第壹章 身勝手な黄金の雨 4P
酒を注いだ杯を片手に二人へ問い質すヴァン。その問いにルーが答えるとヴァンは直ぐにランディの体に巻かれた包帯を顎でしゃくった。察しの良さに目を丸くして感嘆するランディ。方やルーは欠伸をした後に頷く。
「ええ。何せ、これだけ何ともない様に見えても怪我人である事には変わりなく。あまり無理をさせる心算は無いのですが……問題は、ランディのお目付け役が厳しくて」
「憂さ晴らしで連れ出した訳だ。まあ、あのお転婆二人の相手はさぞ……疲れるだろうに」
「身から出た錆ですけど、あまりにも不憫で」
「まあ、詳しい事情は分からんが手を焼いている姿を何度も目にしたからな。分からんでもない。偶には、羽を伸ばしても罰は当たらん。そもそも独り身なんだろ? 何故、あんな風に尻に敷かれているんだ? 其処は、男らしくびしっと言ってやれ」
言っている事に間違いは無い。それが出来るならば、そうしている。出来ないのは、後ろめたさが勝っているからだ。しかしそれは、ランディの主観でしかない。
「何かと世話になっているので必然的に頭が上がらず」
「振り回しているか、振り回されているかは別として僕から見たら持ちつ持たれつの関係であって其処まで義理を通す必要は無いと思うんだけどね。君は、八方美人が過ぎるよ」
「見た所、そんな器用な部類じゃない。使い分けなんて出来ないタチだ」
「おっしゃる通りで」
責められている訳でも無いのに委縮するランディ。誰に対しても頭が上がらない。
「何にせよだ。時には、自由意思で行動する必要もあるんだ。振り回されるばかりが人生じゃない。それにお前さんは、自分の意思で此処に居着いているんだから。望むべき事をするんだ。そうじゃなきゃ一生、そんな風に風見鶏のままだ」
「はい……」
「反省するんじゃないっ……と言っても今は無駄だな」
益々、委縮するランディを見て額に手をあてるヴァン。単なる慰労だけでではない。その悪癖とも言える腰の低さを矯正すべくルーは、此処へ訪れたのだ。
「先ずは、このお人好しが何をしたいか引き出すのが先です。だからこの場へ招いたんです。ヴァンさんの話を聞けば少しは心境に変化があると期待していたのですが……」
「無駄に話が壮大なものになっている訳だが……止めろ。俺は、そんなんじゃない。人を教え、導くなんて性に合わないんだ。これでもかなり背伸びをしている」
「またまた、ご冗談を」
「このヤロウッ」
机越しに拳でルーを小突くヴァン。
「仕方が無い……折角だから下らん煽てに乗ってやる。先ずは、視点を変えてみろ。寧ろ、禁を破ってまでこの場を訪れているのがお前さんなりの進歩だろう。その感覚を忘れるな。何よりも大切にすべきは、自分の感性だ。心が命じたままに従えば良い」
「……」
言葉に困ったランディは俯き、黙り込む。思う所は、沢山ある。それを言語化出来ないのだ。もっと言えば、ヴァンの指摘に対して正否の判断材料が無く、肯定も否定も出来ない。
「急に黙り込んでどうしたんだ?」
「この前の一件……ご存じだったりします?」
じっと考え込むランディを見てヴァンは、ルーへ問いかけるとルーは、苦笑いを浮かべた。
「皆がぼんやりと聞いている内容と同じだ。派手に一戦交えたって事くらいは、知っている。だが、それ以上はお前も含め、関係者が誰も口を割らなかった」
「まあ、そうでしょうね。引き続き、詳しくお話が出来ませんけど」
「なら猶更、訳が分からん」
ヴァンの言う通り、何も分からなければ、対処のしようが無い。折角の持て成しもこれでは意味をなさない。ルーは少し考えた後、かの事件に抵触しないギリギリを見極め、ランディの代わりに言葉を紡ぐ。問題は、ヴァンの言葉にある。その本質だけを伝えるくらいならば許される筈だと考えたのだ。
