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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第肆章 死に至る病
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第肆章 死に至る病 10P

 苦しみが一つずつ紐解かれて行く。悲しみでバラバラになった思いが繋がる。そしてそれらは、物質としてこの世界で存在を確立する。



「狡いんだ。俺ばっかり。僕の分まで生きろとか、フルールの笑顔を取り戻せとか」



「そんな事、言ってたの? ほんと、呆れる」



「そうなんだ。本当にっ……最後まで君の事をっ!」



 涙が止まらない。認めたくなくとも認めざるを得ない。すっかり心が冷え切ってしまった。



「もう、取り戻せない。あの優しい笑顔も……穏やかな声も……力強い手も」



「そうね……」



 ランディの本心を聞いてフルールは、安堵する。本質は、何も変わっていなかった。それだけではない。何よりも安堵させたのは、自分の役割が存在していた事。軛として役割が。ずっと手が届かないと思い込んでいたものへこんなにも簡単に触れられた。



「良かった……取り戻せた」



「……止まらない。止まらないんだ」



「止めなくて良いよ」



 在りし日の思い出が駆け巡る。悔しさも憎しみもあった。だが、その根幹にあるのは、悲しみだった。本当にすべきだったのは。いや、したかった事は己との向き合い。だから純粋に故人を惜しんで人目を憚らず、涙を流せた。



「ああ……あああ……ああああああああああああああ」



「我慢させたね。最初からきちんと言ってくれてれば……あたしだって」



 ランディの首元に顔を埋め、フルールも泣き出す。



「ごめんね……ほんとにごめんなさい……気付いてあげられなくて。一番、近くで見ていた筈なのに……違う。多分……気付いてた。最後まで見ていた心算だったのに。いつの間にか、目を背けてた。甘え切ってた。あたしが悪い……本当にごめんなさい」



 様々な一面を垣間見たとしても。非情な現実が待ち構えていても。また、この場所へ戻る事が出来た。フルールは、この出来事を経て確信を持つ。



「絶対に一人になんてさせない。させてなんてあげない」



 何度、繰り返しても構わない。



「あなたを無くさせない」



 その言葉をフルールは、実現してみせた。



「良かった……ギリギリ間に合った」



「全部、君の差し金かい?」



「ええ。ブランさんも含めて焚きつけたのは、時間稼ぎです。悪く思わないで下さい。ギリギリまで考える時間をあの子に上げたかったので」



「上出来だ。思わず、昇進も検討しかけたよ。普段の素行が無ければ」



「お褒めに預かり光栄です」



 店の前で集った皆もその一部始終を見ていた。皆が一様に胸を撫で下ろす。そして、一番の功労者であるルーをブランは労った。



「これで一件落着だ。本当に息が抜けなかった」



「僕はもっとですよ……」



 此処まで随分と遠回りをしたものだとルーは、心の中で呟く。だが、足掻きに足掻いた先に待って居た光景がこれなら。悪い気はしない。ランディの考え方にも少し共感出来た。



「どうです? レザンさん。僕は、これが正しいと思います」



「……ああ、ぐうの音も出ない」



 右手で疲れの見える顔を覆い、ぼそりと一言レザンは呟く。



「ありがとう」



 レザンの感謝にルーは、満面の笑みを浮かべる。



「酷い顔……無理のし過ぎだわ。ゆっくり休みましょう」



 一頻り泣いた後、フルールはランディの顔を袖で拭い、微笑む。



「我儘なんて許さない。暫くは、安静ね。ほら……立って」



 疲れ切ったランディはぼんやりとフルールを見つめたまま、瞬き一つしない。無言のランディに何か引っ掛かりを覚えるフルール。されど、このままにして置く事も出来ない。



「どうしたの? ねえ?」



 先に立ち上がり、屈んでランディを引っ張って立たせようとするも動こうとしない。それどころか、フルールに向かって倒れ掛かってしまう。勿論、そうなってしまうのも無理はないと分かっていても押し倒されたフルールは、何だか気恥ずかしい。



「ちょっとっ! 皆、見てる。こんな所で止めてよ。後で二人きりの時なら幾らでも……ってあたしに何言わせるつも—— り?」



 よく物語に出て来る使い古された展開だ。まさか、自分がそれを実際に体験する日が来るとは。意識が混濁する中、ランディは考えた。だが、もう体が動かない。指先から始まり、全身の感覚も失われていた。せっかくの匂いも柔らかな感触も全く伝わって来ない。



「ランディ? ねえ?」



「ははっ—— 潮時か……呆気ないもんだ」



 てっきりランディがふざけていると勘違いしたフルールは、異変に気付かない。



「きちんと喋ってよ? 全然、聞き取れない」



「ねえ? ねえっ……てば?」



 何度、呼び掛けてもフルールの声は届かない。ランディは、小さく呟くだけ。



「最後くらい……ゆっくり煙草が吸いたかったなあ」



「えっ?」



「でも悪い気はしない」



 苦しんで尽力した先の光景がこれならば、悔いは無い。



「もう……終わりだよ。分かってた。町を出た所で限界かなって……ね」



「冗談は、やめて頂戴。ちょっと疲れが出ただけよ——」



 最後なのだからきちんと説明せねば。その責任感だけが、ランディを突き動かす。



「……」



 ゆっくりとランディの体に生傷が浮かんできた。同時に出血も始まる。慎重にランディの体を地面に横たわらせ、頭を膝の上に乗せた所で己の手に付着した赤い液体をフルールは視認した。全く何が起きているのか分からない。フルールの思考が停止する。



