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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅷ巻 第壹章 身勝手な黄金の雨
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第壹章 身勝手な黄金の雨 9P



 次の日の朝。二日酔いで頭痛に悩まされながらも支度を済ませたランディは、朝食の時に腹を括ってレザンに相談を持ち掛けた。背筋を正してランディが話を始めるとレザンは、大きな溜息を一つ。呆れられてしまったかと不安になるランディの前で眉を顰めるレザン。



「何だ? 最近、浮かない顔をしているから何事かと思えば……そう言う重要な事は、もっと早くに言え。幾らでも手を貸せる。そうだな……私に良い考えがある」



「さほど、重要な事ではないのですが……って本当ですかっ!」



「全てを私に委ねれば、完璧な夜を演出して見せよう」



「ありがとうございますっ!」



 呆気なく二つ返事で協力を了承してくれたレザンにランディは、目を輝かせる。不安で食事も喉が通らなかったのだが、とんとん拍子で解決の糸口が手に入った事で食欲が湧き、ランディは目の前の朝食に手を伸ばす。ベーコンとパンにかぶりついて咀嚼した後、スープを流し込むランディを見て微笑むレザン。



「兵は拙速を尊ぶもの……家事は頼んだ。少し家を空けるぞ」



「はいっ!」



 シャツの袖を捲り、珍しく盛大に張り切るレザンを見てランディは何故か、一抹の不安を覚えてしまう。朝食を切り上げて何処かへ出掛けてしまうレザンの背を見送りながらランディは、首を傾げる。抱いたその不安の出所が分からない。釈然としない胸騒ぎだけしかないのが猶更、不安を煽る。手に持ったパンを見つめている内にやっと胸騒ぎを覚えた原因に思い当たった。それは、レザンの発言にあったのだ。



「いや……待てよ? レザンさんが演出? 一体、どう言う事だ?」



 聞いた通り、そのまま解釈するとレザンが料理と場所の手配をする事になってしまう。だが、それはあり得ない。レザンがこの店の他に所有する建屋も無い上に料理もこれまで出された食事を見る限り、家庭料理の域を越えていない。



「もしかして……古株御用達で顔が利かないと予約の取れない店でもあるのか? いや、そもそもこんな土壇場で受け入れてくれる店があるとは思えない」



 果たして当日に無理な要望を受け入れてくれる店があるのだろうか。謎が謎を呼ぶばかりで一向にレザンの意図が読めない。何よりも折角の厚意を無碍にするのは宜しくない。



「まあ……何にせよ偶には、ズルして楽するのも悪くはない筈だ」



 少なくとも酷い目には遭わない筈だ。



「悪くはない筈なんだけど……何故か嫌な予感がするんだよなあ」



 食事を食べ終わり、大きく伸びをすると胸騒ぎを忘れて仕事へと向かうランディ。されど、その懸念は当たっていた。普段、呆ける側にいない者が呆けるととんでもない事態に陥る。この日、ランディは身をもって経験するのであった。



 本日も恙なく業務を終えたランディは、めかし込むと夕暮れ時に待ち合わせ場所へ向かった。計画は白紙だが、何処で落ち合っても一緒なのでシトロンにも文句を言われずに済んだ。店から歩いて町の中心部。役場の前が目的地。日が完全に暮れる少し前の薄暗い町並み一つ一つが何故か小粋で大人びた景観としてランディの瞳に映る。


 勿論、それはランディ自身がそう思い込んでいるだけで普段と何も変わらない。その原因は、主にこれから起きる出来事の所為だ。予測の域を超えた何かが待ち受けていると事前に分かっているのであれば、目に見えるものまでが、特異に見えてしまうのも致し方が無い。そう、ランディは緊張しているのだ。逸る気持ちを必死に押さえ付けながら小道を抜け、歩き慣れた大通りを通り、目的地には示し合わせていた時間よりも十分前に到着した。



『さて……鬼が出るか、蛇が出るか』



 到着早々、煙草に火をつけて緊張を誤魔化すランディ。ゆっくりと立ち昇る紫煙が少しだけ心にゆとりを持たせてくれる。だが、同時に仕事の疲れもどっと押し寄せて来た。深く目を瞑ると外界からの干渉は、喧騒のみになる。今更、逢引きなどで緊張しないと思っていた自分。しかしながら蓋を開けてみれば、この有様。



