第肆章 開演 2P
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「ふあああ……どうしてくれるのよ! これで夜は眠れなくなったじゃない」
淡く冬の太陽が照らす大通りを歩くフルールが寝癖ではねた髪を撫でつけつつ、言った。
「フルール、何かおかしいよ。もう少し大人になろう……」
ランディはフルールの言葉に心底、がっくりした。礼拝が終わり、買い物をする為に二人は教会を出て大通りを歩いている。ランディの服を買うこととフルールの買い物が目的だ。
気合いを入れるフルールは静かに燃えていた。
「よし、こうなったら今日は沢山の所を見てへとへとになるまで頑張らないと」
「うわあ……」と言い、逆にランディはげんなりとし始める。
「何よ! 元はと言えば朝から礼拝に誘ったランディの所為よ。責任を取りなさい、責任を」
「別に悪いことする為に誘った訳じゃないでしょ。何で俺が怒られるの」
胸にビシッと指をさし、睨みつけるフルールがランディに食ってかかる。
ランディは町の景色に目を傾けながら左手で頭を抱えた。
「迷惑を考えなさい、迷惑を」
「何でだろう……生まれてからずっと当たり前だったことが今の一言で崩れ去った気がする」
「そんなもん、あたしが知るか!」
フルールに身も蓋もないことを言われたランディはこの世の理をちょっとだけ理解した。
どうせ一人の人間のこだわりなど他人から見れば道端の石ころ程度の価値しかないのだ。
「空しいね、この世の中って」
フルールの殺し文句に煤けて果てしなく広がる青空を見上げて一人だけ輝く太陽を羨むランディ。太陽だけは移ろいがなく、誰からも認められて輝いているのだ。
「昼間なのに何で黄昏てんのよ。時間は有限! 一分、一秒も無駄には出来ないわ」
「―――― はあ、分かった。今、行く……よ?」
フルールはランディの背中を叩くとさっさと先に行ってしまう。フルールの後を渋々、着いて行こうとしたランディは背中に不意に誰かの視線を感じた。確かな確証はない。しいて言うならば今まで培ってきた軍人としての勘だろう。気になったランディは偶然を装った風にさり気なく、振り向いて見るも後ろには明確な意思を持って此方を見ている者はいない。露店が並び、馬車が何台か走り、茶色の外套を着た旅人がちらほらと見え、旅人の相手をする町民など、人も多くいる。毎日見る町の風景だった。首を傾げるとランディは考え始める。
「此処、数日。外に出ればつけられているし、店番をしていると妙な視線を感じるんだよなあ」
ランディが倦怠感を全身から漂わせる。最近、配達や買い物をしている時や店番をしている際に視線を感じることが多々あった。最初は気の所為かと思っていたが段々と確信できる証拠が出てきている。その証拠と言うのが例えば、ある日人通りの少ない道を通った時に振り返ってみると隠れる人影と物音を聞いたことや「誰かいますか?」と試しに聞いてみると可愛らしい女の子の声で「にゃあ、にゃあ」と猫の鳴き声のマネが答えたこと。
またある日の配達で決定的な証拠を掴もうと追手を撒き、適当な店に入って外の様子を見てみる金髪の女の子が二人、きょろきょろと辺りを見渡して何かを探しているのが見えたこと。極めつけはランディが店番をしている時間帯に一度は必ず、飾り窓から金髪の頭が二つ見えるのだ。これで大体、見当はついていた。
「余所者の粗さがし……かな?」と言い、ランディは額に手を当てて苦い顔をする。
「やっぱり、どっかしらで誤解を解かないと。後々、大変なことになる」
ランディが解決せねばならない問題の増え方には凄まじいものがあった。
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ランディとフルールから少し離れた所に止めてある馬車の後ろ、そこにはブランの娘達、ヴェール、ルージュ・クルールの二人はいた。二人の格好は小さなサイズの紺色の外套に茶色の手袋、黒い靴。外套の下にはそれぞれの個性にあった服装だ。
「ねぇ、ルジュ。私達のこと、あの人は絶対に気付いているよ? もうやめよう」
