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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅷ巻 第壹章 身勝手な黄金の雨
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第壹章 身勝手な黄金の雨 8P

「なるほど……」



「俺も姉が居るので……其処まで酷くはありませんでしたが。確かにお古は多少」



「分かったか? つまり、お前が考えたシトロン専用の特別が欲しいんだ」



「事情は分かりましたが、更に難易度上がっただけでは?」



「そうだ。簡単に他人から解決策が与えられると思うな」



「だってさ」



 納得は出来るのだが、答えの様で答えとして成立していない。当然の事だが、辿り着くには、自らが模索するしかない。寧ろ、それを求められている。ヴァンが持ち合わせているものでは無いのだから帰結として与えられる返答は、此処までだ。



「まあ、考えてみれば当然だ。君だけしか用意が出来ない答えを求められているんだもの」



「分かって無いな。その逆境を楽しめよ。大体、そう言った行事ってのは、計画する段階が八割方盛り上がって当日は、その計画にしがみ付くので必死になって終わりだ。しかもお前は、楽しむ側じゃない。楽しませる側だ。それでよく客商売してられるな」



「仕事と私事で分けているので。それに俺の仕事は、日々の生活を支える地盤であって娯楽を提供する役割はありません。日々の弛まぬ積み重ねと信頼がモノを言います」



 価格だけに限らず、必要な時に必要なものを。客商売と簡単に言っても種類は、様々だ。ランディの生業は、娯楽の提供では無く、主に日々の生活を支える一種の基盤なのだから。そうは言っても努力義務が皆無とは、言えない。しかしその気位を求められる場面が多いのだから致し方が無い。堅苦しいランディの背後に二人は思わず、眉間に皺を寄せたとある老人の気配を感じてしまう。



「変にお堅い所だけは、レザンさんそっくりだな」



「でしょう? でも僕は、こんな奴だから付き合ってやってるんですけどね」



「その含みのある言い方は止めろ」



 愛嬌や親しみ易さが欠けており、近寄り難さを感じてしまう。けれども逆を言えば、その言葉に裏表が無い。白か黒かはっきりさせているからこそ、確実性が担保されており、信頼を勝ち取った。町の誰もがかの老人を頼って訪れる理由は、其処にある。そしてランディ自身も『Pissennlit』の一店員であると自覚し、老人の意向に賛同し、師事を受けている。其処には、武人とは別の覚悟と意思が垣間見えた。



「だが、必要とされている内が花ってもんだ。確かにお前にとっては七面倒くさい煩わしい事かもしれんが……そんな状況も年を重ねる毎に少なくなって来る。まあ、慣れて些細な事になっちまうってのが正解だな。どんどん代わり映えの無い日常って奴に浸食されちまう」



 その姿勢と意向は、理解出来るも今回は、話が違う。感性が摩耗し、日に日に目新しさも無くなって目に映る世界が色褪せる。喜怒哀楽を表現する場が極端に減り、味のしない燕麦粥を延々と啜る様な日々が訪れるだろう。それは今、感じている煩わしさに対して例外では無い。そんな煩わしさですら焦がれてしまう日々に備えろとヴァンは、言っているのだ。



「だから今しか出来ない事なんだ。思う存分、悩みに悩み抜いて……」



「悩んで?」



「盛大に失敗しろ」



「どうせ、そんな事だろうと思いましたっ! ええ、分かっていましたもの」



 年を取ってから不意に思い出す懐かしき思い出となるように今を精一杯足掻けとヴァンは言う。言わんとする事は、ランディにも伝わっている。だが、求めているのは何十年も経った己の未来ではなく、具体的な解決策である。



