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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅷ巻 第貮章 自警団活動記録〇二
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第貮章 自警団活動記録〇二 9P

 何のきっかけもなく灯り、揺ら揺らと宙を舐める蒼い火に驚き、目を丸くするシトロン。驚きでシトロンが小刀を落としそうになった寸での所でランディは、火を掻き消す。



「流石に……驚いた」



「これが種も仕掛けも無い本当の魔法さ」



 小刀を持っていない左手を己の胸元に寄せ、シトロンは早鐘の様に高鳴る心臓の鼓動を押さえつけた。そんなシトロンの下へランディは、歩み寄ると小刀を回収する。



「……魔法にかけられた」



「一杯食わされたんじゃなくて?」



「違う……」



 小刀を鞄に仕舞うランディの横からシトロンは胴へ両腕を回し、抱き着いた。それからたどたどしく、言葉を紡ぐ。そんな吐露にランディは、微笑みながら冗談を言う。その冗談に対してランディの胸元に顔を埋め乍らシトロンは、大きく首を横に振る。



「魅せられた魔法の所為で思わず独り言が出そう」



「どんな独り言かな?」



「……不機嫌な本当の理由」



「聞かないから言ってごらん?」



 珍しく素直なシトロンを前に少しやり過ぎてしまったかと一抹の不安を覚えながらもランディは問う。だが、そんな詰まらない不安も単なる杞憂で終わった。



「不機嫌な一番の理由は……私が一緒に行きたかったから」



「また、そんないじらしい事を……出掛ける機会なんて何時でも作るさ」



 強い腕の絞めつけで一瞬ランディの息が詰まる。言葉よりも先に子供じみた我儘の所為でランディは苦笑いを漏らす。そんな事を言われてしまえば、今度は例えどんな用事があったとしてもシトロンを優先してしまうだろう。



「ほんとに?」



「本当。約束しよう」



「やった」



 顔を上げて満面の笑みを浮かべるシトロンにランディは、お手上げだった。やはり、どう頑張ってもこの眩しさには勝てない。それは、これまでも同じ。そして、これから先もきっと勝てる日は来ない。負け続ける対価としては十分過ぎるもの。



「それでは、お嬢さん。これにして失礼」



 シトロンが離れるとランディは会釈をして店から立ち去る。立つ鳥は跡を濁さぬものと相場は決まっている。一時の平穏を得た代わりにまた一つ何かを後回しにしてしまった気もするが、それでよしとするしかない。



「災難ってのは、これか。そして最低でも後、二回。こんなのが待ち受けている訳だ」



 次の配達先へ向かう前に一休みが必要だった。やはり、日常生活における気の張り方と業務における気の張り方はと違う。また、今回は別種の緊張感も同居しており、それが難解さを更に上げている。当然だが、それを乗り越えた時の達成感も素晴らしいもの。暫く無かった心地の良い疲労感に襲われ、ランディは己の生を実感しつつ、路地裏で煙草に火をつける。


 紫煙を吐き出し、通り沿いに真っすぐ伸びる青空を仰ぎながらランディは独り言を呟く。



「君たちもいきなりの呼び出しに答えてくれて本当にありがとう。助かったよ。後、火つけちゃってごめん。熱かっただろう。流石にやり過ぎたね」



 そんな独り言の最中。鞄の中からぼんやりとした人型の霞が六つ現れる。碧色の霧の気配を感じ、ランディは笑顔を浮かべる。そう。このぼんやりとした霞こそが先の出来事における立役者たち。強力で有能なランディの協力者。彼ら無しでは、成し遂げられなかっただろう。彼らは、ランディが養成所時代に幾つもの困難を共に乗り越えた仲間たちであり、今もそれは変わらず、ランディの窮地に手助けをしてくれている。



「男だからね。仕方が無い。ついつい格好つけようとしちゃうんだ。次からは、気を付ける」


 はしゃぐ人型達の中で一つだけ身振り手振りで必死に無言の抗議をする霧が一つ。確かに最後のあれは酷かった。完全にランディが調子に乗った独断専行で何の前振りも無しに火を付けてしまえば、抗議が来るのも止むなしだろう。



