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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第陸章 Kilroy was here.
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第陸章 Kilroy was here. 3P

 それは、あの日の出来事そのもの。どうして自分の下へと赴いてくれたのか。そして、剣を構えた理由が分からずにいたのだ。勿論、それは本人以外に分かる筈も無く。例え、友に聞いたとしても的を射た答えはくれなかっただろう。だから敢えて時間を置いてから二人きりになったこの時を選んだのだ。俯き、口籠るフルールを今度は、ランディが見つめる。



「……知らないといけないと思ったの。剣を握るってどういう事か」



 震えた声で紡がれた答えは、至極真っ当でランディにもすんなりと理解出来た。知りたいと言う考えに至った経緯も心情もそれらは、フルールが持って当たり前のもの。そしてそれらをフルールが知ったから。今があるのだ。



「—— なるほどね」



「だって……そうでしょ? あなた達ったら当たり前の様に気が付けば、構えてる。だからどんな気持ちで向かい合ってるのか。分からないといけないって考えた」



 フルールは、ランディとアンジュの気持ちに少しでも触れたかった。友と呼んでも差し支えない二人があれ程までに呆気なく、剣を向け合ってしまえるのか。何より、その剣を構える覚悟とは如何ほどのものなのか。其処までして得たかったものが何か。それが少しでも見えればと。フルールは、その一心で剣を握ったのだ。



「実際、やってみてどうだった?」



「……怖かった」



「だろうね」



 まるで二人の心模様を映し出すかのように道に浸食する木々が多くなり、馬車の中も薄暗くなる。何故なら決して耳心地の良い話ではないのだから。けれどもランディにとっては、嬉しかった。フルールが己を知ろうとして歩み寄ってくれた事に対して。それならば、己を曝け出さねばならない。例え、悲しませる事になったとしても。知って欲しいのだ。



「ランディも—— そうなの?」



「勿論、そうさ。怖いよ。自分の命が脅かされるのもそうだし……どんなに腹を括っても命の奪い合いに正しさなんてないから。罪悪が何処までも付き纏う。自分の手を汚す感覚は、消えない。本当なら命に差なんてつけたくない。でも……身近な人に剣を向けるってなると特に震えるよ。だって……だって一緒に過ごした時間が……笑いあった日々が……」



思い出せば、あの日の出来事が全て瞳に映し出される。それだけではない。感覚すらも時間を巻き戻したかの様に再現される。動悸も息切れも気怠さも痛みも全てだ。大きく目を見開いたランディは、震える己の両手をじっと見つめる。



「もう良い……ごめんなさい。こんな事、聞くべきじゃなかった」



「辛いさ」



 今は一時的にそれら心的外傷が緩和されている。何故なら体の消耗が激し過ぎて其処に至らないからだ。だが、何れ体が元に戻れば悪夢に苛まれるに違いない。あの日の出来事は、ランディの心に痛みとして未来永劫刻まれる。例え、傷つけ合ったとしても最後に過ごした時として。忘れてはならない大切な過去の一つとしてあらねばならない。



「これ以上、口を開かないで」



 フルールは、ランディの肩口に寄り掛かって腕を体に回す。これ以上、心の傷を開いてはならない。恐らく、これがきっかけで今晩は、悪夢に魘されるに違いない。もっと早くに気が付いていればとフルールは後悔に苛まれる。



「分かる……今なら。最後まで止めようとしてくれてありがとう」



「この際だから言わせてよ。俺がどんな風に考えてたか」



「聞いて良いの?」



「君だから聞いて欲しいんだ」



 煙草を持っていない左手をフルールの顎に添えてそっと顔を上げるランディ。弱弱しく微笑むランディの姿を見てフルールの瞳が揺らぐ。どんな結末を思い描いていたのか。底抜けのお人好しが考えている事など、手に取る様に分かってしまう。きっと、それは明るい未来。夢物語。それしか、考えていなかっただろう。



「これでも考えたんだ。理想的だったのは、君たちが式を挙げると言える程の関係性になったら。そしたら俺は、仲人として来るべきハレの日に備えて——っ!」



「……よくもまあ、そんな—— 恥ずかしげもなく」



「っ! だって本気だったからね」



 恥ずかしげもなく言うランディに対して己の額を軽く打ち付けるフルール。額と頬を赤く染めるフルールに対し、ランディも少し恥ずかしくなって煙草に逃げる。だが、それら全てが叶えられたらどんなに素晴らしい光景が待って居ただろうか。勿論、それが叶えられなかったとしても良かった。そんな未来でなくとも三人で素晴らしい時を過ごせたのは分かり切っていたのだから。



「ほんとは、どんな形でも良かった。例え、君たちの仲を取り持てなくてもさ。けど、長い時間が経って……でもまた、君に会う為に色んな話をする為に戻って来たいと思えるくらいにはしたかった。それから俺も交えた三人で話をいっぱいするんだって」



「そう……」



「まあ……今となっては……の話だ。実現出来なくてごめっ——」



「やめて。あなたが謝る事じゃないって何度も言った。あたしの立つ瀬がない」



 失ったものは取り戻せない。どれだけ、夢物語を語ったとしてもそれは所詮、夢物語。不甲斐なさで謝罪の言葉が漏れ出すもそれをフルールは押し止める。



「……そうだね。もう、言わない。苦しいから離してくれ。後生だから」



「分かれば良し」



 きつくなる抱き着きにランディは音を上げた。思っていた通りの答えの所為で目の端に着いた雫を右手で拭いながらフルールは、話を続ける。



「話を戻すけど……あの時、やっと分かったの。どれだけ苦しんでいたかって。だから踏み止まる事が出来た。だってそうでしょ? 周りから色んな事を言われても」



「そりゃあ、納得何て出来やしない」



 簡単に解決などしない。他人から与えられた答えが全てではない。自分で確かめる必要がある。その経過があるから自分にしか出せない答えがあり、その答えをフルールは自らの手で掴み取った。



「軽い気持ちで持ち出した訳じゃないんだけど……ランディが本気で向かって来るから。どうしようかって本気で困った。しかも何を考えてるかなんて全然、分からなかったし」



「確かに」



 本当に正常では無かった。互いに追い詰められたが故の異常事態。まかり間違えば、死が待って居た。その危険を冒してまでするべきであったか、その是非は横に置いておくべきだろう。それよりもその危機を乗り切れた奇跡の方が重要なのだから。



「でもね……あの時、もしかしたら手助けして貰ったかもしれないの」



「誰に?」



「……アンジュ」



「そうか……」



 あの幻影は、もしかしなくても現実であったかもしれない。自分がそうであって欲しいと願った事が幻覚だとランディは、自分の中で片づけていた。けれども同じ考えに至った者が居たとすれば話は違う。あの日以来、アンジュの剣には近づいていない。一度、確かめねばならないとランディは考える。例え、居なくなったとしてもその残滓が消えずに燻っているのならば。それを引き出せるのは、自分以外に居ない。



「気が付けば……手から剣が勝手に離れてた。いいえ、違うの。今思えば、奪い取られてはじけ飛んで行ったって感じが……正解ね」



「……」



「それからランディを受け止める為に……後ろで支えられていた様な……そんな感じが」



「……」



「まあ、そんな事って在り得ない」



 勿論、それらが全て眉唾物の与太話でなければの話。寧ろ、それが本当であれば、死後も迷惑を掛けてしまった事になり、申し訳なさで頭が上がらない。あの時、最後まで本当に手が掛かる弟分だと言われた様な気さえしてしまう。

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