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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第傪章 境界
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第傪章 境界 10P

 ルーから引き継ぐ形でアンジュの身に何が起こったのか説明を始めるヌアール。



「どういった方法で命を繋ぎとめていたのか。この際、正直に言うが……全く分からない。体の至る所で乱雑な癒着が見受けられた……表立った傷だけじゃない。体の中身もぐちゃぐちゃだ。下腹部の臓器はズタズタ。心臓の肥大、おまけに肺にも大きな空洞が見受けられた。あくまでもこれは、俺の推測だが……延命出来ていたのは、あの暴走に何か因果関係があったのだろう。だからランディが正気を取り戻させたその瞬間に結末は、決まっていた。どうにも出来なかったとしか言いようがない」



 どれだけ尽力しようとも無意味だった。敢えていばらの道を選んだとしても辿り着く場所は同じ。避けられぬ定めとはそういうものだ。



「黙っていたのは、お前に説明が出来なかったからだろう。どう説明しても取り合って貰えない可能性もあったし……よしんば、きちんと受け止められたとしたら尚の事、酷い」



「そうじゃないと思います……ランディ自身は、自分が殺したのも同然と思っています。自分がしっかりしていれば避けられた事だと」



「どちらにせよ、同じだ。自分が殺したと言えば、それで話が終わる」



 涙を拭う手を止め、フルールは茶色の瞳を大きく見開く。



「フルール。お前は、あの青年の死をきちんと心から受け止める事が出来なかっただろう。言ってしまえば……自業自得だからな。誰の所為でもない。何時までも解消されない蟠りを心の内に宿し、満足に泣き喚いて別れを告げる事も出来ず、心から笑える日々は、一生来ない。それを避ける為に自ら進んで買って出たんだ」



 ランディの考えを読もうとしても無駄だ。無理に繋ぎ合わせ、自分ですら辿れぬほどにねじ曲がってしまっている。しかしながらその先にある真意だけは、嘘が無い。ヌアールは、ランディの思い描いた理想の結末をヌアールは白日の下に晒す。



「あの青年の死と向き合い、悲しみを越えたその先に未来がある事を信じて。また、次に出会う誰かがお前を笑顔にしてくれればそれで良い。在りし日の思い出を綺麗に飾り、何時の日か懐かしく思えればと……都合の良い悲恋と永久の別れを作り上げたんだ」



「今更……今更そんな事を言われたってっ!」



 それしか責任の取り方が無かった。自分が居ない未来でフルールがまた、歩み出せる事を願い。己は、地獄の道を歩む。己の救いが無くても構わない。フルールが救われるのであれば、ランディの目的は達せられる。



「分かっている。納得出来ないのは。ずっと信じていたものがまやかしだったのだから。だが、敢えて問う。お前は、これから先ずっとこの不毛を続ける心算か?」



「そんなのって……そんなのって無い」



「フルール——」



 知ったから強制的に行動を制限する心算は無い。その代わりにヌアールは選べと言う。



「ノアさん、済みませんでした。僕が説明すべき事だったのに」



「構わん。細かい話は、俺の出番だ。後は、出来るよな?」



「ええ」



 フルールの手を取り、ルーは立ち上がらせるとじっと目を見つめる。



「フルール、本当に誰も悪くないんだ。勿論、君だって。不幸な出来事だった。でも彼奴は、底抜けの馬鹿だからどうにかしたかった。そして、出来なかった今も責任を取り続けている。満足に死を悼む事も出来ず、苦しみの中で足掻く日々を」



 両手でそっとフルールの右手を包み込み、ルーは願う。



「だから……今回も君が手を差し伸べて欲しい。確かにランディの中には、恐ろしいナニカがあるのかもしれない。しかし、それすらもまやかしなんだ。その先に待つ本当の彼奴を見つけだして欲しい。ちっぽけで儚い真の彼奴を」



「あたしには—— あたしにはでっ、できない!」



 フルールの瞳は自信なく、揺らいだまま。言い分も納得出来る。期待を寄せられている事も。己が成すべき事も。されど、引き留め方が分からない。心に響く言葉が見つからない。今更、自分が何を言っても届く気がしない。そもそもその資格があると思えなかった。ルーの両手を振りほどき、スカートを握りしめるフルール。



「無理は、承知の上。難しい願いなのは、分かってるよ。でももう、時間が限られている」



「……どう言う事?」



 雲行きの怪しい予測。フルールに不安が過る。抜かりないランディの計画。其処までやるものなのかとルーは、苦笑いを浮かべる。



「彼奴は—— ランディは、この町を発つ心算だ。この町の柵を絶って既にレザンさんも抱き込んで準備は済ませつつある。僕がそれを耳にした時には、遅かった。猶予は、あって後二日。いや、場合によっては、明日にでも旅立つかもしれない。止められるのは、君だけだ」



