第貮章 自警団活動記録〇二 7P
されど客と従業員と言う配役。つまりは主従関係がある以上、下手は打てない。また、勘ぐり過ぎた故の杞憂もあり得るのでシトロンも対応に困っている。一見すれば、不平不満の様で実際の所は相談であった。
「それはなんだか聞いている限りだと胡散臭いなあ」
「でしょう? だからあんまり行きたくないんだけど。ご指名だって姉さんが」
「自分からは断り辛いね。逆に忙しいとか適当な理由をつけて断って貰えないの?」
誰かに頼る事も悪くない選択肢だ。それも恐らく望み薄かもしれないと分かってはいるものの、全ての可能性を当たっておくべきだろう。
「羽振りが良いんだから……さくっと売り上げに貢献して貰えって」
「君の手腕を買っての言動だろうけど……怖いんだったら素直にそう言えば良い」
「姉さんもそれくらい朝飯前で上手くやってるし。所詮は、客商売だから卒なく躱してなんぼ。今回の事も単に面倒だから突っ撥ねられたんじゃなくて自分で何とかしないといけない事。姉さんが本当に言いたい事も分かってりゅ——分かってはいるの……」
既にランディの提案も着手していた。お叱りの裏にある真意にも正当性があり、シトロンも異論は無い。結論として最終的な決着は、己で片を付けるべき案件であるのは間違いない。
「もし、怖い目に遭いそうだったら俺を。着いて行くくらいなら気軽に呼んで」
「うん……そうする」
用心棒くらいならランディにも出来る。怯えて揺れる灰色の瞳が少しだけ和らいだ。少なくとも相手が本来の目的に向けて本腰を入れるとするなら何かしら事前に予兆があるだろう。それを見過ごさなければ、未然に防げる。今のところは、シトロンの変化に気を付けていれば良い。現状、部外者が介入できるだけの十分な大義名分が無い以上、それがランディの出来る最善な懸命で堅実な判断だろう。
「ほんとなら今日のお使いも着いて来て貰いたいけど……我慢する」
「ごめん。突然な話だから予定が……地味におっかないお目付け役が居るから恐らく君も知ってるだろう? 配達の後にブランさんの用事があるから行けそうにない」
「勿論、分かってる—— 私の代わりをユンヌが買って出てくれたから」
事前の情報が無かったので唐突な依頼にはランディも対応が出来ない。そもそも此度の案件は、前もって自分のあずかり知らぬ場で手筈が整えられている。席を外そうにも肝心な交渉と目利きに関しては、この町においてランディの右に出る適任者はいない。もし、その任を放棄してしまえば、二人が途方に暮れる姿が目に浮かぶ。
「でも……私とブランさんどっちが大事なワケ?」
「シトロンだけど—— 先に約束があったからそっちが優先。それとは別に困ってる悪友を放っておくなんて俺には到底、出来ないよ。ごめんね」
町の至る所で耳にする様な痴話喧嘩。まさか自分がその当事者になるとは思ってもみなかった。だが信頼の喪失は、己の沽券に関わって来るもの。それは、ランディ自身に限った話ではない。ランディの後見人であるレザンにも迷惑が掛かる。勿論、そんな事で目くじらを立てるレザンではない事も分かっている。寧ろ、下らないと切り捨てて無視を推奨される可能性が高い。されど、自分がレザンの名に泥を塗る事が許せない。何より、己の窮地に駆け付けてくれる友の窮地に自分は駆け付けないと言うのも可笑しな話だ。
「——っ!」
「駄々を捏ねない。痛い、痛い」
「ああ言えば、こう言うっ!」
「そうさ。俺は、天邪鬼なんだ」
完全に機嫌を損ねてしまった。ランディの肩を平手で何度も叩くシトロン。力の調整はされているのだが、少しだけ傷に響く。間違った事は一つも言っていない。寧ろ、悪気が無い分だけ猶更、質が悪い。それが間違いなのだ。異議を唱えるのであれば、慎重に感情へ寄り添った言葉を選ばねば、帰結はこうなってしまう。
