第壹章 身勝手な黄金の雨 7P
本日、二度目の強烈な肩透かしを食らうランディとルー。唖然とする二人の前で肩を竦めるヴァン。態々、答える謂れは無い。馬鹿正直に答えれば、からかわれるのは、目に見えていた。年上とは、得てしてそんなものだ。常に目下のものの脛を蹴飛ばす事を生業としている。生き甲斐と言っても過言では無いだろう。
「で、お前らは誰と見る? さっさと吐け」
「——」
「——」
示し合わせをした訳でも無いのに息を合わせて黙り込む二人。勿論、お互いに売り合う真似もしない。もし、初めてしまえば血で血を洗う暴露合戦で何方も仲良くお陀仏だ。
「黙ってても無駄だぞ? とっくの昔にネタは上がってんだ」
「下らなっ!」
「下らないなんてぬけぬけと言えたもんだな? まあ、ルー。お前の事だから誰と一緒に見るかなんて言われなくとも想像がつく。態々、大声で叫んでくれなくても大丈夫だ」
「なっ!」
動揺を隠し切れず、言葉を詰まらせる顔面蒼白のルー。顔馴染みであれば、誰でも知っている間柄だ。今更、弄った所で面白味も無いのだが、嗜虐心に火が付く。
「毎年、恒例だもんな。よく飽きないもんだ……いや、違うか。寧ろ、がっこーに行ってた間は離れ離れだったから逆で新鮮になってんのか」
「ワケが分からない事を言うのも大概にして下さい……あまりにも大人気ないですよ? そんな無粋な質問。僕らにだって黙秘する権利があります」
「こんな下らん話に黙秘も糞もあるか? 詰まんねー事言ってねーでどうなんだ? それとも最近赴任して来たあっちのひよっ子とか? 妙に最近、距離が近いもんな?」
厭らしい笑いを浮かべながらルーをからかうヴァン。歯を剥き出して噛みつくも到底、敵わない。好き放題言われた挙句、最後の殺し文句で今度は、顔を真っ赤にして怒る。
「煩いっ! ランディも何か言ってや……って。どうしたのさ? そんな難しい顔して。さっきよりも更に悪化してるよっ! 鬱陶しい黒い霧の幻覚が見えてしまうくらいだ……」
「ああ……大丈夫。気にしないで」
喚き騒ぐ二人の横で眉間に皺を寄せるランディ。カードに興じていた事も忘れ、大瓶の酒を銘々のグラスに注ぐヴァン。ランディは、礼を言いながらグラスの酒を受け取って口を付けた後、煙草に火をつける。あくまでも個人的な悩みだと言い張るのだが、放って置く訳にも行かない。何せ、やらかしに定評がある前科者だ。このちょっとした異変を今まで放置して来たから大事が起きている。ルーも表情が硬くなる。
「何だ? 深刻なのはお前の方だったか。てっきりルーの方が状況的に危ういと思って助言の一つでもしてやろうと思っていたんだが」
「余計なお世話っ! で、一体全体どうしたんだ。もしかして酒でも回ったかい?」
「寸でのとこで救われたな」
「喧しいっ!」
一方、ヴァンは特に気にする訳でも無く、ルーをからかいながらさらりと問い質す。勿論、その言動はヴァンなりの気づかい。神妙な顔で共感して話を聞いても大抵の者が口を割らないのは経験則で知っているからだ。
「其処まで大騒ぎをする程の事じゃないから気にしないで下さい」
「ルー、お前の事は後でじっくり料理をしてやる。それよりもランディの方だ。大丈夫しか言わねーけど、ほんとに顔色が悪いぞ」
「今なら誰にも聞かれないから安心してくれ。気掛かりな事があるのかい? ……もしかしてまた、面倒事か? 今度は無いぞ? 直ぐに言ってくれ。手配なら何でもするから」
「いや、そんな雰囲気は感じ取ってないから安心してくれ。ごめん、俺が深刻に考え過ぎているだけだから。ただ……言ってしまえば対処法? が無くて考えているだけなんだ」
一向に話したがらないランディに対して痺れを切らし、問い詰める二人。
「さっさと吐け」
「そうだ。もう、勝手は許されない」
「むっ……」
