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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第肆章 死に至る病
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第肆章 死に至る病 4P



「——っ!」



 二度目の覚醒。今度は、見慣れた景色が安心を呼ぶ。古ぼけた木製の天井。室内を見渡せば、未だ夜の明けきらない薄暗い簡素な室内。胸いっぱいに古い建材や煙草の臭いを吸い込むとより現実に引き戻された感覚が強くなる。まるで夢の様な世界だった。



「……そんな事がある訳ない」



 鮮明に残っている記憶は果たして本物なのだろうか。会話の内容から始まり、触れ合った感触、視界に入った景色と人物、紅茶や煙草の香りに至るまで全部。偽りではない。心がそう言っている。だが、頭では信じられなかった。最後の言葉が脳裏にこびり付いて離れない。絶対にある訳が無いのだ。あって良い筈がない。



「まあ……どうでも良い。これで終わりに出来るんだから。さっさと始めよう」



 事前の準備は、出来ている。少しは、名残惜しさが出て来るかと思ったが案外、情は無かった。体も不思議と少し軽くなっていた。思考も以前よりはっきりとしている。



「……」



 感情の揺らぎも少なく、自然と心も落ち着きを取り戻していた。事前に部屋の片付けも済ませたので室内は、整頓されている。自分が存在した痕跡も無くなっている。馴染みの服に袖を通し、腕に薄汚れたリボンを巻き付け、身嗜みも整えた。後は、出発するのみ。気が付けば、暗かった室内も外から光が差し込んで来る。窓から外の天気を眺めてみれば、空にはどんよりとした雲が立ち込めていた。もう少し時間が経てば雨が降り出すかもしれない。出立は、早くした方が良い。最後に町の綺麗な景観を目に焼き付けたかったのだが、こればかりは致し方が無い。



「どうぞ?」



 肩を落としながらも背嚢と長い布袋を二つ背負って部屋の扉から廊下へと出ようとしたその時。軽いノックが目の前の扉から聞こえて来る。もう誰も訪れる事が無いと思っていたが、それは思い違いであった。最後の来客くらい無碍にしても良かったのだが、どうせこの部屋に居る事も知られている。避けようが無いのでランディは、観念して返答すると室内に入って来たのは、ルーだった。明け方にも関わらず、皺ひとつないシャツとスラックス姿で身嗜みも完璧に整えて現れたルーにランディは、驚くも直ぐに落ち着きを取り戻す。



「君か……」



「そうだよ。僕さ。良かった……どうやら間に合ったみたいだね」



「何が良かったのさ? 最早、覆す事も出来ないさ」



「いいや。出来るさ。僕は、その為だけに此処へ訪れたのだから」



「……勝手にしろよ」



 ランディが招き入れる前にルーは、するりと室内に入って閑散とした部屋を見渡す。


 徐に胸のポケットから煙草を取り出し、そっとルーは火をつける。煙草を勧められたがランディはきっぱり断った。つれない態度のランディに対してルーは、肩を竦める。断ったのは、手短に済ませたいから。その意思表示でランディは、扉を開けたままにした。



「それで次は、何処へ逃げる心算だい?」



「さあ? 何処だろうね。何せ、何も考えていないのだから」



「まあ、そうだろうね。そんなに考える時間も……余裕すら与えられていないんだから」



「そんなところだ」



 情報を与える必要は無いのでランディは、さらりと受け流す。油断も隙も無いランディにルーは、更に問い詰める。ルーの目的は、見当がつかない。今更、こんな事を聞いた所で無駄なのだ。それど、ルーは無駄な事などしない。堅実で狡賢い。これも何か策略の一つなのだろう。ランディは、ルーの考えを読もうと前髪を弄りながら思考を巡らせる。



