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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅷ巻 第貮章 自警団活動記録〇二
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第貮章 自警団活動記録〇二 13P

「それは、君も同じでしょう。特に振り回すと言う一点においては」



「返す言葉も無いですね。確かに……」



 少し進んだと思えば、また始まりに戻る。難しく捉えているその固定観念を解くには時間が掛かるのだ。と言っても焦れば、仕損じる。仕損じれば、自分だけでなく、夫人とセリュールの間に深い溝が生まれてしまう。それは、あってはならない。何故、この様な責任重大な任が舞い込んで来てしまったのか。普段の行いに対して荷が重い。しかしながらこれも長い人生における修行の一環として捉えるしかない。こんな事で膝をついていたら先が思いやられる。ランディは、好天的に考えて良い機会だと腹を括った。



「まあ、俺の話は横に置いて。言ってしまえば、からかいが無いと言う事では? セリュールさんが思慮深く落ち着いているから時には、ちょっとした冒険をして来いと」



「日々の仕事と日課を熟すだけでは怠惰であると?」



「其処まで言いませんけど……普段と違う事をして欲しいのではないでしょうか? 夫人のお世話も重要ですが、時には目の届かない所で秘め事の一つでもして欲しい。若しくは、冒険の先で起きた小さな成功や失敗でも良いからその体験談の話をして欲しいとか」



「ふむ……」



 勤勉である事が全てでは無い。また、仕事に対して真摯に取り組む事も同様。それらは、己の人生を豊かなものにする道具に過ぎない。教養があれば、広い視野と様々な視点から目の前に広がる世界を捉えられ、色鮮やかなものとして見えるだろう。労働は、様々な事へ耐えられる忍耐と環境に応じた形態や習慣を変化させる適応能力が備わる。それらは、あくまでも己を研ぎ澄ます道具であってその先にある結果が重要なのだ。趣味や人間関係、これから進むべき指針。貯めるだけでは無く、使わなければ意味が無い。


 現状、セリュールはそれらの枠からはみ出さない生活を送っている。最早、枠では無く壁として機能していると言った方が正確かもしれない。だから何かしらの形で与えたものを生かして欲しい。もっと言えば、人生を謳歌して欲しいと夫人は、セリュールに願っている。たったそれだけの話だ。


「あくまでもこれは、俺の憶測なので正解では無いかもしれません。なので、参考程度に」



「いいえ……ランディ君の見解は、的を射ていますね。段々とこれまで見えていなかったものが見えて来ました。その一つの例としてお出しされたのが」



「さっきの話でしょうね。何せ、簡潔で手っ取り早く伝わりやすいもの。現にセリュールさんを挟んで聞いた俺にすら伝わっている時点でそれは、明白です」



「私を理解した上での夫人の言動。それを察した上で真意を読み解いたランディ君。私もまだまだ、勉強が足りていませんね。すみません」



 一切の遅滞なく、一切の齟齬も無い会話など存在しない。この会話も決定的な何かが欠けているに違いない。だが、それでも正解には一歩、近づいた。それでよしとすべきだろう。


 夫人の願いであると分かれば、セリュールにも受け止められる。期待を裏切った訳でも無く、怠けていると叱責をされた訳でも無い。この大前提が必要だったのだ。



「どちらかと言えば、言葉の意味に拘り過ぎて一時的に視野が狭まっていたと思います。俺でなくとも誰でも。動揺していなければ、セリュールさんだって直ぐに気付いていましたとも。純粋なひた向きさがちょっと行き過ぎただけだと思います」



「そうですね……私は、動揺していたのです」



 ぼんやりと物思いに耽けるセリュールは、そう言うと穏やかな町の風景を遠巻きに見る。



「その動揺した理由だけは、理解出来ます」



 新たな可能性を見出され、試されていると分かれば、話は早い。やっと思考と感情の歯車が噛み合い、改めて己を顧みてセリュールは、ほっと胸を撫で下ろす。それからランディの共感にセリュールは自信を取り戻し、そっと微笑む。



「では、改めて別の質問を。その冒険をする為に私はどうすれば?」



 初めての経験。そんな大それたものではないのだが、言葉にするならこれしかない。勿論、新たな一歩を踏み出すには途方もない勇気と忍耐が必要で失敗は付き物。そのくせ、成功は一握りしか与えられない。だが、その一握りの成功と言う一度口にしたら未来永劫忘れられない甘美な美酒を手に入れる為に人は、挑戦し続けるのだ。セリュールの目に一切の迷いはない。しかしながら山積している問題の解決までには至らない。



「好きにすれば良いのでは? これまで関わって来なかったものに自分から飛び込めば宜しいかと。何だって良いのだと思いますけど。急に悪ぶって酒場に乗り込むのもあれですが。気ままに顔を出すくらいなら……いや、皆珍しがって変に緊張が走るなあ」



「そうです。それが難しいのです。何処へ行っても私は浮きます」



 肝心なのは、セリュールの個性だ。それらが大きな障害であるのは間違いない。品行方正さと独特な近寄り難い雰囲気が邪魔をしている。どんな場面でも良い結果を齎す利点でもあるのだが、逆にそれらがあるから人を遠ざけてしまう。決して本人が望んだ結果ではない。上手く共生出来れば良いのだが、其処までセリュールも器用では無かった。



「ならば、誰かを誘うとかもアリですね。若しくは、誰かに誘って貰っては?」



「私の交友関係と言うべきでしょうか……仕事柄、年上の方ばかりです。その様に礼節を欠いたお願いは出来ません。また、誘われようにも殿方からは何も……」



「近寄りがたいと言いますか……奥ゆかしくて触れてしまうのも憚れる程の高貴で精巧なお人形みたいですからね。今更ですけど、俺ですら恐れ多いですから。それは、異性や同姓も同じでしょうね。しかしそれらもあってのセリュールさんらしさですから」



 寧ろ、それらが無くなってしまえば全てが台無しだ。利点を殺してまで得ねばならぬものなど無い。こうして会話しているランディにもその結論に至った。問題の根底にあるのは、関係性だ。深く知って貰えば、セリュールの長所に誰もが気付くだろう。例えるまでも無く、今のランディがそうなのだから間違いない。



「古臭い……ですかね?」



「寧ろ、良い意味で。古風な言い方をすれば佳人と言うべきすね」



「むやみやたらと煽てるのはお止めなさい」



「本当の事なのに」



「……」



 ランディが素直に褒めるとセリュールは頬を赤く染めた。からかった心算は無いのだが、セリュールは口をすぼめ、悔しそうにランディを睨み付ける。何とも扱いやすいのか、扱いにくいのか分からない。尤もそんな姿がランディの目を釘付けにした。自分は、セリュールに魅了されている。その魅入られている根源が女性らしさから由縁するものかは分からないが、それだけの魅力を彼女は持ち合わせている。後はそれを自覚させ、セリュールに自信を持たせれば良い。段々とランディにも展望が見え始めていた。



「話を戻しますが、同性同年代の友人も故郷ばかりで此方には……」



「なるほど……」



 故郷から遠く離れたこの地でセリュールは、自信と自身を喪失している。まるで自分の居場所を探し求めていた孤立していると勘違いしていた己の様に。境遇だけは、嘗ての自分と酷似していた。だから同姓で在ろうと異性であろうと同世代の人間に近寄り難いのだ。ならば、己が与えて貰ったものに手を加え、形を変えて与えるべきだろう。情けは人の為ならずとは、よく言ったものだ。こうして人の善意は人の間で回り続けている。

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