第壹章 身勝手な黄金の雨 5P
「……勝機は?」
「無い。無いったら無い。真っ向勝負なら確実に負ける。君には見えるかい? 背後にうず高く積み上がった犠牲者たちの怨念が。金を巻き上げられないだけまだ救いがある」
言われてみれば、確かにそう見えてしまう。金の鍍金の覆われた名も無き亡者達の苦しむ姿が目に浮かぶ。新たな犠牲者として仲間入りするのは、御免被る。この場での最適解は、一つ。それは、至って簡単だ。考えるまでもない。
「なるほど……なら最善の策は一つか」
「容赦はしない。明日は折角の休みだ。寝て過ごすなんて在り得ない」
「それはこっちの台詞だよ。精々、俺の為に尊い犠牲となってくれ」
互いに互いを蹴落とし合う。友と呼び合った日々は、何だったのか。一歩も譲らず、睨み合う二人。もっと無謀さを曝け出して果敢に挑んで来るかと思えば、そうではない。詰まらない顔をしたヴァンは、手際良くカードを切りつつ二人に遊戯の説明を始める。
「親は、俺が努めよう。説示は、単純だ。それぞれが二十一の役を作るかそれに近い役を作るだけ。簡単だろう? 負けの条件は、親の俺よりも役の数字が小さいか、二十一を超えた時点で負けが確定。三人とも同じ役だった場合は、引き分けだな。勿論、通常なら無いが二人には、下りるか下りないかもアリにしよう。回数は、十試合毎で二回。親の俺はお前らが役を作り終わってから引くが、十七以上になったら終わり。流石に早く潰れたら詰まらんからお前らは、俺との勝負の間に三回負けが嵩んだら一気飲み。俺の条件は、二人から合計六回……それだと詰まらんから特別に負けが四回になったら飲む」
二人が想像していた遊戯とは違い、それぞれがヴァンと勝負を挑む形式。説示も単純で勝ち筋が見えない訳でも無い。これならば、如何にかやり過ごせるかもしれないと安易な考えが二人を支配する。
「やりましょう」
「胃が痛くなって来た……こう言うジリジリするの嫌いなんだよ」
「三回で一回ってのがイヤらしいよね。真綿で首を絞められるような感じだ」
「その緊張感がたまらないんだろうが。分かって無いな」
「若いですね——」
「お前らがビビり過ぎてんだよ」
うだつの上がらない若者二人と中年の男による仁義なき戦いの火蓋が切って落とされた。薄暗い店内で配られた二枚のカードと睨めっこを始めるランディとルー。
「よし。先ずは、ルーからだ。どうする? 引くか引かないか」
「……」
「あいよ」
無言で手招きをするルーへヴァンがカードを投げて寄越す。顔色を変える事無く、カードを眺めるルー。その様子をじっと見ながらランディは、手持ちのカード二枚を前に考え込む。
合計は、十九。幸先は、良い。此処は手堅く勝負を仕掛けるべきだろう。
「次は、ランディだな。どうする?」
「……やめておきます」
自信満々に首を横に振るランディ。その様子を見てヴァンは、にやりと笑う。
「さて、一巡した訳だが。どうするルー?」
「僕は、十分です」
「そしたら俺の番だな。さてと……」
二人の役が出揃った所でヴァンも一枚引いて終えた。
「さて、役は揃ってるみたいだな。下りるヤツは居るか?」
首を横に振る二人の前で肩を竦めるヴァン。まだ、勝負は始まったばかりなのだが、二人の肩には力が入り過ぎていた。所詮は、お遊び。しかしそれくらい真剣な方が面白い。一斉に手持ちの手札を開示する三人。それぞれの役を見た反応は、三者三葉。
「よしっ!」
「幸先が良いじゃねーか。それに比べてお前ってヤツは」
「欲張りました……次は無いぞっ!」
結果は、ランディが十九にヴァンが十八。そしてルーが二十四。初戦は、ルーとヴァンの負けで終わる。安堵するランディと露骨に悔しがるルー。けれども安心するには、早過ぎた。
