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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第肆章 死に至る病
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第肆章 死に至る病 8P

「必要とされている今がありますからね。そんな未来の事まで面倒は見切れない。もし、知れたとしてもその時にはあの子に新たな未来があります。あの子が膝を折る事は無い」



 必ずしも己が関わる必要が無いとランディは、考えていた。希望を捨てた訳ではない。


 寧ろ、自分では紡げないと分かっているから希望を託した。



「また誰かを愛し、結ばれ……子が生まれれば、否が応でも生に縛られる。そんな詰まらない感傷に浸る暇も与えられない。俺やアンジュさんが首を挟む余地も無く、物語は完成する」



「ほんとに……何処までも他人任せで無責任な奴だ。ほとほと呆れ果てさせてくれる」



「そもそも責任とは? こんな事に責任も何もない」



 幸福の追求は、個人の義務だ。誰かに導かれるものでも示唆されるものでもない。それは、己自身でしか決められない。また、誰もが思い描く理想の公式も現実には存在しない。何よりもランディは、自分が足枷になる事を危惧していた。



「俺は、責任者じゃない。罪人です。この手で奪った。必要とされているのは、断罪です」



 黙り込む二人を前でランディは、自嘲する。



「その事実だけがあれば良い。他は、何も要らないんです」



 酷く歪んだ独善がランディを支配する。逆を言えば、それしか縋るものが無い。端から理解されるとも想定してない。理解されたいとも思っていない。もし、これを悲劇と呼んで貰えるのならば、喜んで歓迎する。これから先、二度とこのような事が起こらぬ様。その象徴として皆の心に刻まれる事を望んでいるのだ。



「駄目だ。ブランさん、オウルさん。コイツに最早、話で懐柔しようなんて手は通用しない」



 業を煮やしたヌアールが行動に移す。持って来ていた長袋の口を解き、中から猟銃を取り出す。それから慣れた手つきで撃鉄を起こし、静かにランディへ向けて構える。



「……これ以上、一歩も動くな。動けば、その足をぶち抜く」



「のあさんっ!」



「だめだよっ!」



「お前たちが俺を雇ったんだ。どんな形だろうと目的は、達成してやる」



 ランディから離れ、今度はヌアールへ縋る双子。形振り構わず、実力行使でヌアールは、ランディの行く手を阻む。一気に店内が緊迫した空気で満たされる。



「安心しろ……動けなくなった後できちんと世話してやる」



「虚勢を張るのは、止めた方が良いです」



 ランディは、背後から銃を向けられても冷静さを失わない。根競べ。いや、ヌアールに撃てる筈がない。もし、その凶弾がランディに突き刺さればどうなるか。それは、ヌアールが一番理解している。それは、ランディにとって行幸でしかない。旅立つ手間が省け、こんな茶番を続ける必要も無くなるからだ。



「本当に出来ますか? その子たちの前で」



 また、双子に見せるものでもない。双子が心に癒えぬ傷を負ってしまう。その覚悟があるのかとランディは、ヌアールに問う。構えたまま立ち尽くすヌアールを放ってランディは、歩き出す。ブランとオウルの間を抜けて戸口まで辿り着いた所でまた、足を止められる。



「はあああ……まだ頑張らないといけないのか」



「ランディ君」



「……」



 丁度、戸口でランディが鉢合わせしたのは、シトロンとユンヌだった。簡素な給仕服姿のユンヌと寝間着に肩掛けを辛うじて羽織っただけのシトロン。対照的なのはそれだけではない。強面のユンヌはランディを睨み付け、シトロンは憔悴しきって顔を強張らせている。


 シトロンの腕に自分の腕を絡ませ、ユンヌはランディへ凄む。



「シトロンにユンヌちゃんまで……もう勘弁してくれ」


 流石に連戦続きでランディも疲労が限界に近づいていた。


 目元を指で解しながらランディは、音を上げる。


「駄目だよ……ランディ君。こんな事」



「もう好い加減、聞き飽きたんだ。許しておくれ」



 誰が何と言おうとも無駄だ。これ以上、議論の余地は無い。散々、時間を無駄にした。レザンには予め、馬の手配を頼んでいたがそれでも油断は出来ない。幾ら夏場と言えども山越えは、骨が折れる。加えて野宿をするにも場所を選びたい。



