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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第傪章 境界
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第傪章 境界 7P

「間違いも何も無いわ。あるのは、結果と言う事実だけ。あたしは、きちんと受け止めてる」



「その結論は、故意に歪められたものに過ぎない。到達した過程に齟齬がある」



「単なる言い訳だわ。今を覆すだけの何かがある訳じゃない。中身の無い戯言よ」



 売り言葉に買い言葉。ましてや、回りくどく本質の掴みにくい言葉を選んでばかり。まどろっこしさに嫌気が差し、はっきりしないルーの発言へ食って掛かるフルール。静かな怒りを前にして視線を逸らし、ルーは露骨に狼狽えた。



「……確かにそうかもしれない。一度、失ったものがこの場で話をする事で戻って来るなど、あり得ないよ。でもね……君がもし、その結果を得たとしたらそれは、誰かが行動を起こしたから得られたものなんだ。それが望んだものと違ったとしても」



「何が言いたいワケ?」



 言いたい事があるのならはっきりと言え。フルールは、ルーを焚きつける。ルーにも躊躇いがあった。誰も分からない。此処から先に進んで成功する保証は、何処にも無い。その上、ランディの積み上げた成果すらも無碍にしてしまうかもしれない。そんな憶測が脳裏を過り、勝手に足が震え出す。こんな思いをして来たのかと心の中で呟く。やっと、ルーはランディと同じ目線に立つ事が出来た。されど、見えて来たものは、思っていたものと違う。高みにあると勘違いしていたそれは、もっと低く支離滅裂で不安定な世界。


 何時までも足踏みをしている訳にも行かない。恐怖を感じていたのは、ランディも同じ。


 自分が一人ではないと分かれば、恐れも無くなった。



「端的に言えば、ランディが行動を起こさなかったら君は、ランディを憎む事すら出来なかった。全てが無常の中でかき消されたままだったのだよ」



 始めから終わりに至るまで全てが異常事態であった。誰が何をしても同じ。または、もっと事態が深刻になっていたかもしれない。その中であってもぶれることなく、筋を通し続けたが故に己の首を絞める結果となった。不器用な事は、認めよう。もっと賢いやり方があったのかもしれない。更に言うと、傍観者として役割を徹していれば。



 恨まれる事も無かったかもしれない。だが、それを選ばなかったから今がある。



「生憎ね。そんな恩着せがましいものなんてお断りよ。それは、ラ……あの人が望んで勝手にやった事。そもそも頼んでなんかない。それについてあたしがどう捉えようと自由。その判断にあんたが口出す権利なんてない」



「そうだね……本当に馬鹿だよ。最初から君たちの事は、放って置けば良かったのに。態々、貧乏くじを引いた挙句に針の筵でじっと我慢してる」



 本当に馬鹿らしい。馬鹿らしいにも程がある。どれだけ犠牲を払ったとしても救われない。



「でもね、僕はそんな不器用な彼奴が放って置けない。どれだけ背伸びして頑張ったんだろうと想像したら……どれだけ願ってもたった一つの望みに手が届かず……そして彼を失った事をまだ悲しめずにも居るって苦痛を抱えてると思うと……もし、自分が同じ境遇に落ち居たと考えてしまったら怖くて震えが止まらない」



「ならあんたが慰めてやれば良いじゃない? それだけ理解してやってるならあたしがやる事じゃない。もう……あの人とあたしの間には、何もない」



 不意に熱くなって自分でも知らない内に両手でスカートを握りしめるフルール。



「……本当に何も無いの」



 それから一気に気落ちして俯き、寄る辺の無いフルールは蚊の鳴くような声で呟く。


 今のフルールには何を言っても無駄なのだ。それは、最初から百も承知の事。ルーの心がくじけそうになる所で痺れを切らしたヌアールが追い打ちを掛けて来る。



「……だから言っただろ? 無駄だって。ほんと、馬鹿だな、お前は」



「ノアさん、僕はまだ一縷の望みに掛けられるなら試してみたいんです。多分……この結末はランディ自身が望んだ事です。だって目標が達せられなかった今、責任の取り方なんて無いから……せめてこの物語をフルールが後に思い出した時……少なくとも良い思い出だけが残っていればと……最後の足搔きです」