「そうですね……ぼんやりと抽象的な話になってしまいますが。此奴、これまで縋っていたものに愛想を尽かしたんです。それで新たな一歩を踏み出した所なんですが……如何せん、宙ぶらりんになってしまっていて……言わば、自信と矜持、進むべき指針を喪失してしまったが故の現状です。加えて新たな自分探しの最中に余計な茶々が入ってしまっているので助言の一つでもと—— それが本来の目的です」
「知る限り、奴さんがこの町で過ごしていた時間は、何かと状況に流されてばかりだったからな。いきなり自由だと言われて放り出されればこうもなる……なるほどな」
そう。この問題の根は深い。まだ、魂の抜け殻にはなっていない。だが如何せん、これまで漲っていた覇気と必死さが失われてしまっている。以前まで見せていた活発さは、見る影も無い。勿論、怪我が原因ではあるものの、それだけではない。何をしていても心此処にあらずといった雰囲気。実は、今この瞬間までもそうだった。
「それなら考えているだけマシじゃないか? 自分なりに足掻いているなら前に進んでいる証拠だ。そもそもあの目を見ろ。まだ、死んじゃいない。必要なのは、時間だ。焦る必要は無い。まだ、人生の半分も生きて無いんだ。急ぐ旅でも無かろう?」
「矢張り—— 此処へ訪れたのは正解でしたね」
「喧しい」
急かす心算も無い。されど、ランディに己の現状を理解させたかった。それだけの話。勿論、それで如何にかなる訳でも無いのだが、少しは役立ちたかった。背中を押してやりたかった。それがルーの本心。これから胸を張って新たに立てた矜持と言う御旗を振れる様にと。
「止めだ、止めっ! こんな湿気た話。俺の店の空気を悪くするな。折角の酒がマズくなるだろ。もっと若者らしい後先を考えない馬鹿をやれ。ちょっと待ってろ……」
青春の苦い一頁の様な事に巻き込まれ、目元を押さえるヴァン。それは、それで大切な瞬間ではあったが、今やる事ではない。何せ、此処はごろつきが集う酒場だ。雰囲気にそぐわない。酒の場を楽しませる為にヴァンは、若い給仕を呼び止めて耳打ちをする。すると程なくして若い給仕は、店の奥からとあるものを持って来た。
「何ですか……それ」
「何だ、分からんか? これこそが馬鹿の象徴。賭け事だ」
「それはカードを見れば分かりますけど……そのおぞましい大瓶の事を指しているんです」
「金の無い馬鹿が賭けるものは何時だって一つ。一気飲みだ」
ヴァンが給仕に持って来させたのは、縒れたカードととてつもなく大きな酒瓶。勿論、その酒瓶には酒が注ぎ口付近まで詰め込まれている。机の上を占領する酒瓶を見て戦慄するルー。遅れて何事かとランディも顔を上げるもその酒瓶を見て思わず言葉を失う。
「……」
「……」
見た事も無い巨大な酒瓶の前で青い顔をする二人を見てヴァンは、満足げに笑う。
「その顔……良いじゃねえーか。やっと、必死さだしたな? 安心しろ。俺の酒だ。代金は要らねえよ。存分に味わえ。勿論、安酒だがな」
顔を見合わせた二人は、瞬時に代金を計算し、ポケットの中からなけなしの古ぼけた銀貨をそれぞれ一枚ずつ取り出して机に叩きつけて逃げようとする。釣銭など、言っている暇ではない。今すぐにでも逃げなければ。そんな生存本能が働いたのだ。しかしその足掻きもヴァンに首根っこを掴まれ、席に引き戻されて無に帰す。
「浅はかだなっ! 逃げられると思ったか。この馬鹿共め」
既に地獄の窯が大きな口を開けて待って居る。最初で最後の逃げる術も簡単に失われた。二人は、顔を見合わせる。この場をどう切り抜けるか考えるのに必死だった。だが、皮肉に もこの下らない茶番のお陰でランディにも失われていた気合いが蘇る。




