第貮章 自警団活動記録〇二 2P
「大丈夫。それは、僕から上手く手回しをしておくよ」
「なら、問題ないのですが……」
疑念や懸念ばかりが頭を埋め尽くし、ルーの表情は硬いまま。そもそもブランが自信満々で計画を進めようとしている所から引っ掛かりを覚えていた。それを察してか、ブランは肩を竦めながら考え耽るルーへと問いかける。
「何だい? 何か問題でも? この前やった秘密の会合よりもずっと健全な話だが」
「……何故それを。いえ、深くは聞きません。引っ掛かりを覚えているのは、当の鍛冶師についてです。その情報は確実なものなのですか? それ程の技量を持つならそもそもどれだけ秘匿していても名が広まってしまうでしょう。難解な堅物にしても程がありますよ」
「勿論、ルー。君の懸念は正しいものだ。だが……だがもし、その鍛冶師が特別な顧客を相手にしているとしたらどうだね? 例えば、士官学校とか、国軍。主だって将校様が該当するだろう。無論、それだけに留まらない。この国において最高戦力であるアレにも伝手があったとしたら? そうなれば、秘匿されていても可笑しくは無い。因みに情報の出所は、王都にお住まいのとある高貴なお方からだよ。恐らく、信じるに値する情報だ」
「うーん」
「まあ、此処で考えても答えは見つからない。当たって砕けてくれ」
「何とも世知辛い世の中だ」
ブランの説明でルーも合点が行く。それならば、情報が秘匿されている事にも納得出来る。
その特別な顧客と言うのがブランとルーの想像通りであれば、事によっては上手く事も運ぶだろう。顎を撫でながらルーは、算段を立て始める。
「だとすると……ランディにとって顔馴染みの可能性もありますね」
「それはどうだか、分からないけど。兎にも角にも交渉役を頼むね。お金は、幾らでも出す」
「何だか……恐ろしい大役を任されてしまった様な気がするのですが……本当に僕らで大丈夫なんでしょうか? もしやらかしてしまったらブランさんにもご迷惑が。何せ、相方が相方なもので……やらかしに定評がある大馬鹿ですから」
好条件が揃っている様に見えても現段階では、どれも想像の域を超えない。また、相棒は手元にあれば有益な切り札になるが、場合によっては逆に有害な貧乏くじにも成り得る。何よりも使い所を見極めるのがカードよりも難解。それが一番の問題だった。
「まあ、それは大丈夫なんじゃないかな? 何だかんだで商人も板について来ているからそんな場であからさまな失態は起こさないだろう。何よりもランディは、レザンさんの顔に泥を塗る事を特に嫌うから。それにランディの剣を見たら分かるだろう? 使い込まれていながらも素人の目でも分かるあの精巧な作りの剣をさ。剣の実力もさることながら目利きも確かな筈だから気に入られるに違いない」
「そう言うものですかね……」
何処までも楽観的に考えるブランにルーは、首を傾げてしまう。勿論、この場で座っているだけだったらどれもこれも思い浮かぶのは、皮算用ばかり。最終的には、当たって砕けるしかないのだが。ルーは、下らない御使いごときで爆散したくなどない。肩に力が入るルーを見かねたブランは、机の引き出しから煙草の箱を取り出すとルーへ投げて寄越す。ルーは、受け取ると礼を言って一本咥えた。それを見てブランも自分のパイプを取り出して一服。
「寧ろ、由々しき事態なのは、僕がたった一人の若造を動かす為に事前の断りと計画を求められている事さ。一体全体、この町はどうなっているんだ? これでも僕は町長だぞ?」
「どんなお立場だろうと関係ないですね。所謂、治外法権ってヤツです。それにブランさんは、アイツで遊び過ぎました。暫く反省して下さい」
ルーにとってはブランの愚痴等、些末な事。寧ろ、今まで好き放題し過ぎた故の帰結であると思っている。言ってしまえば、身から出た錆だ。
