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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅷ巻 第貮章 自警団活動記録〇二
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第貮章 自警団活動記録〇二 6P

「武運長久をお祈りしておりますね。私はこれにて失礼いたします」



 これで彼女の些細な用事は終わり。別れの時間だ。あれだけ居心地が悪かったのにいざ別れの間際になったら名残惜しさがランディの胸に宿る。次の機会があれば、もう少し余裕を持って彼女の戯れに付き合うのもやぶさかではない。それもこれも自分の未熟さが招いた要因だ。己の不甲斐無さを押し殺し、ランディも笑顔で女を見送る。



「此処に居たと痕跡や名残さえも無い。立つ鳥跡を濁さずとはよく言うけど、此処まで徹底している人はそんなにいないよ。ほんとに恐ろしい女神様だ」



 女が持っていた日傘で地面を軽く小突く辺りが眩い光で埋め尽くされ、ランディは思わず目を瞑ってしまう。そして、また目を開くと目の前には見慣れた景色が広がっていた。薄暗い小道の先には、明るい大通りが見える。訪れも突然で優雅であれば、別れも同じ。一貫した女の演出にランディは感嘆した。



「さて……ぐずぐずして居られない。行こうか」



 何時までもあやふやな夢と現実の狭間に呆けている訳にも行かぬ。ランディは襟元を正し、両手で己の頬を叩いて気合いをいれると歩き出した。さて、予言された今日をランディはどう生き抜くのか。かくして他愛のない日常に隠れ潜むランディの試練が始まった。



 事前に警告されていたので警戒して普段よりも慎重に行動した結果。一件目から三件目までは順調に配達が完了し、特に問題は起こらなかった。勿論、拍子抜け等と油断しても良い理由にはならない。問題とは、起こるべき事由と起こるべき起点、そして起こるべき相手が揃って浮上するもの。各配達先では、それらが揃っていなかったから平穏無事で済んだのだ。しかしながら次の四件目は違った。


 寧ろ、警戒すべき要点が揃っている。最初から分かっていれば、心のゆとりが保てる。何事もそうだが、浮足立ってしまった時が命取り。そう考えれば、自分は随分と甘やかして貰っているのでは無いかと錯覚してしまう。本来ならば、そんな錯覚を覚える程、問題は起きないもの。感覚の麻痺。いや、少しずつ飼い慣らされていると表現した方がより正確なのかもしれない。



「……やっと来た」



「これでも君の為に急いで配達に来たのだけど」



 四件目の配達先は、シトロンの家だった。要点は、揃っている。原因も時機も相手も全てだ。生唾を飲んで扉を潜ると待って居たのは、人っ子一人いない薄暗く静かな店内に椅子の上で足を組む給仕服姿のシトロン。ランディは愛想笑いを顔に張り付け、肩掛けの鞄を漁りながら歩み寄るとつっけんどんな言葉が放たれる。


 まだ何もしていないのにも関わらず、出鼻を挫かれて早くも心が折れかけるランディ。



「お見通しよ。効率重視で手近な配達先からでそ? 誰よりも先に来てよ。私の為に」



「さては……とてもご機嫌斜めだ。一体全体どうしたって言うんだい? 時間に多少の余裕はあるからちょっとした愚痴くらいなら聞こうじゃないか」



 組んでいた程良く筋肉の付いた足を解き、立ち上がるとランディの襟元を引き、軽く頭突きを食らわせた後、歯を剥き出して唸るシトロン。赤くなった額を手で摩りながらランディは、愛想笑いから苦笑いへ切り替える。想定していたよりも状況は、酷くない。無言と無視の合わせ技だったらもっと大変だった。機嫌を取って不機嫌な理由を問い質すまでにかなりの段階を踏まねばならず、多大な時間と労力を要しただろう。この天邪鬼も見方を変えれば、可愛らしいもの。機嫌を取れと意思表示してくれているのだから。



