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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第肆章 死に至る病
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第肆章 死に至る病 7P

 誰も居ないと思っていた店内の壁に寄り掛かるヌアールがランディの独り言を拾い上げて来た。薄暗い店内に白衣は目立つ。また、ヌアールの横に立て掛けてある長袋も気になるがそれは、敢えて触れないでおいた。それよりも問題なのは、ヌアールがこの場へ赴いて来た理由だ。それは態々、聞かずとも分かる。ヌアールの前で居心地が悪そうにしている双子。


 間違いない。ヌアールをけしかけたのは、二人だ。



「今の俺は、雇われの身だ。瓶詰いっぱいの飴玉に釣られた」



「ベル……ルージュちゃん」



「……」



「……」



 普段と同じ小奇麗な装いの双子。いつもと違うのは、どちらの瞳も不安と寂しさで揺らいでいる。これまでとは、別種の難題だ。正直に言えば、ランディにとって苦手な分野。子供をあやし、宥めすかすのは至難の業。目的に対して強情で恥も外聞もなく自由に振舞える。


 ヌアールを引っ張り出して来たのもその内の一つ。勿論、その条件でよくもまあ、のこのこと顔を出したものだとは考えるも変人の考えなどランディは知りたくも無い。



「ランディさん……何をしていらっしゃるんですか?」



「ああ、ちょっと遠出をしようとね。また、直ぐに帰って来るさ」



 震える声で問いかけて来たヴェールにランディは、精一杯の笑みを張り付けて答え、横を通り過ぎようとするも直ぐに前へ回り込まれる。



「嘘です……」



「こういう時のベルは、てこでも動かないよ?」



 安易な嘘など、通用しない。無理に押し通して無碍にするのも以ての外。出来るだけ穏便に済ませたいランディは、考えあぐねる。



「ぜんぶ、分かってるからわたしたち二人はここにいるの」



 これまで静観していたのは、ブランから止められていたのだろう。だが、雲行きが怪しくなった事を誰から聞き、この場へと訪れた。其処までは理解している。



「ごめんね。きちんと説明をしようにも時間がない。分かって欲しい」



「分かりませんし、これから分かる事もありません」



「……」



 服の裾を握りしめ、涙目でじっとランディを睨み付ける双子。血は争えない。父親譲りの強情さが板についている。通路を塞ぐ双子の前で腰を屈め、ランディは両手で双子の頭を撫でる。真っすぐで他人を思いやれる良い子達だ。出会えて本当に良かったとランディは思う。



「何でなんですか? 何でランディさんがこのまちを出てゆかないといけないんですか? そんなのゼッタイにまちがってます。おかしい」



「生きていれば、可笑しいと思う事も……間違っていると思う事もいっぱいある。でも仕方が無いと考えるしかない。そういう風に出来ているんだ」



「餓鬼へお前の身勝手な道理を偉そうに押し付けんな。マトモに説明して納得させる事も出来ない癖して。きちんと責務を果たせ。今のお前の言葉は、誰にも届かない」



「ノアさん。今届かなくても良いのです。ずっと先で届けばそれで」



「届くワケないだろ?」



 分かっている。



「そこまで話をしてもいない内からこんなに大泣きしてんだぞ? 分かる日は、一生来ない。この子達は、ずっと引き摺る。そんな事も分からないくらい、頭がイカれたか?」



「っ!」



 指摘されずとも嫌と言う程、分かっているのだ。話をしても不快で苛立ちが募るばかり。だが、それよりも目の前で声を押し殺し、涙を流し続ける双子を見て罪悪感の方が勝った。