「なら代わりに……頑張るご褒美頂戴。今直ぐに」
「いや、それは可笑しい。ご褒美って普通は、やり遂げた後のものだろう? 終わった後なら幾らでも時間があるから労いで付き合うよ。買い物でも食事でも」
「イヤ。今じゃなきゃ、イヤ」
「……なるほど」
一体全体、本物の天邪鬼は何方だろうか。そんなぼやきを心の中で漏らしながらランディは考える。目を細め、睨み付けて来るシトロンの横でランディは、前髪を弄りながら悩む。
『これかあ—— さて、どうしたものか』
早速、秘密兵器の出番が訪れた。考え得る選択肢は、無数。されど、最適解は、ほんの一握りに限られている。更に己の望む未来は一つだ。全てを収束させるには何が得策か。勿論、求めている答えが分かり切っているので後は、その過程を矛盾無く作り上げるだけ。
「じゃあ、君は何が欲しいんだい?」
「考えて当てて」
「はははっ——」
苦し紛れの乾いた笑いが漏れる。試されているのだ。これまでの積み重ねと関りについて。無論、それらの経験が己に警鐘を鳴らしていた。素直な感性で挑んでも無駄であると。そもそも今、何を欲しているのかちっとも分からない。加えて物欲に関してもシトロンは、ほぼ自分で解消している所為で好みもさっぱり。何せ、贈答品を強請られた事が一度も無い。金銭の授受も以ての外。愛らしさと同情心を誘う表情を浮かべている一方で心の内ではニヤリと笑っているに違いない。さながら完璧に隙の無い城を攻め落とすには何が必要か。そんな謎かけを問われている様なものだった。
「……」
「そんなに考え込まないと思いつかないの? 私たちのカンケイってそんなもん?」
更なる追い打ちで間髪入れずに揺さぶりをかけて来る。時間は刻一刻と過ぎ去って行く。時間が掛かれば、掛かる程に期待が自分を置いて先走って行く。
『ちょっと……狡いかもしれないけど。彼らの力を借りるか』
想像を超えた奇をてらう電撃作戦と言えば良いのだろうか。少し狡いかもしれないが背に腹は代えられない。シトロンは、条件を指定してこなかったのが唯一の幸いだ。ならば、己が最も得意とするそれを存分に披露してやれば良い。絶望に屈し掛け、死んだ魚の目をした茶色の瞳に今一度、生気が戻る。
「シトロン。いきなりだけど、奇術や曲芸は好きかい?」
「まあ……嫌いじゃないけど。子供騙しは一切、通用しない」
「ふふふっ……そんな生温いもんじゃない事は、保障しよう」
「無駄に誇張するのは良いけど、ガッカリさせないでね?」
「まあ、見ててよ」
情けない道化が今日だけは、敏腕の奇術師としてその才を人目に晒す。勿論、シトロンにはその本質を悟らせない程度で。ポケットから貰った札を静かに取り出すと椅子の背凭れに隠し、目を瞑ってランディは心の中で祈る。
『お願いです。彼らを此処へ導いて下さい。六本。いや、六人で良いので』
ランディの願いをしかと聞き受けた札は、一瞬にして蒼い炎を上げ燃え上がり、灰も残さず消えた。すると同時にランディの鞄がもぞもぞと動き、何かが入って来るのをランディは察した。ランディが呼び出したのは、小刀六本。それらは、以前に五人の賊を討伐した時に使用していた小刀である。何の変哲もないものに見えるが、その戦だけでなく、幾度かランディの窮地を救って来た戦友なのだ。そして、それは平凡な日常であっても同じ。
『ほんとに来てくれた……助かるよ』
配達の品の間で綺麗に納まっている抜き身の鈍色の綺麗な刀身がランディの労いへ呼応するかの様にきらりと光る。準備は整った。ランディは颯爽と立ち上がるとシトロンの前で大きく腕を広げながら仰々しく深くお辞儀をし、それから鞄に手を突っ込むと抜き身の小刀を取り出してシトロンの前でこれ見よがしに掲げて見せる。