 少しでも考える時間を与えてやりたい。だが、与えられた猶予はあまりにも少ない。



「此処で選択を間違えれば、君は大切なものをもう一つ永遠に失う」



 最早、ランディにとって町に繋ぎとめる悔いは一つだけ。



「この通りだ」



 ルーは、深々と頭を下げる。



「全ての矛盾……憤り……悲しみ……怒り。それらを押し殺してでも止めなくちゃならない。そうでなければ、君は、きっと後悔する」



 歯を食い縛りながらルーは言葉を紡ぐ。



「もう一度、彼奴と話して。そして、目を覚まさしてやってくれ」



「……」



 皆が同じだ。ルーとて、フルールに思いが伝わる確証など、最初から無かった。それが今では、きちんと伝える事が出来た。一度、踏み出せればそれで良い。



「彼奴は、今も地獄に居る。誰かに許されるとか、関係ない。己が一番、己を許せないからランディは、其処に居るんだ。この世の全てに絶望した彼奴の行く道にもう一度、明りを灯してやって。君には、それが出来るんだ」



 三人の視線がフルールに注がれる。



「だってこれまで何度もやって来ただろう?」



「……」



 そうだ。何度も同じ事を繰り返して来た。その度に手を離さないと約束し、また手を離してしまった。それでももし、間に合うのなら。今一度、フルールの心に火が灯る。それからルーは、フルールへ己が知る全ての情報を明け渡し、計画を練った。これまで好き放題やらせてやった。そんな無法も今日で終わりを告げる。


 展望を見出した二人を見届けてからこれで一つ目の役割を終えたと悟り、ヌアールはミロワを伴って診察室を後にする。薄暗い廊下を歩く中で先を歩くヌアールへミロワは、気になっていた疑問を問い質したくなった。



「果たして私は、必要だったのかな?」



「まあな。糞の役くらいにはたった」



 配慮の無い言葉に苛立ちを覚え、大きな背中へ遠慮なく、ミロワは拳を突き立てる。



「殴る事は無いだろ」



「おざなりにされるのは、御免だね」



「何だ? 本当に必要とされているとでも思ったか」



「少なくとも呼ばれた時点で私以外に適役は居ないと考えていた」



 己惚れではない。ヌアールと同様に二人と程良い距離感がある者が他に居ない。だから自分に白羽の矢が立った。それだけの事。それは、最初からそれとなく理解していた。



「そうだな。ユンヌを呼んだ所で話が余計にまどろっこしくなっていただろう」



「結果ありきの問答なのだからそれ程変わりなかったと私は思うね」



「同年代と年上では、対応の違いがある。庇って擁護する度量は、アレに無い」



「そうか……」



 全てを受け入れさせる為ではない。己の意思で選択させる為の話し合いだ。年頃の割に落ち着きを持っていてもそれを全う出来る器量が無い。それは、ヌアールの判断で在った。



「でも本当に良いのか?」



「何が?」



 振り向きもせず、惚けるヌアールにミロワは、白衣の裾を引っ張って足を止めさせる。



「二人してまだあの子にまだ話をしていない事があるだろう」



 ミロワの指摘。それは、致命的な欠落だ。



「それを言った所で更なる混乱を呼ぶだけだ。今は、目標を一つに定めておいた方が無難だ」



「そんなに悠長な事が言えるのか? 場合によっては、死んでしまうよ?」



「……煩い。そんな事は、百も承知だ」



 最早、手遅れと言っても過言ではない。残された時間は、本当に短い。



「何としても彼奴の足止めが優先だ。現状は、俺が診ようにも暴れて手が付けられない」



「確かに……」



 今、この瞬間にも何処かで倒れても可笑しくない。けれど、手を出そうにも自分を寄せ付けようともしない。遺漏無く、あの日からランディは徹底してヌアールを避けていた。



「あの時、私の目にはどうしたって死ぬ一歩手前にしか見えなかった。どういった手品を使えば、あんな風に動ける? 明らかに可笑しいだろう」



「彼奴だから—— 彼奴だから出来る芸当だと言えば、納得するか?」



「しない」



「だろうな。でもそうとしか言いようがない」



 肩を竦め、ヌアールは話を続ける。



「お前の見立て通り。何時死んでも可笑しくなかった。それは、今も変わらない。体力の消耗。受けた外傷から派生した症状や病。放って置くにつれて状況を悪化させている訳だ」



「今更、止めた所でどうにもならないんじゃないか?」



 仮に成功したとしても野垂れ死する場所が多少変わるだけ。それだけ状況は深刻だ。



「それをどうにかするのが、俺の仕事だ」



「医者の貴方にも出来る事と出来ない事がある。それが分からないとは言わせない」



「正直に言おう。自信は無い」



 散らかった髪を掻き毟り、珍しく弱音を吐くヌアールへ驚くミロワ。普段のヌアールなら絶対に見せる事が無い弱気な一面。何の展望も予測ですら立てられない。どう転ぶかは、その時の運に委ねるしかない。けれどもヌアールにも思う所がある。



「出来るだけの事はしてやりたいんだ……補佐を頼めるか?」



「その覚悟を問う為にも私を呼んでいたのか? 随分と殊勝な事を」



「煩い」



 鼻で笑うミロワ。からかわれたヌアールは眉間に皺を寄せる。



「まあ……全力は尽くす。だが、結果は期待しないで欲しい」



「その言葉が聞ければ、満足だ」



 それぞれの戦いが火ぶたを切ろうとしていた。


 答え合わせの時は、間近に迫っている。

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