第貮章 自警団活動記録〇二 3P
慌てた様子で彼女は取り繕うもそれすら演技だ。ランディは、騙されない。
「折角の御答えですが、丸ごと鵜呑みに出来ません。何故なら貴女の行動には一つ一つに必ず意味があります。こんな風に休暇を過ごされている様に見えていても何かしらの意図があり、その目的の為に行動しているとしか……俺が知りたいのは真意です」
前提として田舎の町など、この世にごまんと存在する。ましてや、余暇を過ごすならこの地よりも適した環境の町がある。今なら海辺の観光地や近く見晴らしの良い高原がある避暑地が良いだろう。言ってしまえば、敢えてこの町を選ぶ理由が無いのだ。何よりも余暇を過ごすだけならこの場にランディを引き込む必要性が無い。
「流石に長いお付き合いですから。こんな誤魔化しは通用致しませんね。ですが、ご安心下さい。問題の発生が事由で参ったのでは御座いません。単純に予後の確認で参りました」
「……」
態々、回りくどく彼女の言い訳を一つ一つ潰して行ったのは、少しでも手掛かりを引き出す為。どうせ、幾ら探りを入れた所で本音は引き出せない。勿論、様子見も目的の一つではあろう。だが、この問答自体が相手にとってはお遊びの一つなのだ。
「勿論、それはお身体のお話ではなく、心のお話です。寛解や治癒の援助も私共の使命です。確認だけでなく、こうして赴く事でランディ様の憂いを少しでも緩和出来ればと」
「……大丈夫です。こうしてまた、俺は立ち上がる事が出来ました」
「ええ……一点の曇りも無い眼と立派なお姿を見れば、私も疑っておりません。ですが、時には本音を吐露するのも傷を癒すには重要です。身近な存在にお伝えし辛い事も御座いましょう。全てを知る私共であるからこそ、吐き出して頂ける事もある筈です」
言わんとする事は、分かる。表向きは、ランディも乗り越えている様に見えていてもまだ、引き摺っているのだ。あの惨劇を忘却の彼方へ追いやるにはまだ早い。くわえてその時に得た教訓とアンジュの遺志を無駄にしてはならないと己に誓った。これはあくまでも自己完結するべき課題であり、誰の手も借りてはならないとランディは、考えている。
「散々……泣いて悲しみました。悔しさを噛み締め、己の不甲斐無さを恥じ、それでも立ち上がって今があります。立ち止まっている暇は、ありません。亡き友の願いを背負って俺は生きます。そう……望まれてしまいましたから」
恥も外聞も殴り捨て現状をありのままに話すランディ。話の途中で自分でも気が付かぬ内に自然と右手が己の心臓辺りを掴む。どれだけ御託を並べても苦しいのだ。その苦しさがあったとしても進み続ける。一気に吐き出した所でランディも限界だった。大きく肩で息をし、額には脂汗が浮いている。必死に強がるランディを見てかの女も苦笑いを漏らす。
「固い信念をお持ちである事も存じております。ですが……あの青年はそんな険しい道を行けと言った訳では御座いません。ランディ様の幸せを祈っていたのです。このまま、無策に突き進んでも同じ事を繰り返してしまいます。だからこそ、時には一休みや立ち止まって今後の在り方を考える事も重要です。それらを怠惰と切り捨てて悪しきものと扱ってしまうのは、極端にも程があります。当たり前に誰もが必要とするものですから」
「……」
「時間は、たっぷりと御座います。此方へ」
もしかすると真の目的とは現状を打開する為なのかもしれない。生き急ぐランディを見るに見かねて手を差し伸べた。それが此度の邂逅に至る顛末なのだろう。怪訝な顔をして承服しないランディの手を取り、女は誘導する。抵抗しようにもランディに余力は残っていない。抗えず、さほど強い力でもないのにランディは引っ張られた。
「隣にお座り下さい。さあ」
「っ!」
そしてランディが隣に座るとそのままかの女は、ランディの肩にやんわりと腕を回し、身体を傾けさせ、ゆっくりと自分の腿にランディの頭を持って来る。ランディが慌てて起き上がろうとするも押さえつけられて上体が上がらない。次第に体も重くなって手指も動かせなくなり、ランディは大人しくなる。静かにあやされるランディへ女は口を開く。
「時には他者からの介入が一切無い無為な時間を。今の様に木陰でゆっくりと過ごす事もなさって下さい。さすれば、モノを見る視点が変わり、考え方も変わって参ります。どうでしょう? ランディ様。今は、何が見えますか?」
「……ご立派な双丘が目の前に」
真上を向いているので主張が強い胸しか見えない。それ以外で見えるのは、整った顔が半分だけ。素直に見えたものを答えるとランディは、額を指で軽く弾かれた。
「この質問に関しては、私に大きな誤りがありましたね」
分かり切った事をと思いながらも頬を染めて恥じらう女にランディは目を奪われる。この会話に何の意味があるのだろうか。ランディにはさっぱり、分からない。もしこんな茶番を繰り広げるのが出向いた目的だとすれば、狂っている。そして、相手に対する違和感が強過ぎて恐怖を覚える程だ。何を考えているか分からない相手に相対する事ほど辛いものは無い。考えても疲れるだけだと悟り、ランディは白旗を振る。恐らく、この茶番の目的もランディの警戒を解く為のもの。このまま、身構えていたら延々と続くに違いない。
「……あからさまです。分かりきっていたでしょう?」
「こんな私は、お嫌いですか?」
「不自然なんですよ……そんな風に顔を赤らめる素振りも」
最初から全力で振舞わされては敵わない。しかも己の武器も的確な使い所も知り尽くした相手となれば、猶更だ。だが、本性の一端を垣間見ているランディは、素直に騙されない。
寧ろ、騙される方がずっと楽なのかもしれない。思考の帰結に答えが至っても己の心と本能が警鐘を鳴らすのだ。この漂う甘い空気に決して飲まれてはならないと。
「ちょっと背伸びして頑張ったのに」
不服そうにランディを睨む女。そんな彼女の頬にランディは手を伸ばして添える。
「その砕けた言葉使いもですね。透明感があり、大人びていて……淑やか……しっとりとしていて逆に爽やかさを兼ね備えている。貴女の印象はそんな感じです」
「……」
それまで饒舌だった女が不意に言葉を詰まらせた。
何が起きたのかとランディは、女の顔を見つめる。
「……その様に不意打ちで手放しに褒められてしまうと……上手く反論が出来ません。もっと年相応な素朴さと可愛らしさを持って頂きたいものです」
頬を膨らませて拗ねる女にランディは、微笑む。ぎりぎりの所で正気を保って居られたのは、彼女の瞳に映る自分のお陰かもしれない。瞳に映る自分の顔は、まだ揺らいでいない。しっかりと意識を保てていたから一矢報いる事が出来た。
「所詮、精一杯……背伸びして貴女に追いつきたいと足掻く若造ですよ。俺は。やられっぱなしは性に合わないのでね。そんな年頃の俺は可愛らしくないですか?」
「全くもって悪い子です。ですが、とっても好みです」
結局のところ、まぐれはまぐれでしかない。頬を優しく抓る女は、微笑む。語彙の少ないランディがもし表現するならこう言うだろう。聖女の微笑みだと。何故か、己へ絶対的な安心感と心の平穏を与えてくれる。これが大人の余裕と言うものなのだろう。自分の周りにいる者にも見習って欲しいとランディは切に願った。
「はあ……けれども時と言うものは本当に残酷です。少年時代の純粋さは何処へ」