愈々、後がなくなったランディは大きく息を吐いてから重い口を開いた。
「実は、シトロンからの依頼が……その夜を浪漫チックで完璧な雰囲気で過ごしたいと」
「お前……マジかよ」
「そんな詰まんない事で悩んでたのかい?」
そう言いつつも腹を抱えて笑う二人。当然、笑い者になるのは、ランディにも分かっていた。散々、笑ってから涙を拭いながらランディの背を叩くルー。
「本気になって心配したんだぞ? 文字通りとんだ徒労だよ」
「だから言ったじゃないか……でも俺にとっては重要な事なんだ」
「はいはい、自慢自慢」
取り越し苦労と分かり、脱力するルー。しかしながらランディにとっては、重要な案件には違いない。何せ、相手が相手だ。一筋縄では行かぬ。ましてや、初手から突飛押しも無い掟破りの王手を打たれているのだから本人からしてみれば堪ったものでは無い。
「まあ、俺も事案とまでは思っていなかったがな。想像していたのは、二人から約束を取り付けられて時間の都合に悩んでいたもんだと。逆にフルールからは何も無かったのか?」
「フルールは、母上とご観覧だと。それに別日で要望があったので一先ずは……夏祭りの夜に散策の付き合い。そっちは、食べ歩きで終わりそうなので恙なく終わると……」
「随分と多忙じゃねーか。青年よ? 英雄色好むとはよく言ったもんだな」
「そんな夢のある話ではないですよ……俺の立場にもなって下さい」
「金か? 多少なら貸してやる。貸しは高くつくがな」
「其処まで困窮してないです。寧ろ、情緒ってヤツが途轍もなく難しいんですよ」
資金面においては、多少の貯えがあるから心配は要らない。問題は、自分の一番不得意な分野を求められている事にある。やっと慣れ親しんで来たとは言えどもまだ奥深くまで知らぬこの地で土地勘のある町娘を満足させろ等と無理にも程がある。
「そうかい? 簡単だろう。何処か洒落た店で夕食を取って時間になったら外周の壁に向かえばバッチリさ。アベック御用達の店なら明日は、雰囲気作りで躍起になってるよ?」
「お前……そんなんばっかで簡単に片づけていたらその内、愛想尽かされるぞ?」
「あくまでも助言ですっ! 助言っ!」
「そう言う事にしてやる」
難しい事は無いと言いながら肩を竦めるルーに対して捻りの無い誰もが答えられるような模範解答を聞いて呆れ果てるヴァン。勿論、ランディも馬鹿ではない。自分の知り得る最高の店と天体観測にうってつけの場所は提案している。
「折角の提案だけど……ダメだね。俺を誰だと思ってるんだい? そんな案は、提案済み。ラパンの店で夕食と町の外壁で星を眺めるのはどうだい? って聞いてみたワケだ」
「何て言われたんだい?」
「誰かが用意したものやらありきたりな計画は、詰まらんと足蹴にされた」
「随分と難易度を上げられたね……」
「それは、なかなか剛毅な話だ。まあ、あれの性格的に個人的な事情もあるからな」
「どう言う事ですか?」
「付き合いやら勉強がてらそんな店は、行き飽きてるのさ。それに姉ちゃんが居るだろ。まあ、これが一番の妨げになってるだろうな」
なにせ町を歩くだけで声が掛かる引く手数多の町娘だ。当然、様々な誘いにこなれている。無論、それだけでは無い。仕事柄、見聞を広げる為に自ら店へ足を運んでもいるに違いない。もっと言えば、器量の良い姉からも経験談を聞かされているのだから彼女を満足させる水準は高い。聳え立つ壁の前でちっぽけな青年が立ち竦む構図と言えば猶更、分かり易い。揃いも揃って首を傾げる二人をヴァンは、鼻で笑う。
「お前ら、ほんとに馬鹿だな。まあ、馬鹿は俺も好きだぞ? 良いか? よく聞け。青二才ども。姉妹の末っ子ってのは、お古ばっかりなワケだ。自分だけの特別ってのが……極端に少ない。要は、其処が狙い目だ。知る人ぞ知る秘境なんぞ、要らん。と言うか、そんなもんは、この町に存在しないから安心しろ」