「何にしても上出来だったよ。君たちとは、連携が取りやすい。曲芸も俺に合わせてくれたし、手拭いの奴も君たちじゃなきゃ完璧に俺の『力』を通せないから出来っこない」



 ランディだけの実力では無い。曲芸が上手くいったのも彼らが刃の角度と受け取る拍子を合わせたお陰。手拭いも同じで今のランディには、己と意思疎通が出来るものや己の体の一部として感覚の延長が出来るものに限ってしか複雑な『力』の操作が及ばない。残りの二つは、比較的単純なので自力でも出来るが、それでも完璧にやりきれたと自信を持ってランディは言えない。だからこそ、思いも複雑だった。



「何時も出番が戦場だけだったから……ずっと申し訳ないと思ってた。もっと、世が世なら……こんな風に穏やかな日常で活躍出来ていただろうと前々から思ってたんだけど……」



 共に戦場を駆け抜けられた事は、幸運に思っている。だが、それは同時に凄惨な現場に彼らを巻き込んでしまったとも言える。もっとより良い未来があっても良かった。無責任に人殺しの片棒を担がせてしまった事に罪悪感は絶えない。顔に影を落とすランディに対して霞たちは、ランディのシャツの袖を握りながら強く首を横に振る。



「そうだね。君たちの為にもより良い世の中にしなくちゃ。頑張るよ」



 霞たちに励まされ、やんわりと笑みを浮かべるランディ。自分が生かされただけではない。譲れない戦いが。守るべき戦いが。後世に繋げる為の戦があったのだ。それは、これからの彼らにとって必ずしも悪しき結果を齎すものではなく。彼らと己が払った代償は、決して無駄では無い。其の為にも己は、前を向かねば。信じて付き従ってくれる彼らの為にも。



「次は、あの日だ。約束したからね。毎年一回必ずって。そう言えば、もうそろそろだね」



 約束の日は近い。そのランディの言葉を聞いて盛大にはしゃぐ霞たち。それからはしゃぐ霞たちは、ゆっくりと風に流されるかの様に消えて行く。



「やっぱり持つべきは、最良の戦友だ」



 最後に煙草を咥え、大きく煙を吐き出すとランディは、歩き出す。



「さて……次はどんな困難が待ち受けているんだ? 楽しみで仕方が無い」



 暫くの間。こんなにも没入する事が皆無だった。多少、悩み事の種はあれどもこの様に先行きが不透明では無かったのだ。寧ろ、この緊張感が心地良い。ぬるま湯に浸かっていたなどと口が裂けても言えない。しかしながら穏やかに流れる日々に少し詰まらなさがあった事は隠しきれない。そして、次の厄介事が訪れるのもそれほど、時間は掛からなかった。



 その後も弛まず警戒していたが、すんなりと残りの配達が終わり、ランディは誰よりも先に礼拝堂へ辿り着いてしまう。手持無沙汰なので又もやランディは胸のポケットから煙草を取り出す。実を言えば、先日までは煙草の箱を見る度に気が滅入っていた。何故なら本数制限が厳しかったからだ。その日吸って良い本数以外は確実に全部没収されており、一本減る毎に涙が零れそうだった。今は許可が下り、以前よりも本数が増えた煙草の小箱を見て笑みが止まらない。


 最近のランディには、そんな詰まらない事ですら幸せを感じてしまう。それくらい幸が薄かった。煙草を咥えながら礼拝堂正面扉にある段差に座り込んでぼんやりと人気が無い景色を眺めていると急に甲高い犬の鳴き声と共に落ち着いた女性の声が近づいて来た。その声がする方へ視線を向けると此方へ向かって走って来る腕に網籠を下げた侍女服姿のセリュールと数カ月で三倍ほど大きくなったマルの姿があった。



「こらっ。待ちなさい。そんなに慌てたら転んでしまいます」



「ご機嫌用、セリュールさん。マルは、今日も元気そうだね」



 全力で手綱を引っ張り、ランディに向かって一直線。ランディの前でやっと止まったマルに続いて少し呼吸を乱すセリュールも此方へ辿り着く。着いて早々、間髪入れずに煙草の火を消すランディに全力で飛び掛かるマルを見てセリュールは、額に手を当てて呆れ返った。

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