これは、まだ序章であり、終わりが見えない地獄が二人を待って居た。
「やったっ!」
「……くっ」
「吞め、吞め。間違っても呑まれるんじゃないぞ?」
十試合の遊戯が三巡目に突入した頃には、かなりの仕上がりになっていた。拳を天高く突き上げ、喜ぶルーの隣で負けが嵩み、グラスを一気に煽るランディ。目を瞑って酒の刺激を堪えるランディにけろっとした顔でヴァンは、優しく肩を叩く。勝利の雄叫びを上げた後、血走った眼で机に置かれたカードを見つめながら無心で煙草に走るルー。まだ真夜中にもなっていないのにこのあり様。勿論、容易に想像が出来たのだが。
「盛り上がって来たぜ。中々、良い勝負になってるじゃないか? 俺が三杯。ランディは?」
「……五杯目です」
「ルーは?」
「……六杯目」
「まあ、程良く接待してやってる訳だが……これからが本番だぞ。食らいついて来れるか?」
それなりに手加減をされていても圧倒的な差を埋めきれない。程良く、手札をギリギリの数字で寄せたり、二人の手札が二十一に近い時に限って同点や二十一を出して来る辺り、思わずイカサマを疑いたくなる様な恐るべき手腕。読みと経験値、感性においては完敗。そもそも分かっていた事だが、それが二人には悔しくて仕方が無い。
「まだまだっ!」
「やれます」
「その粋だ」
また、大瓶の酒も全く減る様子を見せない。仄かな照明に照らされた琥珀色の液体が恨めしく思える。それに加えて遊戯の展開が早いので時間も恐ろしくゆっくりと進む。そんな最中で二人を突き動かすのは、若さ故の蛮勇と気合のみ。配られたカードを握りしめながら酒でぼやけた思考を全力で回転させるランディ。これ以上の負けが嵩めば愈々、勝ちが見えなくなる。生贄を差し出そうにも差し出せるものが何もない。全てが仕組まれていたのだ。単純な説示の裏側でヴァンが仕掛けていた遅効性の毒が回る。
「っ!」
「勝った……」
「やるじゃねーか。普段からそんな根性見せてりゃあ、二人とも舐められる事も無いだろ」
「そう言う問題じゃ無いんです……」
手持ちの役は、十八。悩んだ末に一枚引いた結果。丁度、二十一が揃ったのだ。顔を両手で覆い、疲れた目を癒すランディ。隣のルーは、ヴァンに敗北し、七杯目が目前に迫る。ヴァンはと言うと、四杯目の酒を一気に煽り、口元を乱雑に拭いながらランディの勝ちを素直に褒め称えた。されど、最後の忠告にランディは、目を瞬かせながら大きな溜息を一つ。単純明快な遊戯の様に上手く行くならどれだけ良かったか。
「根性で乗り切れたら俺だって苦労してませんよ」
「さっきも言ったが顔色ばっかり伺ってる役名だって自分に言い聞かせんじゃねぇ。時には、突っぱねる勇気も必要だ。例え、それが非情な決断だったと……してもだ。お前らにはそれを背負う覚悟が無い。そんなんじゃあ、誰も守れねーよ」
「……守ろうと覚悟を決めた結果、正しさと掲げた矜持に対して殉じようとしても死にきれず……挙句に残されて無様に地を這う気持ちが貴方に分かりますか?」
そんな心算など無かったのだが雰囲気に飲まれ、ランディはつい恨み言を零してしまう。自分を想っての言葉なのだが、子供じみた天邪鬼がそれをよしとしない。まだ、振り切れていない。後悔が己の胸を突くのだ。
「……どうした? 急に自分を憐れんで。頭、よしよしされながら可哀そうでちゅねって慰めてでも貰いたいのか? 生憎、俺にはそんな趣味はねえよ。欲しいならあのじゃじゃ馬のどっちかにやって貰え。そしたら話は、丸く収まる」
「……ランディ、止めるんだ。ヴァンさんに言う事じゃない」
「いいや、今がその時だ。馬鹿だな。そうやって抑え込んでるから苦しむんだ。吐き出せよ。お前の醜い部分を。お前には、決定的に足りないものがある。それを自覚しろ」