ランディに見つからないよう隠れているヴェールは同じく隠れているルージュへ耳打ちをした。
「何、言っているのよ。ベル、今さらやめるなんて選択肢ないわ」とルージュは言い、全くヴェールの言うことを聞かず、見つからないよう、隠れて様子を窺っている。
そう。この二人が此処、最近つけ回す二人組の正体なのだ。
「ええー」
ルージュの猪突猛進な答えにヴェールはおっとりとした目に不満の色を浮かべた。
「ずっと言ってるけど。だってあいつ、明らかに怪しいじゃない。人が出て行くばかりのこの町にわざわざ来て住みたいって言うんだよ?」
「確かにそうだけど」
真面目な顔をしたルージュが今まで後を追いかけて来た理由も含めてそれなりの理由を提示する。顎に指を掛け、思案顔のヴェールは概ねルージュの意見に同意をした。
「しかも何かアイツ、嫌い。無駄にヘラヘラしているし」
「でも、それを言うならおとーさんもだよ……」
首を傾げ、ヴェールが興味がないという風に自分の長い髪を弄りながらブランを例に出す。
「うう、おとーさんのあれは一種のビョーキだから良いの」
強気な顔に諦めの色を見せたルージュは首を横に振る。
「そうだね、私達から見てもそろそろセンセーの所に連れて行きたくなるくらいの病気だよ」
二人は少しの間、自分達の不甲斐ない父親に思い馳せた。
「後は、フルール姉のことも心配だし」
「大丈夫だよ。フルール姉はとっても強いもん」
ルージュが出来あいの言い訳を言い、ヴェールはない胸を張って自信満々に反論する。
「もしもってことがあるでしょ」
「ない、ない。昨日だって普通にあの人をボコッボコボコにしてたし」
一瞬で昨日の出来事が二人の頭の中を通り過ぎる。同時に二人の小さな口からは「うーん」と困ったような呻き声が。確かにフルールのフライパン捌きはなかなかの物だった。
「何でだろう、私。だんだんあの人の方がマトモに見えて来た」
「確かにフルール姉はなあ。でも、でもこれは町の安全を考えてのことよ」
「そうやってまた逃げる。昨日まではルジュが問題起こさないようにって、仕方なしに手伝っていたけど。もうイヤ! どう頑張ったってあの人からは何も出てこないよ」
これまでの結果を踏まえ、ヴェールがもっともな意見を並べた。小さな口を窄め、更に続ける。
「それに今日は町役場の図書館に行って本を読もうかと思っていたのに……」
自分のしたかったことを思い出し、柔らかそうなほっぺたを膨らませてヴェールはむくれた。
一つ補足をすると二人の前日の話も洩れなく聞いていた為、今日の尾行は礼拝堂の所から始まっていた。全くもってご苦労な話である。ルージュとヴェールが口論をしている間にも立ち止っていたランディはフルールの後を追って歩き始めていた。そしてどんどん二人から離れて行ってしまう。ランディの後をついて行きたいのにヴェールの説得が今一つとして上手く行かない。
何故なら理論攻めで一歩、一歩詰めてくるヴェールにその場凌ぎの言葉で勝てる筈もないからだ。ルージュのジレンマは最高潮に達していた。
「もう煩い、煩い! 行くと言ったら、行くの!」
「出たー。ルージュお得意の駄々をこねる。おとーさんにはそれが通じるかもしれないけど私には全然、通じないよ」
強気な顔を歪めて吠えるルージュ。姉妹だからこそ勿論、相手の出方は完璧に把握している。ルージュの横暴さはヴェールに通用しない。
「知るか!」
「もう、引っ張らないでよっ」
業を煮やしたルージュはヴェールの腕を引っ張って行く。息が合わないへっぽこな二人組の追跡者は結局、ランディの後を追って行くのだった。そして小さな足で追跡する二人など露知らず、ランディとフルールが向かったのは町案内の日に一度入ったことのある装飾品店だ。
「まずはバーグさんのお店ね」
一つ店を挟んで壁に隠れ、二人は尾行し続けている。
「だう……」
「『だう……』じゃなくて、もう少しマトモな返事してよ。ベル」
「なう……」
「お主、あくまでもその態度を貫くつもりか……そしたら私にも考えがあるわ」
「いや。ちょ、ちょっとやめっ! ふふふふっ。あはっははは」