「もう、意地を張るのはよせ。誰も喜ばない」



「そんな甘い幻想は、捨てました。俺は、俺の道を行く」



「その先に道なんてねーだろ。それはお前自身が一番、分かっている」



 背後からそっと肩に無骨な手がのしかかる。何も出来ず、我慢の限界も超えた双子は、声を大きく上げて泣き出してしまう。



「今からでも遅くない。引き返せ。ちっぽけな自分を受け入れろ。お前の背負ってるもんは、簡単に切り捨てられる程、甘くはねえよ」



 誰も納得出来ないのならば、交わす言葉は無い。ランディは、雑にヌアールの手を振り払ってしゃんと立ち、前へ進もうとするもヴェールがランディの腰へ必死にしがみつく。



「らんでぃさんっ!」



「……」



 ルージュもしがみついて愈々、身動きが取れなくなるランディ。



「離してくれ。もう、決めた事だ」



「いやですっ!」



 諦めてくれるまで待つしかない。そう考え始めた矢先、更なる難題がランディへのしかかる。唐突に店の扉が開け放たれ、新たな登場人物が現れたのだ。



「ウチの子、そんなに泣かせて何処へ行く心算だい?」



「……」



 颯爽と現れたのは、背広姿で不敵に笑うブラン。面倒事が増えてばかりで一向に解決の兆しが見えない。好い加減、ランディでも嫌気が差す。ましてや、子供を泣かせた所を見られてしまったので後味が悪い事、この上ない。



「またしても厄介者が来たって顔をしてるな? 残念だね。厄介者は、僕だけじゃない。ほら。もう一人居るぞ。しかも僕よりもより厄介で悪質なおじ様だ」



「……もっと言い方があるだろう」



「オウルさんまで……」



 そう言うとブランは、振り向いて手招きをする。現れたのは、ブランよりもかっちりとした格好のオウル。邪険な扱いを受け、眉間に皺を寄せながらもオウルは、ランディの前まで歩み寄る。自分一人では手に負えないのであれば、誰かを引き連れて来る所も同じ。今回の場合、順番が変わっただけで父親の手法を双子が踏襲したと言うべきだろう。



「朝早くに申し訳ない……と言うべきなのだろう。しかし、今回ばかりは違う。ランディ君。君を何処へも行かせない為に此処へ訪れた。一度、座って話をさせて貰いたい」



 不機嫌そうにしていたオウルもランディの前では気をつかって穏やかに微笑みを浮かべる。生真面目な堅物を相手にするのは、偏屈なお調子者を相手にするよりも辛い。何せ、相手は正攻法を知っている。己自身が他者の模範であり、導く側だ。だから言葉にも筆舌し難い含蓄がある。それは、搦め手よりも厄介だ。建前では、正しさを謳っても根幹にあるのは、己の感情である。オウルならば、その感情に寄り添った上で懐柔して来るだろう。



「だそうだ」



「……」



「そう睨むな、睨むな。全部、君が悪いんだ。観念してお縄になる事だね」



 ブランにとっての最終兵器。とっておきは、最後まで温存していた。オウルの前ではランディも言葉を選んでしまう。それは、オウルの人柄を知っている者であれば皆同じ。黙って其処に居て最後まで話を聞いた上で沙汰す。これまでも絶妙な均衡が物事を解決に導いて来た。その関係性には、絶対的な自負があって然るべき。ランディもブランを睨み付ける事しか出来なかった。



「少なくとももっと別なやり方がある筈だ。こんなやり方、乱暴にも程がある。少し前の君ならこんなやり方選ばなかったよ。今の君は、穏やかじゃない」



「不本意だが概ね、私もブランと同意見だ。勿論……皆一同、そう考えるだろう。もし君の計画が広く知れ渡っていれば、押し寄せていたに違いない。それだけ異常な事態だ」



「誰がなんと言おうとも俺自身が決めた事です。今更、意思を曲げる心算もありません」



「君自身が君を許せないからだろ? 馬鹿馬鹿しい。ランディ、君の選択は全てに対する責任の放棄に他ならない。綺麗に飾ったとしても偽物は、所詮偽物だ。何時か、鍍金が剥がれる。それを知った時、本人がどう考えるか。君にだって想像出来るだろう」



 先ほどまで薄笑いを浮かべていたブランだが、珍しく硬い表情で首を横に振る。



「事実を打ち破る虚構など、存在しない。例え、その中身が心からの善意であっても……君の独り善がりは、誰も救わない。寧ろ、不幸にするのだ」



 更にオウルの追撃が加わる。流れるように自然な連携。未来に対する責任を問う二人に対してランディは、過去と現在の責任を清算すべきだと言う。ランディは、現在までの責任を取る事しか考えていない。其処から先は、当人の責任であると認識している。

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