「やっぱり、大体此処で集まるのか……ルーとユンヌちゃんは……まあ、アイツの事だ。敢えて人目を避けた場所で落ち合うんだろうなあ」



 少しだけ落ち着きを取り戻せたかお思えば、周りの景色の所為で一向に気が紛れない。疎らだが、色とりどりのドレスを身に纏った娘達とそのドレスが映える様に地味な色のジャケットとスラックス姿の若い男達が見える。考えている事は、皆同じ。その中に友の姿を探してみるが、見当たらない。目立つ事を極端に嫌う二人の性格だ。考えている事くらい、手に取る様に分かる。


 そんな煌びやかな恋人達に対して自分は、普段着を土台に少しだけめかし込んだ程度。シャツとパンツの皺を伸ばし、革靴だけは真新しいものに変えて来た。もう少し皆と同じく格式のある服装にしようとも考えていたが、その点に関してはシトロンからの指定があった。自然なままでと。こんなもので良いのかと首を傾げていると不意に右肩を小突かれ、視線を向けると其処には、待ち人の姿があった。



「こんばんは」



「……」



 普段の活発さは、鳴りを潜めた落ち着いた声色。勿論、注目するべき事は、それだけでは無い。視線を奪われるなど、日常茶飯事の事。しかしながら今回は、違った。完全に言葉を失い、手に持っていた箱を零した事も気付かず、呆然と立ち尽くすランディ。ドレス姿は、普段と同じ。露出の少ない身体の線に沿った細身の黒いドレス。大人の雰囲気を漂わせつつ、妖艶で淑やかさが目を引く。見慣れない姿にランディが言葉を失うのも無理はない。



「……挨拶は?」



 気恥ずかしさが勝ったのか、少し上擦った声でランディに問いかけるシトロン。



「ああ……ごめん。こんばんは、シトロン」



「む……」



 素っ気ないランディの返答で不機嫌そうに頬を膨らますシトロン。悪気はなかった。寧ろ、余裕が無い。最初からこれでは、後が思いやられる。我に返ったランディは、整えた髪をさっとなでながら気持ちを切り替え、やんわりと微笑む。



「ごめん、ごめん……君に見惚れてた。お世辞じゃなくて本当に」



「思わず、褒める言葉も忘れるくらい?」



 じっとりとした視線をランディに向けながら小首を傾げるシトロン。ランディは、浮ついた不甲斐無い己を心の中で自嘲しながら肩を竦める。



「そう。思わず……人気の無い場所へ攫ってめちゃくちゃにしたいくらい」



 此処まで醜態を晒してしまったのだから最早、恥も外聞も無い。趣味の悪い冗談の一つでも言わなければ、立つ瀬が無い。素直に負けを認め、道化を演じるランディ。その白旗をシトロンは、感じ取ったのか意地の悪い笑みで向かい入れる。



「言葉の選び方に難があるみたい。後、頭にも。もっとあるでしょ? 他に」



「一番伝わるだろうと思った言葉を選んだ心算」



「にしても馬鹿丸出しで下心も丸出し」



「気取った俺の方がお好きかい?」



「さいこーにいけ好かないからだいきらい」



 本当に足の感覚さえも失う位、呆然自失に陥っていた。やっと普段通りの自分を取り戻し、地に足の着いたランディは、やっとかけるべき言葉を思いつく。



「今日も可愛いよ。シトロン」



「まあ……ならヨシ」



 逆に調子を狂わされたシトロンは軽く咳払いをした後、そっぽを向く。これで今日は、一段と素敵だ等と言ってしまえば、興ざめだ。普段はどうなの等と要らぬ怒りを買う。学ぶ事を覚え、馬鹿なりに賢くなった今、言葉選びくらいは出来る。



「……それで今宵は、何処へ誘って頂けるのかしら?」



「多分ね。この町でとっておき。何処よりも一番の場所」



「……何処にあるのよ? そんな場所」

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