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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第陸章 Kilroy was here.
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第陸章 Kilroy was here. 2P

 強い腕への締め付けと冷ややかな声、そして淀んだ茶色の瞳がランディを襲う。冷や汗をかきながら取り繕うランディに対してラパンは、溜息を一つ。そんな茶番を繰り広げている間に石畳の小道を抜けており大通りに入って目の前に目的地の納屋が見えて来ていた。



「ラパン、遅い」



「時間には間に合っているんだも」



 早朝にも関わらず、大勢の町民が集まって騒がしい。また、納屋の前には幌付きの大きな荷馬車も六台止められている。ラパンを先頭に顔見知りと軽い挨拶を交わしつつ、人混みをかき分けて進んで行くと目立つラパンのお陰で探していたチャットの方から赴いてくれた。



「ランディさん、フルールねえ……おはようございます」



「おはよう」



「チャットちゃん、おはよう。頼むから何も言わないで。全部、分かってるから」



「この場では……心中お察し申し上げるとしか。あんまり言うと私が怒られる」



「正しい判断だ。賢い。流石としか言いようがっ——!」



 挨拶早々、異質な二人の雰囲気にチャットが首を傾げるもそれ以上触れるなとランディはやんわりと警告し、巻き込まない様に配慮をした心算。言い終わるまで猶予を与えられず、先程と同じくわき腹を軽く小突かれて沈黙するランディ。



「フルールねえ、可哀そうだから程々に……」



「可哀そう? 可哀そうってナニ? 然るべき措置よ」



「そうだね……その通りでした」



 後生大事に腕を抱えていたかと思えば、次の瞬間にはぞんざいな扱い。その異常な二面性を垣間見てチャットは、関わってはならないと瞬時に判断した。そして、ランディが痛みから立ち直るのを待たずして出発の号令が掛かる。ぞろぞろと列になって馬車に乗り込む町民たち。ラパンとチャットの後にフルールは、ランディを引き摺って馬車へと乗り込む。全員が乗り込んだ事を確認し、馬車は走り出す。


 振動に体を揺られながら町の景観が少しずつ遠のいて行く。山林の方まで行くので今回は、長旅となる。馬車の中でも皆は、お喋りに興じているが、その内手持無沙汰になって睡魔が蔓延し、居眠りに耽るだろう。



「怪我のお加減はどうですか? まあ、こうやって出歩いているから大丈夫だと」



「ああ、支障ないよ。順調に快方へ向かっている。これも皆のお陰さ」



 馬車の縁に肘をついて外の景色をぼんやりと眺めながらランディは、チャットの問いへ答える。物憂げなランディの姿にチャットは少しの間、視線を奪われてしまう。



「良かったです。一時はどうなる事かと」



「ラパン共々、心配かけたね。ありがとう」



 これまでのランディであれば、謝罪の言葉を選ぶ。されど、今回は違った。どんな心変わりがあったかなど、チャットが知る由もない。



「何だか……ランディさん少し変わりました?」



「そうかな? 自分では気が付かないから」



「どことなく雰囲気が……柔らかく」



「褒めて貰えるのは、悪くない。そう。俺は褒められると伸びる比だからね。もっと褒めて」



「ランディさん。えらい、えらい」



 大人びた余裕を持った雰囲気を垣間見たかと思えば、直ぐに子供じみた活発な青年に戻る。何だかそれが可笑しくてチャットもその冗談に付き合い、ランディの頭を撫でる。それを見て新たな火種の予感がして震え出すラパンと不機嫌になるフルール。