 最早、どうすれば良いかも分からない。どれだけ言葉を重ねようとも平行線を辿るばかりだ。されど、絶やしてはならない。会話すらも無くなってしまったら指を咥えて傍観するしかない。それだけは、避けたい。焦りから思いばかりが先行するルー。



「でも僕は、そんなズル許さない。本当だったら正面きってフルールと向き合うべきでした。ランディは、逃げたんです。だからこんな事になった」



 静かになったフルールの腕を離し、悔しさが滲んだ声で話を続ける。



「誰もが目を背ける悲劇に」



「……そうかよ。もう、好きにしろ」



 少しの間、沈黙が室内を漂う。悪戯に時間を消耗するだけの沈黙をかき消す様にこれまで蚊帳の外であったミロワが重い口を開く。



「話の腰を折るようで申し訳ないけど。私は、事情をあまり知らないから何も言いようがない。人伝いに聞いた全体像しか分からない」



「何だよ? まどろっこしいな。話に入りたかったら素直に言えよ。私も仲間にして下さいってちゃんとな。賢しくなった心算で何か言いたいんだろ? 仕方が無いから聞いてやる」



「うるさいっ! 黙れっ!」



 茶々を入れて来るヌアールを一蹴し、ミロワは咳払いをした。



「聞いてる限りだと、フルールの方がどうしたって正しい筈だよ。ルーのやってる事ってのは、見苦しい悪あがきにしか見えない」



「そうですね……だから敢えてミロワさんにも聞いて欲しかったんです。第三者の意見が欲しくて。僕が感情的になって先走らない様に……何よりもフルールの感情をおいてけぼりにしたくなかった。僕は、納得して貰いたいんです」



「馬鹿みたい……これ以上、蒸し返したって何も出て来ないのに」



 腰掛けていた机から離れ、ミロワはフルールの手を取り、共に寝台へ座ってその背中を優しく摩る。何も判断材料を与えず、説得と称して無理やりに己の独善を押し付け、苦しめるだけ。これでは、フルールでなくても拒絶する。



「僕だって本当は、怒りたいんだ。君に……どうしてこうなるまで自分の中で片づけておかなかったのかと。ランディが首を突っ込みそうな事だって分かってた筈なのに。すんなりと話をつければ、それで良かったんだ。ちっぽけな未練なんてさっさと捨てれば良かったんだ」



「あんたにあたしの何が分かるって言うの? 何も知らない癖して」



「何も分からないさ。だから呆れているんだ。あの出来事が起きるまでの間に君が取った合理性を欠いた行動には、目も当てられない。まして最後は責任の全部をランディに押し付けて自分は、悲劇の主人公気取り。理解に苦しむよ」



 だが、それはルーも同じ。最初から何も聞きたくないと締め出されてしまえば、説明しようにも取り付く島もない。ましてや、ルー自身がランディの守りたかったものは、こんなものなのかと落胆してしまっている。身勝手な言動。子供じみた理想。甘え。どれをとっても犠牲に見合わない。理解に苦しむものばかり見せつけられ、受け入られるものが一つも無い。



「……馬鹿にしてる?」



「ああ、馬鹿にしてるとも。本当にのほほんとして箱入り娘が板についてる」



 すっと立ち上がり、隣で立っていたルーの胸倉を掴み、フルールは静かに唸る。



「あたしは……あたしは、最後まで止めたの。でも、あの人は……あの人は勝手に我を通した。だから……だからアンジュは……アンジュが……」



「そう。それだ。君と彼の間に残されたのは、美談だけ。そもそも元凶は、あの化物にある筈なのに。きちんとこの町を出るまで自我を保って居ればこんな事には、ならなかった」



「あんたっ!」



「がなりたてるなよ。図星かい?」



「っ!」

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