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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第陸章 Kilroy was here.
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第陸章 Kilroy was here. 4P

「でもね、そのお陰で」



 情けなさで思わず髪を掻き毟るランディ。一方、フルールの頬が少しだけ緩ませる。



「そのお陰で今があるだと思ってる。だから感謝しようって事にした」



「それは……俺も正しいって信じる」



「……ありがとう」



 そう言うとランディの手を取り、自分の頭に乗せる。こうしろと言われなくともランディには、フルールの望みが分かる。艶のある髪をやんわりと撫でるランディ。撫でられ、目を細めて心地良さそうにランディの肩へ寄りかかるフルール。



「まあ、散々振り回された訳だから。最後くらい、頑張ってあたしに力を貸してくれたって考えたらちょっとは救いがあるってもんでしょ」



「違いない」



「だからあたしは、その手助けが無駄にならないよう……もう必要ないって言えるよう……頑張る事にした。まだ、見つかってないけど次は……次こそはもっと素直になって我儘になるの。もし、その時が来たら……これは違うわ。来るべき日を迎える為にどんな手を使っても自分の手で欲しいものを手に入れる」



「そんな奴が現れたら……ソイツは、とんでもない幸せ者だね」



「……そうね。きっとそう」



 その茶色の瞳には、過去に対する憂いはもうない。未来を見据えた確固たる決意が宿っていた。これならば、自分が要らなくなる日もそう遠くないとランディは考える。



「そうよ。どれだけ時間が掛かってもどんなに幸せかって分からせてみせる」



「……そう聞くと何だか恐ろしさも垣間見えるよね。人に思われるってっ——」



 様々な感情が入り交じったフルールの言葉にランディは、思わず震え上がる。加えて不意にランディへ向けられた意味深長な視線が胸をざわつかせる。



「何で小突くのさ」



「何でも……ただ、むかっ腹が立った」



「悪かったって。君を馬鹿にした訳じゃない」



「それも分かってる。素直な感想ってヤツでしょ?」



「そうそう。それ」



 相も変わらず、頭を使ずに反射的に返事を返すランディに対してフルールは、呆れ返る。



 もっと大人の余裕を持った言動と行動を心掛けて欲しい。更に我儘を言えるならな察しの良さも。されど、それを望むのは、贅沢な話ともフルールは考える。どうせ頭を使わせれば直ぐに言葉が詰まるし、自分が望まぬ事でも相手の求めに応じてしまうだけだ。ならば、自然体のままで居た方が幾分かマシだ。



「随分と時間が掛かるわ。こんな事じゃ」



「何か言った?」



 ぼそりと呟くフルールにランディは、首を傾げる。今は、それでも良い。何時か。何時の日か、その答えに辿りければそれで。惚けるランディの頬を少し抓ってフルールは、眠りこける二人へ視線を向ける。



「なんにも。それより、もうそろそろ着くわ。二人、起こさないと」



「そうだね。今日は忙しくなるぞ」



「あなたに仕事は無いの。今日は、見てるだけ」



「そうでした」



 己の不甲斐なさに肩を落とすランディを見てフルールは、頬が緩んだ。きっと笑顔を取り戻せる日は近いだろう。されど、一番望む者がその予兆を掴めていなかった。




 現地に到着してから暫くの間、言いつけ通りランディは木陰に座って汗を流しながら薪集めに精を出す皆をぼんやりと眺めていた。そんな午前中を過ごし、昼の休憩。フルールは、ランディを伴って林の中でぽっかりと空いた空き地を見つけ、昼食取る事にした。何分、怪我人であっても町の皆は、容赦しない。事ある毎に絡んで来るのでランディも疲れの色を見せていた。


 そんなランディを気づかってフルールは、静かな場所へ誘ったのだ。ゆっくりと昼食を取り、一休み。体を動かすだけでもまだ辛さがあるのに痩せ我慢をしてそんな素振りを見せなかった。だが、その疲労が祟り、眠りこけるランディ。今は、眠るのも仕事の一つ。一日でも早く。治りを進める事が最優先事項だ。深い眠りに誘われたランディ横でぴったりと寄り添うフルール。穏やかな寝顔を見つめるその茶色の瞳には複雑な心情を映し出す。