「何で? 何でこんなに血が……どう言う事? ふざけるのも大概に——」



「ありがとう……こんな俺を救ってくれて。心置きなくアンジュさんと同じ場所へ逝ける」



「あの時だって……怪我なんて一つも無かったじゃないっ! 何言ってんのっ!」



 ランディの衣服の至る所で赤い染みが徐々に広がって行くのをフルールは状況を理解する。そう。何も終わっていない。寧ろ、始まりに過ぎない。此処からが地獄の始まりなのだ。



「良かった……これで俺は、この世界に絶望しないで済んだ」



 曇天を見上げるランディの瞳は、生気を失っている。まるで命の灯を掻き消そうとするかの様に雨脚も強まって行った。

「駄目っ! こんな事って! だめ、ぜったいにだめっ!」



 雨に乗って地面に薄い血だまりが広がって行く。顔面蒼白のフルールは、血が滲む服の上から特に出血の酷い腹部を両手で必死に押さえつけるも指の間から鮮血が絶え間なく湧き出て来る。脈拍も弱く、呼吸すらしているのかも分からない。



「止まってよ……止まって……止まってっ!」



 必死の抵抗も無駄。気が付けば、ランディは瞳を閉じていた。



「駄目よ……こんな……死じゃダメ。ランディっ! 目を開けてっ!」



 呼び掛けにも全く反応しなくなった。また、同じ事を繰り返すのでは。フルールの脳裏に失う恐怖が過る。半狂乱になったフルールは、叫び声を上げる。



「誰かっ……誰かっ! たすけて……止まらないっ! 止まらないの」



「っ!」



 誰よりも先に異変を察知したヌアールがいち早く駆け付けた。そして、血だまりに沈むランディを発見し、大きく目を見開く。



「ノアさんっ! ランディが……ランディが」



「煩いっ! 黙れっ!」



 気が動転したフルールを押しのけてヌアールは、怪我の具合を確かめる。事態は、ヌアールが想定していたよりも深刻だった。それから白衣のポケットから常備している包帯などを取り出し、治療に専念する。



「くっそ! だから言っただろうにっ! ブランさんっ! オウルさんっ! ルー!」



「どういう事だっ!」



「どうもこうも無いっ! こいつめっ! 縫合糸まで無くなってやがるっ! 本当にギリギリまで我慢してやがったっ! ふざけやがって……」



 振り向く事無く、三人を怒鳴って呼びつけ、治療の手伝いをさせるヌアール。なす術も無く、フルールは見守る事しか出来ない。



「馬車はあるっ!」



「早く診療所へっ!」



 馬車を呼ぶためにオウルがこの場を離れる。遠目でも何が起きたか理解し、静かに泣き崩れるシトロンとそれを必死に支えるユンヌ。近寄ろうとする双子をその惨状を目にする前にルーが何とか制止する。騒ぎに触発されたレザンは、ゆっくりと皆の下へ向かう。血まみれになったランディの姿を見て頭が真っ白になるレザン。



「……」



「レザンさんっ! 気を確かにっ! まだ、ランディは死んでいないっ!」



 呆然とするレザン横で暴れる双子を抱き留めながらルーが呼び掛け、正気に戻す。



「どうすれば……どうすれば助かる? 何をすれば……私に何が出来る? 血か? なら全てくれてやる。私はどうなっても構わん……何としてもランディを……ランディだけは」



「世迷言をっ! そんな暇があるなら傷口っ! 押さえてっ!」



 ヌアールはレザンを一喝し、手伝いを促す。



「ブランさん」



「なんだい? 今、忙しいんだっ! 詰まらない話なら手短にしてくれ」



「俺、やりましたよ。これで……認めて貰えますか?」



「っ! こんな時までっ! ああ—— 認める。認めるともっ!」



「約束……守って下さいね?」



「守る。守るから……頼むからしっかりしてくれっ!」



「良かった——」


 目を瞑ったまま最後の力を振り絞り、ランディは譫言を言う。真面な意思疎通も出来ない状況にも関わらず、会話が成立したのは、諦めの悪さが成せる業。



「ほんとにやらかしたなあ……謝らないと」



 沢山の人々に迷惑を掛けた。罪悪感が尽きない。



「ごめん—— なさい……レザンさん」



「やめろっ……やめてくれ」



 誰よりも一番に謝りたかったのは己の我儘に散々、付き合ってくれたレザン。



『ごめんよ、ソネット。もう、会いに行けそうにない』



 意識が真っ暗な深い闇に沈んで行く。これが最後だ。


 そう思った矢先、真っ暗な世界に緑色の文字が浮かび上がる。相も変わらず、内容は分からない。だが、事前に知らされていたので理解出来る。拒絶は出来ない。だから最後まで粘った心算だ。此処から先は、全く予想がつかない。何故なら己が書き上げた脚本とかけ離れた結末となってしまったから。

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