「許さないっ! 皆……耐えられないんだよ。ボロボロなランディ君を見るの」



「大丈夫。これ以上、見苦しい所は見せない」



 それも承知の上。だから立ち去ろうとしている。その想いを何故、理解してくれないのか。解決の目途も無いのに其処まで意固地になって引き留めようとするのか。理解に苦しむ。



「そう言う所が駄目なの。好い加減、分かってよ。分かってあげてよっ!」



「ごめん。分かりたくない」



 誰の為。ユンヌの言葉は、シトロンの事を鑑みてだろう。弱り切ったシトロンから経緯を聞き出し、見るに堪えかねて行動に移した所までは推察出来る。本当にお人好しだ。されどシトロンとは、もう話を済ませてある。後は、過ぎ去る時間が解決するだろう。此処で言葉を間違えれば、全てが無駄になる。



「っ!」



 ユンヌをあしらって扉に向かって歩き出すランディ。そんなランディへすれ違いざまにずっと黙り込んでいたシトロンが横から腕を体に巻き付ける。思いの外、力強く締め付けられ、ランディの肺から空気が少し抜ける。



「シトロン……止めてくれ。君とはもう十分過ぎる程、話をした」



 ランディの肩口に顔を埋めたまま無言で首を横へ振るシトロン。ランディは、柔らかな長い巻き髪を撫でてあやす。一刻も早くこの苦しみから解放せねば。ランディに新たな使命感が宿る。もっと前にきちんと手を打つべきだった。これも己に対する甘さが招いた失態だ。



「……君がこれ以上、苦しむ必要は無い」



 間違えに間違え続けた。もう、間違える事は許されない。



「お願いだから泣かないで」



「お願いだから……泣かせないで」



 やっと聞こえて来たか細い声。同時に肩口で湿り気が広がる。



「もう、嫌……全部、めちゃくちゃ……こんなのもういや」



「……」



 どう答えれば良いか。分からない。このままでは心が折れてしまうから。黙って去るだらしない自分をどうか許して欲しい。 シトロンの頭からランディは、ゆっくりと手を離す。



「だめ……だめ……だめっ!」



 ランディが一歩足を踏み出すとシトロンの語気も強まって行く。



「止まって—— おねがいだからとまってよ。もう一度、はなしがしたいの。ねえ?」



 やっと上げた顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。口元を震わせ、力いっぱい引き留めようとするもランディは、止まらない。



「だめだって……だめ。ちがう。そうじゃない。いうことっ! きいてっ!」



「離してくれ」



「だめっ!」



 その場に居た誰もがシトロンの哀れな姿から目を背ける。ヌアールを止める為に一度、泣き止んでいた双子も釣られてまた泣いてしまう。



「どうしたら考え直してくれるの? どうすれば良い? 私に出来る事があるでしょ?」



 必死に縋るシトロンを無視してランディは、店の扉を潜り抜ける。



「言ってよ……教えてよ……お願いだから」



「ありがとう。君の言葉、絶対に忘れない」



「ああああああっ!」



 誰も聞いた事の無いシトロンの悲痛な叫び。しゃがみ込むシトロンへ振り返る事無く、ランディは虚ろな瞳で空を見上げる。ランディを待って居たのは、やはりどんよりとした曇り空。少し霞む視界。しっかりとこの空を目に焼き付ける為にランディは目を擦り、それから大きな溜息を一つ。やり切った。これで最後だ。もう、何もない。


 通りの先、緩やかな下り坂で待ち受けるそれが目に入るまでそう思い込んでいた。



「……」



「……」



 見間違いではないかと己の目を疑ったが、どうやら現実で間違いない。その姿のお陰でこれまでに無い程、胸が高鳴る。

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