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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅷ巻 第貮章 自警団活動記録〇二
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第貮章 自警団活動記録〇二 4P

「何も知らず……責任も背負った事の無い子供に戻れと? ご冗談を」



 流石に子ども扱いされるのにも飽きが来た。ゆっくりと上体を起こし、ランディは煙草を咥えた。隣で拗ねるランディの肩へ女はしな垂れかかり、そっと目を瞑る。



「無論、そんな頓珍漢な事は申しません。その時々で成長したランディ様との戯れを大切に致しますとも。掛け替えのない時間です。ですが、惜しむ感情は別の話」



「感情に関しては、専門外です。主な専門は察知、探知、感知の出来るものだけです。知識や経験、目で見え、肌で感じ、耳で聞こえ、鼻で嗅げるものでなければ、分かりませんから」



 過ぎ去った時間に思いを馳せる女にランディは、情緒もへったくれも無い素っ気なく返答する。こんな時くらい共感の一つくらいしても罰は当たらないだろう。勿論、そんな考えがランディにも過った。しかしそんな安っぽいまやかしを彼女が求めていない事も自然と理解している。敢えて突っぱねたのだ。



「そうですね。だからヒトは、会話をするのです。少しでも近づこう。少しでも共感しよう。少しでも見ているものを同じ目線で見よう。ですが、心を包み込む体は単なる依り代に過ぎません。目的を追い求めた結果、過程が目的となってしまう事は、往々にして御座います。即物的な考え方ばかりしてはよろしくありませんよ?」



「しかしこの体が無ければ、自分がしたい事も行きたい処へも行けません。大切な人を守る事だって。行動しようと行動をしなくとも結果が分かるからこそ、拘ってしまうのです」



「そうですね……心とは、本当に不可思議なもの。どれだけ答え合わせをしても必ず釦の掛け違いが生じます。根本的な相互理解は、あり得ず。妥協無くして存続はありえません。ましてや、結果など以ての外でございます。難しいですね」



 つくづく無意味な問答だとランディは、思う。どれだけ語ったとしてもその本質に至っていないのだから中身も無い。言ってしまえば、何方も正しくないのだ。ランディの主張は、当事者意識と熱を持った俗物的なもので本質を追い求めれば、追い求める程に遠ざかる。対する女の主張は、確かに理想的ではあるものの、地に足が付いておらず、本質に対して距離を縮められない。その姿勢にぴったりな付箋を貼るとしたら傍観者だろう。何処まで行っても冷淡で他人事なのだ。こうして肩を寄せられても女から体温が感じられないのは、きっと気の所為ではない。だからなのだろう。目を掛けて貰っているのは。期待されているのだ。



「でも貴方様には、是非とも出来るようになって頂きたい。人の心に触れられる存在として。それがランディ様ご自身のお望みであり、私共が微力ながら力添えをするべき願いでございましょう? すみません……立場も弁えずに力添えなど。言葉が過ぎました」



「いいえ……俺一人では到底、成し得ませんよ。お力添えが無ければ。結局……即物的で答えを求めたがるのも根っこは其処にあるのは間違いありません」



 その域に達して居れば、これまで経験した悲しいすれ違いも無かっただろう。自分の不甲斐なさを自嘲するランディ。幾ら期待を持たれても到底届きそうに無い領域。それがどんなものかも分からない。だからこそ、戸惑うのだ。彼女らに選ばれたのが自分で良かったかと。それこそ、適任者は星の数ほど居る。敢えて自分である必要は無い。選ばれた理由は、誰よりも強く望んだから。ただ、それだけだ。いっそうの事、見放して貰えれば、さっぱりするのかもしれない。


 けれどもそれは、己が許さない。何故ならこれまで払って来た犠牲の全てが無駄になってしまうからだ。それだけはあってはならない。そして、その責任だけでは無く。今のランディは新たな使命も背負っている。最早、この体は自分だけのものでは無い。そして、後退も闇雲に前進する事も許されない。



