第傪章 『Peacefull Life』 14P
「そう、御察しの通り」
フルールは一度、目を瞑って考え、何かを決心したかのように口を開いた。
「『Cadeau』よ」
「やっぱり……」
昔とは違い、産業革命や科学的な見地、論理的な思考が広がり始めている王国だが、ただ一つだけ大きな謎が生きている。それは古の時代から信じられている目には見えない力だ。
力の名は『Cadeau』。
はるか昔より研究されていた。今も残る文献の多くにはある三文が必ず、前文に記されている。これが『Cadeau』の全てを表していると言っても過言ではない。
三文の内容はこうだ。
かの力は時代の折々に出現し、多くを生み、多くを壊して来た。
かの力は他の国々に遅れを取る王国へ希望を与え続ける。
かの力は時に神の領域に達する。
そして現在、核心を持って言えることは二つ。一つは先天的ないし、先天的な才能よりは圧倒的に少ないが後天的な才能もあること。もう一つは王国の民には少なからずとも何か一つは特化した能力を持って産まれ出こと。この力は人類の営み、全てに影響を与える。そしてこれら才能は王国の繁栄に貢献して来た。ただし、自分の持つ才能が何の分野に特化しているかを知ることや偶々、知り得たとしても完璧に生かしきるのは干草の山から針を探すことよりも難しい。後天的な力を与えられるのは少数なので殆どの人間は関わりを持つことなく死んで行く。
『Cadeau』とは世の理から離れた、人が持つ可能性の領域だ。
そう、使い様によっては神の力にも届くような。
「あたしね……元々、絵を描くのは好きだったんだ。まあ、きっかけは小さな頃に父さんや母さんに褒められたことから始まるんだけど」
フルールはカウンター側から向かって右側。
様々な色が塗られたキャンパスを指さして微笑む。初めて書いた絵はこれだった。
「うん、可愛い絵を見れば何となく分かる」
ランディは最初の作品を見て笑った。
「勿論、色の使い方とかは独学で勉強したよ!」
フルールが最初に指で示した絵から少しずつ左に視線をずらしていくと細かい所から上達して来ているのが分かる。
「でもね」
話をしている途中ぽっと顔を赤らめて恥ずかしそうにゆらゆらと身体を揺するフルール。実を言えば、フルールは自分のことを此処までこと細かく話したことがなかった。何故ならこの町の人間はフルールのことをフルールよりも知っているから。自分のことを話して他人に知って貰うという経験がフルールにはなかった。だから改めて話すのが恥ずかしいのだ。意外にも可愛い一面を見せるフルールにランディは少し驚いたが直ぐに惚けた顔から優しい顔になる。
「でも幾つの時だったかな、確か十二歳くらい。その時に目がね、可笑しくなったの」
「どういうこと?」とランディが絵からフルールへ視線を移動させて聞いた。
一方、フルールは顔を向けて来たランディを真剣な眼差しで真っ直ぐ見つめる。
「何かね。自分が書きたい風景がそのまま、キャンパスの上なら平面、空中なら立体に映るの」
「なるほど―――― ね」と言い、ランディは視線を受け止めると頷いた。
「厚みとか質感も色も音も匂いも味も明暗も、全部分かるの」
フルールは視線を落とし、自身の手を見つめながらぽつりと呟く。
「最初は何が何だか分からなくて怖かったけど。一時期は画材全部に近づけなくなったんだけど……何も怖いことがないから段々慣れてね」
フルールの目には最初に恐怖の色が移り、その後は直ぐ、楽しさでいっぱいになった。
「それでね、それでね! 見た物、感じた物、全部を表現出来るように頑張ったの」
最後の一枚にランディが視線を向けて見ると成程、其処には夕焼けに染まった『Chanter』があった。まるで風景を切り取ったかのように鮮明で夕日の配色がとても素晴らしい作品だ。
「凄い……」
自然と言葉が出てランディは最後の一枚へ視線が釘づけになった。『Cadeau』は様々な事象に作用する。有名な学者を一人あげるとある科学者は電気や磁力と言った物を幾何学的なモデルで説明すると言う快挙を成し遂げたのだ。簡単に言えば見えない物をまるでそこにあるかのようにイメージする天才だった。また、ずっと昔に偉人と崇められた英雄や宰相、異端者や魔女と呼ばれた者たちの中に神や悪魔だと恐れられるほどの才能を持った人間がいたのだ。
その他にも『Cadeau』は発明や発見で大きく貢献している。もう一つだけ付け加えておくと初代国王も自分自身の持つ『Cadeau』を見つけ、建国の父となった。
「ランディは自分の『Cadeau』を知っているの?」
唐突な質問にランディは下を向いて暫し黙った後、顔を上げて答える。
「―― いいや、全く」
聞かれることを想定していたランディが力なく笑い、首を横に振った。
「そうなんだ、後この話は……」とフルールは此処で焦ったように口を開く。
「分かってる、内緒だね」
苦笑いを浮かべるランディがそれ以上、言う必要はないと手でフルールを制した。
実際、『Cadeau』はとても役に立つが全てではない。フルールだって最初はモデルが幾ら細部まで記された目の前にあっても同じようには描けなかった。それは壁に掛かっている絵が証明している。配色の他にデッサン、クロッキー、トレース、バース線、模写だのと技術はこの町に来た流れの絵描きなどから教わり、時間を掛けて練習した。光源、自分や他人の体で比率も理解したし、遠近法は町や人をずっと描き続けている内に感覚で覚えた。確かに『Cadeau』は心強い力だ。でも同時にその力を生かすには努力も必要不可欠。
折角の力を持っても個人の活用領域が狭ければないのも同じ。過去の人物も褒め称えられる影では努力を惜しまず、フルールと同じ道を辿っている。だが、実態を知らない多くの王国民や他の国は『Cadeau』と聞くと好奇心か嫉妬だけで理解しようとしない。公言すると痛い目に合うこともざらではない。『Cadeau』の話題は些か、繊細である。だからフルールは誰にも話さないで欲しいと頼んだのだ。
「でも何かな? こんなことランディに話しても仕方がないのに……妙に話し易かったなあ」
眉を顰めてフルールが疑いと好奇心の入り混じった視線をランディへ向ける。
「話し易かったのはもしかしたらだけど、知り合いに何人かいたからかも。皆、凄い力を持った人ばかりだったよ」
ランディが昔のことを思い出して笑い、自分のことのように自慢をした。
「むむむ……それならあたしも合点が行くかも」




