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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第肆章 死に至る病
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第肆章 死に至る病 3P

 何故か話をしていて心が痛い。人らしくあろうとする自分が悲鳴を上げているのだ。誰にも晒したくなかった情けない本心。全てを知っている相手だから話しても問題ないと高を括っていた。けれどもそれは違ったのだ。自責の念と屈辱に改めて対峙した結果、圧し潰されそうになるランディ。気が付けば右目から雫が一つ流れ出していた。もう、止まらない。言葉が勝手に口をついて出て来る。



「何よりもあの子に合わせる顔が無い。俺は、取り返しのつかない間違いを犯してしまったのです。その償いをする為にもこの命を使い……地獄の炎に身も心も焼かれる事によってやっと贖罪が達成されるのです。浄化が無くては、再生はあり得ません」



「ランディ様、私共は存じております。貴殿のその瞳を通してだけでなく、可能な限りどの視点からもあの出来事を見ております。貴殿の行いは、間違いであると私共は、考えておりません。起こるべくして起きた悲劇であり、それに対して何処までも抗おうとしたその姿勢が間違いであれば、この世の何処に救いがあるのでしょう? 少なくとも私共は、貴殿の意思に賛同し、微力ながらお仕えさせて頂いている次第。その意思を否定してはなりません。今、正に必要とされているのです」



 何を言われても響かない。惜しまれるべきは、自分ではない。何をしても無駄だと分かった今、自分に出来る事は何もない。言葉の意味は通じても己の本心までは伝わらない。己の望みを叶えて欲しい。ランディは、一刻も早くこの地獄から身を引きたいのだ。



「かの青年は、貴殿へお言葉を齎しましたね。ランディ様の仕事は、人の心に種を蒔く事であると。私共も同じ考えです。此度の尊い犠牲があったとしてもランディ様は、その膝を折ってはなりませぬ。まだ、見えぬ先の未来に待つ後続の為にもご尽力を——」



「それが無理だと言っているのですっ! そんな事、どうだってっ!」



「……」



「努力したんです。したんですよっ! 苦しんで頑張って苦しんで頑張って。それでもその先に正しい事があると盲目に信じて……でも駄目だったっ! もう、アンジュさんは居ないっ! それが……それがどうしても悲しくて堪らない」



 ランディは、怒鳴った。自分が必要とされている事も彼女の言う使命も話の趣旨が変わっている。ならば、理解して貰うまで吐き出すしかない。無念も後悔も怒りも悲しみも全て。


 贖罪と大口を叩いても結局は、逃げの口実でしかない。受け止められない現実からの逃避。それがこの問題の本質である。



「本当なら……また再会して笑い合える筈だったのに。町で過ごしたあのひと月を懐かしんで思い出話をしたり。離れていた間に経験した事を語り合えた筈なのに。もう、一生出来ませんっ! そんな幸福に満ちた日は、訪れないっ!」



 願っても無駄だった。思い描いた輝かしい未来は一生、やって来ない。それなのに未来を担えと言われても展望など見出せる筈も無かった。



「だから涙が……涙が止まらないんだっ!」



 己の取るべき責任も全うした。この物語の幕引きに散々、無様も晒した。こうして言葉にするのも飽きる程に。まだ、苦しめと言うのか。ランディの目はそう訴えかけていた。



「もう、こんな悲しい想いをしたくない。それでは駄目なのですか? いっそうの事、全てを忘れ、自分すらも無くしてしまいたい。こんな……こんな思いをする為に今まで生きていたと考えたくない。そんな地獄をまだ、俺に歩めと……そう言いたいのですか?」



「心中、深くお察し申し上げます。されど、私共は願います。ランディ様。世界は、貴方様一人を見捨てはしません。必ず、救いは存在します」



 悲痛な叫びに女性は、答える。何も救う事が全てではないと。正しき道を歩む事が絶対条件ではない。気高い理想を貫くから必要とされるのではない。あくまでもそれらは、過程の一つ。今みたく人らしくあろうとするその姿勢が必要とされているのだ。


「ご自身をお許し下さい。私共の使命は、お客様の幸福追求の一翼を担う事です。少なくとも今も貴殿を思って行動を起こしている存在が居る事へ気付いて欲しいのです。それは、私共だけではありません。もっと、尊い存在です」



 表裏一体。人を思うのと同時に思われている事を知るべきだと女性は言う。幸福追求とは、己の欲を満たすだけにあらず。共に手を携えて共通の理想を目指す幸福も確かに存在する。その中の一人であって欲しいと願われているのだ。与えられた権能は、その理想を叶える手助けの一つに過ぎない。全てを背負って大義に囚われ、歩むべき道を見失っている。それは、彼女らの本願ではない。



「勿論、心の傷が癒えるなど戯言は、口が裂けても申し上げません。ですが……何時か、何時の日か乗り越えられる日がきっと訪れるでしょう」



 誰もが言っているのだ。何故、胸から赤い血が流れ落ちるのか。教えて欲しいと。例え、傷つく事になったとしても共に苦痛を分かち合おうと。理解しないのではない。理解しようとしているのだ。この邂逅もそうだ。一人で抱え込めとは誰も言っていない。



「ランディ様は、独りではありませんよ?」



「無責任な事をっ……」



「いいえ、私共の威信に賭けて……真実で御座います」



 何処からその確証が湧いて出て来るのか。ランディには分からない。されど、不思議と信じてしまう自分が居る。きっかけは、与えられた。後は、芽吹くのを待つだけ。女性は、優しく微笑んでランディの頬に手を添える。気が付けば無意識にランディは、その手に縋っていた。冷え切った心に温かさが蘇る。



「此度の御呼び立て。私共が立場を弁えず、差し出がましい行いでした。申し訳御座いません。ランディ様を悪戯に動揺させてしまったばかりか……傷口に塩を塗るなどと……あってはならない失態です。次回からは、この様な事が起きぬよう改善いたします」



 未だ、先行きには暗雲が立ち込めている。けれども道が無い訳ではない。その道を女性は、ランディに指し示してくれた。



「ですが……これだけはご承知おきください。かの青年は、まだ御身のお傍にいらっしゃいます。決して見えずともその残された意志だけは……御身と共に」



「そんなバカな事が——っ!」



「在り得るのですよ」



 ランディの言葉を遮り、女性は力強く言の葉を紡ぐ。その言葉と同時に紅い残滓が女性の背後にぼんやりと現れた。驚きと同時に急激な睡魔がランディを襲う。



「少しだけ。精神安定の為、お薬を処方いたしました。一度、原点に立ち返って視野を広くお持ち下さい。さすれば、今まで見えて来なかったものも見えて来ますよ」



 次第に揺らぐ視界。これでおしまいとばかりに意識が徐々に遠のいて行く。寝椅子に寄り掛かって穏やかな眠りにつこうとするランディの頭を撫でる女性。子ども扱いをされる年頃ではない。混濁する意識の中でランディは、不機嫌になる。



「そんな戯言……俺には、通用しませんよ」



「ならば、最後に答え合わせをいたしましょう。もし、私共と同じ答えに相成った場合……そうですね。罰といたしましてランディ様には、お勉強をして頂きます」



「……」



「またのお目見え。心待ちにしております。その蒼き瞳に栄光があらん事を」



 暗闇の中、耳に響く柔らかな声と共にランディは穏やかな眠りについた。


 これは、世界の何処か。時間が止まった不可思議な世界で起きた誰にも語られる事の無いたった一人を救う為の物語。想像を超えた現実が実現する始まりだ。絶望を越えたその先に何が待つのか。それは誰も知らない。

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