「そう。ランディ様が答えをお持ちになっているのであれば、私の心配も杞憂です。安心いたしました。それでこそ、ランディ様です。何処までも御供いたします」



 そう言うと隣で満面の笑みを浮かべる女。その笑顔が今度は、嗜虐的な悪魔の笑みに見える。その二面性にランディは差し出された手を取ったのは間違いだったかもしれないと思った。されど、結局のところ相手が聖女でも悪魔でもこの世が地獄である限り変わらない。 


 己が更なる高みへ至るには、その手を取らねばならないのだ。



「ですが、今は御身をご優先下さい。そして御心のままに。私の願いはただそれだけ」



「善処いたします」



「素直じゃありませんね? 本当に悪い子です」



「っ!」



 女はすっとランディの顔に己の顔を寄せて来た。向かい合う虹色の虹彩と茶色の虹彩。雰囲気に飲まれてそのまま自然と唇を重ねそうになったが、ランディは寸での所で理性を取り戻す。心配をするならば、あまり刺激しないで欲しいものだ。一秒刻まれる毎に心労が溜まる。胸騒ぎと胸の高まりが止まらない。やんわりと女を引き剥がし、疲れの滲む目頭を軽く揉みながらランディは、首の骨を鳴らす。



「まだまだ、お子様ですね」



「言わないで下さい。どんなに頑張ったって貴女には敵いっこない」



「ふふふっ」



 肩の力を抜き、ランディは煙草の吸い口に齧りつく。己の魂まで吐き出す勢いで大きく煙を吐き出すと少しだけ胸の重しが取れてくれた。そんなランディを尻目に女は、日傘を手にしながらゆっくりと長椅子から立ち上がる。



「さて—— このまま何時までもランディ様との貴重な時間を過ごしていたいのですが。そろそろ、お暇の時間。本当に心惜しいのですが……」



「流石に俺の心も折れそうになってますので。どうぞ、ご容赦を」



「折れてしまっても構いませんよ? まあ、こんな早い時間にお外では、私も躊躇しますが……せめてもお部屋に招き入れて頂ければ存分に」



 艶めかしく腰を反らし、少しだけランディの方へ振り返る女。降り注ぐ陽光による影も相まって妖艶な雰囲気を漂わせる女。ちょっとした隙を見せただけでこれだ。取り返しのつかない事態へ陥る前にランディは己の精神を研ぎ澄ます。



「やめて下さい。小僧相手に。大人気ないですよ」



「今日は、見逃しましょう。次はありません」



「……次の機会が無い事を祈っています」



「どうでしょうか? それはランディ様次第です」



「全力でお世話にならぬよう頑張ります」



「その意固地な一面もお子様ですね」



「何とでもおっしゃって下さい」


 どれだけ言葉を重ねても心が揺るがない。その理由は一つ。気が付かぬ内に自然と茶色の瞳が蒼く染まっていた。心のゆとりと自信を取り戻したランディは、辺りに漂う堕落した空気を一掃した。ランディの意思へ呼応するかの様にひんやりとした清々しい一陣の風が通り抜け、女の髪を撫でる。女は僅かに驚くも蒼の粒子を纏うランディに対して真剣な表情で恭しく跪き、ランディの手を握った。



「それでこそ、私の求めたランディ様です」



「……」



 何とも腑に落ちない一幕であったが、これで少しでも悪戯が収まってくれれば、御の字。ランディはそう納得した。しかしながら直ぐにランディの期待は裏切られる。



「そうです。うっかりしておりました。愉快なひと時で忘れておりましたが、お暇の前にランディ様へ献言とお渡ししたいものが御座います」



「随分と唐突ですね……後、何も問題が起きないとおっしゃっていたのは噓ですか?」



「無論、偽りでは御座いません。寧ろ、意思決定をする上位存在もこれに関して然したる問題では無いと判断しておりますが。されど、ランディ様にとっては大問題となり得ると私個人の独断であり……言ってしまえば、大きなお世話で御座います」

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