「お堅い奴だろうと勝手に付箋を貼っていたが……話をしてみれば、なかなかに面白い奴だな。お前が気に掛けるのも分かるよ」



「まあ……毎日、面倒見ていると流石に疲れますがね」



 大袈裟に反応するランディに対してヴァンは、胸のポケットから煙草を取り出して一服しながら物憂げな表情で薄暗い天井を見上げる。



「因みにレザンさんには相談してみたのかい?」



「こんな事でお手を煩わせる訳には行かないよ。そもそも恥ずかしくって仕方が無い。これだけ大事にしてるけど、言っても只の付き添いだ。態々、この町の一端を担う老紳士を個人的な悩みに引っ張り出して良いもんじゃない」



 珍しく強い口調で捲し立てるランディに対して目を丸くするルー。



「随分と扱いが違うな。言うじゃねーか」



「許してやって下さい。相当、敬畏しているので」



「すみません……」



 此処まで来ると最早、信奉に近い。これまでの経緯があるからそうなってしまうのも仕方が無い。事情を知っているルーには、納得出来るがヴァンは違う。少し怒気を孕んだ声で我に返り、慌てて二人へ頭を下げるランディ。



「まあ、歴戦の戦士と比べられたら立つ瀬もねーのは分かってるさ」



 咥え煙草をしながら頭の後ろで腕組をするヴァン。



「けどよ。尊敬されるのは嬉しい事だが……そうやって大事にされて遠くへ追いやられたらそれはそれで寂しいもんだ。逆にそんな事でも頼られると嬉しいもんだぜ」



「そうでしょうか?」



「そう言うもんだ」



 行き過ぎた敬遠は、受け手にとって物悲しいものとなる。そんなものをレザンは望んでいないだろう。勿論、それだけでは無い。説得力のある話は、まだまだ続く。



「言ってもお前の相棒だって誰もが考え付く様な安易で詰まらなくて平凡で禄でもない助言しか出せていない。それを示す言葉は、これしかないな—— 単なる役立たずだ」



「其処まで言わなくても良いじゃあないですかっ!」



「なら文句のつけ所が無い案を出してみろよ」



「まあ……今日の所は、大人しく引き下がります」



 尤もらしい意見にランディも段々と心が靡いて行く。自分が考え得る限り、一番頼りになる存在に手を貸して貰えるなら怖いものは何も無い。此処でうじうじとしているより何倍も建設的でもある。諦めで淀んでいた瞳に生気も戻った。



「まあ、俺の場合は確かに一つや二つ、的確な助言が出せるんだが……それは俺の搦め手があってこそになる。俺の指示通りにやったら間違いなくシトロンは、見抜いちまうだろうな。だって何よりも重要なお前らしさが薄れちまうから」



「なるほど——」



「もっと言うなら町を知り尽くした人間しか知らない事も山ほどある。比べれば、俺なんて小童同然だ。年寄りにとっては使い古された発想でも少し手を加えるだけで若者にとって真新しい発想として受け入れられる。だから助言を貰っても良いんじゃないか?」



「ありがとうございます。お話してみます」



 温故知新とは、正にこの事だろう。見当もつかない注文の所為で思考も視野も極端に狭まった自分には思いつかない何かを教えて貰えるかもしれない。ヴァンからの的確な最後の一押しで俄然、勇気が湧くランディ。



「でもまあ、何とも君にとっては不遇な話だね。なにせ。相手は、身勝手な黄金の雨だから」



「なんだ? 上手い事言うじゃないか」



 煙草をふかしながら目を瞑るルーは、ニヤリと笑う。



「確か……流星が流れる位置。英雄の星座だったけ? もしかして……その星座になった英雄の誕生に纏わる話に準えているなら悪質極まりない。趣味が悪いぞ?」



「寧ろ、此奴が黄金の雨になるのかもしれんのだから早計だろう?」



「喧しいっ」



 揶揄される側からしてみれば堪ったものではない。ケラケラと下品に笑う二人をランディは睨み付ける。何方にせよ、やってみるしかない。時間は、刻一刻と進む。少しも無駄には出来ない。確かに難解な課題ではあるものの。これは、前に一歩進む為に大事な過程。過去の自分と決別する肝心な場面。無いものだらけ物語では無く、皆に宣言した新たに何かを生み出す物語の始まりであった。

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