「でも地元には戻れないんだろ? 守るべき約束があるのだから」



「……」



 全てを知っているからルーには、ランディの考えている事が手に取る様に分かる。その上、足りない情報は無いかと補って手堅い選択を増やす。もしかすると、この会話こそがルーの策そのものかもしれない。目的は時間を稼ぐ事にある。だが、その時間稼ぎも気休めだ。止める有効手段にはならない。ならば、問題なかろうと判断したランディは、背負っていた荷物を床に下ろし、敢えてルーの手に乗る。勿論、安易な選択ではない。この際に伝えておかねばならぬ事もあった。



「後は、ブランさんから聞いたけど。君は、とんでもないお尋ね者みたいだね。国軍が血眼になって国中を探している。それを加味すると……次を考えるのだって至難の業だ」



「あんな奴ら、どうだって出来る。頭数だけ揃えても煙に巻くなんて造作も無い」



「君が言うと実現出来てしまうから嫌味に聞こえてしまう」



「本当の事だから仕方が無い。理も知らない癖に……さわりにちょっと触れただけで我が物顔。滑稽にも程がある。だから小童の俺にすら化かされるんだ」



 国の国防を担う相手にすら皮肉を言うランディにルーは、苦笑いを禁じ得ない。そんな不敬が許される人間など、数えられる程しかいない。勿論、ランディにはそんなもの関係ない。今、この瞬間も実力で捻じ伏せているからこそ、この町に存在する。



「寧ろ、君は知り過ぎた。大いなる責任を背負わされている」



「言われずとも承知の上さ」



 しかしながらそれも完全ではない。代償も必ず存在する。その宿命がランディの行動原理となっている。その宿命とは何か。それがルーは、知りたいのだ。そして、それをランディも知って欲しいと考えている。これからの為に。



「もう、隠し立てをする必要も無いだろ? 実は僕、君に聞きたい事があるんだ」



「そうだね。この際だ。答えられる範囲でなら。君にも知る権利がある」



「ありがとう。では、一つだけ。アンジュのアレは、何だったの?」



「ああ……あの忌まわしいアレが気になるのかい? 知った所で不愉快になるだけだよ?」



 ランディは、試した。本当に知る覚悟があるのかと。これを知れば後には戻れない。知れば、恐怖が常に付き纏う。己に内在するそれと相対するには、強靭な心構えが必要となる。場合によっては、その緊張感に圧し潰されてしまうから。



「それから……君にも不安が付き纏う」



「それでも知りたいんだ。教えてくれ」



 普通の人生を歩んだ者なら無縁なもの。寧ろ、その人生は尊いもので幸福に満ちたものと言っても過言ではない。だが、知って置いて損は無い。これから先、心に留め置く事で避けられる可能性が生まれるからだ。ルーの言葉を覚悟と受け取ったランディは、紡ぐ。



「アレを『力』と呼ぶには少し違う。アレは、与えられるものじゃない。己から引き寄せてしまうもの。そう。的確な名があるとすれば、これしかない。『焦がれ』だ」



「そうか……そう呼ぶものなのか」



「かの大戦でも秘密裏に実戦で試験的に投入されたらしい。そもそも研究自体が古くからされているんだ。ずっとずっと昔からね」



 もし、それに名をつけるのならばそれしかない。一切の無駄が無いその表現にランディも納得が行く。過去に名付けた者は、恐ろしい程の慧眼の持ち主だと思っていた。多少の違いはあれどもこれまで見て来た者達、全てに共通している。



「本来のアレは、病のそれに近い。己の欲へ忠実に従った末、至る」



「……」



「勿論、その欲に例外は存在しない。例えば。そうだね……死に瀕した状態で生への渇望をすれば……発動してしまう事があって可笑しくはない」



 焦がれは、誰もが身近にあって強く願えば願う程、引き付けてしまう。惹きつけられてしまう。逃れる術は存在しない。一度でも囚われてしまえば、自分の意思では引き返せない。


 これは、警告なのだ。ルーにこれからの一生を穏やかに過ごして欲しいと願うが故の。



「まあ、よっぽどの事が無いと無縁な話だ。敢えて此処では、公言しないけど……発動にもちょっとした条件があるからね。無暗に心配しなくても大丈夫」

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