰囲気を漂わせている様にしか見えない。