「つい最近の話なのに……出会ったのがずっと前のようね」



 そっと呟くフルールの声は、ランディに届かない。勿論、フルールも聞いて貰いたい訳では無かった。ただ、今にも胸から飛び出しそうな想いを吐き出したかっただけ。



「たった数か月の間に……びっくりするほど、色んな事があったわ。ほんとに」



 この数か月。思い出せば、沢山の出来事があった。



「その時々で違うあなたを見て来たの」



 そして何かが起きる度に困難が待ち受けていた。目を瞑れば、直ぐに思い出せる数々の場面。どれも濃厚で印象深いものばかり。それらを一つ、一つ紡いで行くフルール。



「一番、最初に見たのはあなたが町を守って頑張って悲嘆に暮れた姿。あの日は……悔しくて悲しくて……やりきれないあなたを初めて見たの」



 悲しみがあった。



「次は、ラパンの時ね。困惑したあなた。だって自分の所為じゃないのに。重い責任を背負わされてそれでも結果を出そうとして最後の最後まで困ってた」



 迷いがあった。



「その次は、葛藤ね。エグリースさんには相当、手を焼いてたわ」



 板挟みに苛まれた。



「四つ目は、寂しさ。地元から離れて懐かしくなった所でお祭り騒ぎを見て疎外感で故郷が恋しくなってた。五つ目は、偽りね。これだけは……今でも許せてない。分かる? どれだけ心配しても無茶して……挙句の果てに怪我して帰って来るんだから。もっと反省して」



 寂しさと嘘もあった。



「六つ目と七つ目は立て続けね。絶望したあなたと……怒ったあなた。アンジュとあんな事があって絶望して……それから猛烈に怒ってた。全部、自分に対して。あたし達の為に」



 絶望と憤り。



「今更だけど……酷い所ばっかりね」



 フルールの言う通りどれもが負の感情が付き纏っている。それに無様で不器用で無骨なものばかり。決して人に誇れる様なものは何もない。



「あたし達のかんけいって複雑だわ。勿論、笑った時もあったけど顔を会わせたら毎回、怒ったり、泣いたりしてばっかりで……それでもこうしてまた一緒に居る」



 されどそれらの物語に救いが無い訳ではなく、全て繋がっている。何一つ、無駄な事は無い。苦しみ抜いた末の答えがこれならば悪くはないだろう。



「……あたしは、それでも良いと思ってる。だって本気でぶつかって来てくれるんだもの。それに包み隠さず、あなたの全部を教えてくれた」



 仮面をつけて着飾り、人を欺くのは簡単だ。こうであって欲しいと求められた人物を演じるのなら誰からも歓迎される。有りの侭の本心を受け入れられる方が稀なのだから。



「ねえ、次は一体どんなあなたを見せてくれるの? 一応、言っとくけど……己惚れは、散々見せつけられたからもう要らない……と言うか詰まんないし、腹が立つからやめて。偶には、嫉妬したりとか……後は……これは何だか馬鹿らしいから言うのはやめとく」



 次はより深く密接なものを。そう、願うのならば。そんな淡い期待を言葉に出しかけた所で気恥ずかしくなり、フルールは口を噤む。今は、まだこのままで良い。焦る必要は無い。時間はまだたっぷりと残されている。急いて釦のかけ違いが起きるよりも一歩、一歩今日よりも明日。離れ離れにならなければ、小さな積み重ねを続けられる。それは、此度の出来事で証明され、確信がある。



「もっと色んなあなたを見せて。約束よ? これは……その手付金」



 凭れ掛かっていた木から上体を起こし、ランディの顔へ己の顔を寄せるフルール。一方的な契約。知らぬ間に新たな楔で繋ぎ留められ、物語は新たな局面を迎える。

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