「分かっているけど……文句の一つも言いたくなるさ」
「僕なら良いですけど、他の人には言わない方が良いですよ?」
「それも分かってる」
何故、自分の周りにはこうも手の掛かる問題児ばかりしかいないのか。それを言った所で解決しないのは理解しているし、頭痛の種も消えない。待って居ても先に進んでもその時は、訪れる。自分に出来る事と言えば、訪れたその時で自分の立ち位置を変えるくらいのもの。もしその位置取りを間違えれば、火の粉は己へと降りかかる。後の自分が苦しまない様にやれるだけの事をやって後は、運に任せるだけだ。
「準備、出来たよー」
そんな風に追憶の彼方でルーが思考を彷徨わせていると不意に現実が意識を引き戻して来た。そうだ。こんな事をしている暇はない。ぼんやりとしていたルーの瞳に光が戻る。
「ふむ……」
「どうしたんだい? 何か心配事?」
「いいや、仔細ないよ。それよりも分担は、終わった?」
「うん。これで完璧だと思う。それぞれ近場で固めたよ。ルーは、北側を。ユンヌちゃんは、町の西側。俺は、町の中央だね。レザンさんに聞いたら店番は変わってくれるって」
段取りも既に二人で決めていた。後は、割り振られた分を配達するだけだが、どうにも様子が可笑しい。一人の担当だけやたら大きな荷物が多いのだ。二人は、それぞれ配達分の荷造りを済ませており、残されたのはルーの配達分だけとなっている。
「何だか……僕のが一番重たそうなんだけど」
「それは、仕方が無い。ユンヌちゃんにこんな重たい物を持たせる訳にも行かないし。俺は……ね。見ての通りこんなだから」
「流石にそんな事でごねるのはどうかと思うの。友達でしょ?」
「はいはい。分かったよ。分かりましたとも。友の為に喜んでやらせて貰うさ」
ルーが出立の準備を終わらせた後、三人は店の前で解散する事となった。
「じゃあ、一同散開。昼過ぎに礼拝堂で落ち合う」
「はーい」
「はああああ」
晴れ渡る空の下。ユンヌは軽やかな足取りで町の西側へ。大きな荷物が乗った背負子の所為でルーの足取りは重い。少し罪悪感を覚えるランディだが、時には誰かに頼る事も必要だと思い直す。尤も配達後にはきちんと約束通りブランの依頼を遂行する約束があるのだからこれも相互扶助の一環と言うべきだろうか。
「さてと……俺も行こうか」
二人の出発を見届けた後、ランディも歩き出す。歩き慣れた小道を進んで行くのだが、大通りへなかなか辿り着かない。もうそろそろ着いても可笑しくないと首を傾げていた所で見慣れぬ小さな庭園が目の前に姿を現す。庭園には、手入れの行き届いた花壇に囲まれた小さな東屋が一つあるだけ。ランディは、その東屋に視線を奪われてしまう。
「……」
そもそも町にこんな場所は存在しない。移り住んでから家の近場は、何度も行き来しており、全て把握している。勿論、町はそれほど入り組んでもいないので迷い込んだのではない。つまり意図的にこの場所へと招かれたのだ。東屋に備え付けられた古風な長椅子。その長椅子に上品な姿勢で座る儚げな後姿の女性へランディは近づき、声を掛ける。
「何故……貴女が?」
「お久しぶりで御座います。ランディ様。その後のお加減は、如何でしょうか?」
忘れもしないセミロングの白髪の髪と虹色の虹彩。今日は珍しく、装いが変わっており町娘の様な簡素な赤紫色のドレスと洒落た真っ白な日傘を携えていた。彼女の仕業であれば、大通りへ辿り着く筈も無い。穏やかな笑みを前にしてランディは、心を揺さぶられるも空咳を一つした後、決まりが悪い顔をする。
「お聞きにならずとも既にお分かりでしょう? 聞いているのは俺です」
「ランディ様。そのように最初から身構えられてしまいますと私と致しましても……心苦しゅう御座います。偶には、穏やかな田舎町で落ち着いた余暇を過ごそうと……そうですっ! あくまでも個人的な用向きに御座います」