「むっ……」



「むっ?」



 冷静に一つ一つ対処しようとランディは、襟元の手をやんわりと解き、シトロンを椅子に座らせ、自分も近くにあった椅子を引っ張り出して隣に座る。するとランディの肩にシトロンが己の頭をこつんとぶつけて何かを強請って来た。理解が及ばず、首を傾げるランディにシトロンの灰色の瞳がじっととした視線を向ける。



「んっ!」



「はいはい」



 求められているものが何か分からないまま、直感で頭を撫でるとそれが正解だったらしい。くすぐったそうな笑みを浮かべるシトロンにランディは、ほっと胸を撫で下ろす。これで不機嫌な理由を聞いても少しずつ話して貰えるだろう。



「少しは機嫌が直ったかな?」



「まあ……筋道立てて話せるくらいには」



「ほんとに君って忙しい子だね。怒ったり、笑ったり、泣いたり」



「もし、そんな風に私の事を感情の起伏が激しいと女って感じているなら」



「なら?」



 どちらかと言えば、ランディからしてみるときかん坊の我儘娘でしかない。その印象は、偏っていると言わざるを得ない。だが、逆にその偏った主観は、これまでの関係性から目を背けていたランディから一歩成長した姿と言えよう。知ろうとした又は、関わろうと歩み寄った結果、形成された新たなシトロンの像。勿論、それが正しい筈も無く。だが、釦の掛け違いがあったとしてもそれを恐れてはならない。最初から最適解と言う名の欺瞞を求めるのではなく、その掛け違いを許容し、直し合える関係性こそが正しいのだ。



「それは大体がランディの所為ね。分かってる?」



「なるほど……俺が振り回されている様でその実、振り回していると……とても興味深いね。目から鱗とは多分、この事を言うんだろうね」



 主観が変われば、見えている景色も違う。ころころと変わる感情。その原因があると考えれば、共感も出来る。当然、その感情とは、海と表現しても差し支えない何処までも深く進んでも底が見えない世界へ踏み込んでしまうと本来のあるべき姿も見失い、溺れてしまう。


 何事も突き詰めるには、己の領分と言うものを弁えるべきだ。



「もしかして馬鹿にしてる?」



「いいや? 反省してます……」



「……ならヨシ」



 今のところは、二人の関係性。つまりは、己の領分からはみ出さないだけに収まってくれている。ならば、素直に悪役に徹すれば良いのだから。これで第三者が関わって来たら複雑さと状況把握の困難さが相まって指数関数的成長を遂げ、いよいよ手が付けられなくなる。



「はあああ—— 姉さんに面倒な仕事を押し付けられたから怒ってた」



「面倒事? それはどんな内容だい?」



「時々、この町にふらっと来るお客さんが依頼主。宿屋に料理とお酒の配達なんだけど」



「なんだけど?」



 それだけならば、取り立てて大事にする理由が分からない。何の変哲もない通常業務の一環であり、シトロンにとっても当たり前の日常だ。問題は、何であれそつなく熟せるシトロンが手を焼く厄介事に発展している原因だ。



「私、行きたくないの」



「あんまり感じの良い人じゃないのかな?」



「怒られるとか、いちゃもんつけられるとか……そんなんじゃない。どっちかって言えば、人当たりが良いとは……思う。小奇麗な格好してて羽振りも良いおじ様」



 外面がきちんとしている相手こそ、思考が読めず厄介だ。先ずもって真意、何を求めているのかが分からない。己を秘匿し、油断させ、相手を引き戻せない所まで誘い込んだ所で一気に流れを持って行く。実に下らないが最も有効的な手段の一つ。其処に金銭が絡んだ利害の一致があれば良いのだが、そう結論付ける判断材料が少ない。



「なら何が引っ掛かるの? とっても良いお客さんじゃないか」



「ジロジロ見つめられたり……後は笑い方がとっても薄気味悪いの」



 不安げに俯き、強く両手を組むシトロン。どうにも下衆の間繰りが拭えない。恐らく二人が懸念している事態は、一致している。

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