「……」



「何で君が睨むのさ? 俺が悪い事をした?」



 不穏な視線を感じ取り、フルールの方へ顔を向けるとランディを静かに睨み付けている。



「何も……寧ろ、考え無しに馬鹿みたいに喋って馬鹿みたいに動いてるから怒ってる」



「秋の空どころの話じゃない……常時、極限下の環境だよね? まるで嵐と大寒波が同時に来て……裸一貫で立ち向かってる気分だよ。一体全体、どうしたんだい?」



「適応すれば良いじゃない? 人ってそう言うものよ」



「大いなる自然だって何の準備もナシでそんな所へいきなり追いやったりしないさ」



「そんな状態にした己の不甲斐なさに文句を言いなさい」



「理不尽なっ!」



 疲れを通り越して眩暈がする。最近のフルールは何時もこうだ。少しでも意にそぐわない事があれば、不機嫌になってちくりちくりと嫌味が零れる。一度、機嫌を損ねれば終始、ご機嫌取りに奔走しなければならない。しかもそれらの原因は、全て些細なものばかり。それにフルールの本音が見えて来ない事にも腹立たしさを覚えてしまう。これでは、落ち着いて日常生活を送る事もままならない。その鬱屈とした感情がこの場で爆発してしまうのも致し方なかった。



「ランディさん……分が悪い。引き時です」



「俺だってっ!」



 そんなランディを引き留めるチャット。一概に誰が悪いと決めつけられる話ではない。これは感情の話でランディが一番、不得意な分野だ。それを今、伝えたとしてもランディが止まらないと分かっているチャットは、視点を変えた所から説得を試みる。



「後の事を考えないと……締め付けが余計、キツくなるだけです」



「その助言が世界で一番怖いよ……」



「堪え時です。今日の口喧嘩で勝ったとしても無意味。私もそうですけど……怒った事、絶対に忘れないから。消えずに積み重なって何時か爆発するんです。後は、何かにつけて気に食わないと怒りを買って先細りするのは明白。ならば、延命が賢明です」



 実体験を踏まえた説得力のあるチャットの助言にランディは脱帽する。また、先の未来を据えた判断をランディは好む性質上、効果は覿面であった。



「はい……ごめんなさい」



「ちょっと腑に落ちないけど、分かれば良いの。分かれば」



「学ばせて頂きました。慈悲深いご配慮、痛みいります」



 誇りも矜持も無く、跪き服従するランディを見て軽い絶望感を覚えるラパン。こんなにも簡単に人とは変わってしまうものなのか。先程までの言動は、正直に言えば冗談半分。まさか、本当にランディが染まっているとは、ラパンも思っていなかった。



「こんな光景を幾つも見て来たんだな。悪くなくても謝る姿。こんなもの学びでも何でも無いん……言ってしまえば、調教なんだも」



「処世術。何でも白黒つければ良いってものじゃない」



「……僕には、縁遠いものなんだな」



「そうね。まだ、猶予は十分に残されてる。でも何時か、好きな人が出来たらそうも言ってられない。今のうちに自由を謳歌しておくべきね」



 そんな穏やかな一時を過ごしてから暫くして二人が馬車の退屈さに負け、寝静まった後。


 同じ様に乗り合わせた町民たちも舟を漕ぐ中でランディとフルールは、静かに外の景色を揃って眺めていた。流れ行く木々。野原から随分と遠のき、森林の中盤辺り。夏らしい青々しい香りが鼻を擽る。手持無沙汰なランディは、本数に制限はあるもやっと許可が下りた煙草の箱に手を伸ばし、本日一本目に火を灯す。



「そう言えば……一つ聞きたい事があったんだ」



「なに?」



 煙草の紫煙を吐き出しながら問い掛けて来たランディにフルールは首を傾げる。改まって聞かれる様な事に覚えはない。自分が気付かない事で何かあったかと考えても思い浮かばない。静かにランディを見つめて待つフルールに対してランディは、前髪を弄りながら言葉を選ぶ。聞きづらい訳ではない。しかし、今の時機に聞いて良いものかと迷いもある。


 その気掛かりは、例の一件に纏わるものだから。



「どう聞けば良いものか……まどろっこしいから素直に聞くね。あの時、剣を握ったのは何故なんだい? あの時の俺は、本気で君がケリをつけて貰えると信じてたからさ」



「下らない理由よ……聞いてもきっとがっかりする」



「どんな理由でも聞きたい。教えて欲しいんだ」

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