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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第傪章 境界
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第傪章 境界 3P

「潮時だ。俺は、十分に生きた。寧ろ、生き長らえ過ぎた」



 惜しまる最後など、怪物には勿体ない。今は、己を取り巻く環境が正常にしてくれている。されど、心に渦巻く感情はまだ燃え盛り、怒り狂っているのだ。その怒りの矛先は、見境なく誰にでも向けられてしまう。例え、それが目の前に居るシトロンであっても。



「君の思いやりは……忘れない。ありがとっ——」



「もう、止めてっ! わたし、わたしはっ—— こんな話をする為にっ! 来たんじゃないっ! もっと……もっと、明るい話をしたかったのっ! こんな悲しい話をっ! する為にあなたの所へ—— 来たんじゃないっ!」



 自ら上体を起こすランディ。胸元にしがみつき、顔を埋めるシトロンから悲痛な叫びが溢れ出る。覚悟のほどを問いに来たのではない。真意を知ろうとした訳でもない。何を考えているか理解しているから止めに来たのだ。少しでも足掻く為のきっかけになりたいと。



「そうだね……君の感情が痛いほど、伝わる。俺が君を苦しめてしまっている。それは、あってはならない。でもね……少し前に君は、言った。俺が綺麗な話をしなくたって良いと。俺から生み出されるものは、こんなものだよ。生き地獄そのものだ」



「お願いだから……もう、何も言わないで」



「……これで分かっただろう? だから君は、これ以上俺に関わってはならない。此処から先は、不幸のどん底。傷つくだけで済まされない」



「……何も言わないでっ!」



「良かったよ……君を押し止められる機会が与えられて。心残りが一つ。晴れた」



「いやっ!」



 もしかすると、先延ばしにしただけなのかもしれない。これから待ち受けるだろう苦難の道中において微かな緩衝材に過ぎないのだろう。だが、今この町に渦巻く全ての善意と悪意を胸に心中が出来るのならば、本望だ。そんなものをこの町は、必要としない。本来の穏やかさを町が取り戻せる。それだけでランディは十分、満足だ。



「なら……一つだけ。お願いしても良いかな? そしたら……もう君を傷つける話はしないと約束しよう……神に誓っても」



「何でも—— 何でも良い。私に出来る事なら……何だってする」



「そうか。なら……約束」



 鼻水を啜って目元を真っ赤にしながら泣きじゃくり、ランディの顔を見上げるシトロンの額にランディはそっと己の額を当てて目を瞑り、願う。



「君は、君だけの幸せを見つけて。俺には出来そうにない。君の願った事を叶えられない。でも他にもっと素敵な誰か、君の前に現れる。だからさ……だから俺の事は忘れてくれ」



「っ!」



 ランディが目を開けると、生気を失ったシトロンの瞳が見えた。灰色の瞳は、何も映していない。目を掛けて貰ったにも関わらず、文字通り恩を仇で返す形になってしまった。そもそもフルールと同様にシトロンとの関係も歪なものである。その関係性を清算する時が来た。シトロンもそうだが、ランディも状況に踊らされているだけだ。一度、冷静になって本心を見極めるべきだ。そうすれば、恐らくランディの事もちっぽけに見えて来るに違いない。



「……しんじらんない。さいていよ。さいてーだわ」



「それは、俺が一番分かってるよ」



「あなたの事……一生恨むから。ほんとに—— 一生よ?」



「それで君が誰よりも幸せになれるなら……喜んで受け入れる」



 走り去るシトロンの姿を最後まで見届けるランディ。それから残された籠と食事を見て大きく肩を落とす。後、何回この様な後悔を味わなければならないのだろうか。



「あーああ……もう、うんざりだ」



 されど、心残りは一つ解消された。雁字搦めになった楔を根元から一つ一つ解いて行き、全てが無くなった所でやっとランディは解放される。もし、この結末が分かっていれば、事前にもっと上手く立ち回れたのかもしれない。そんな泣き言も今となっては後の祭り。



「でも、これが正しいんだ。これ以上、巻き込んじゃあ……いけない」



 自分に出来る事と言えば、後は祈る事しかない。少しでも長く幸福であり続けて欲しいと。



「やっと—— 一つ。正しい事が出来た」



 それは、本当に正しいのだろうか。自問自答が尽きる事は無かった。



 それからランディは、ゆっくりと午後まで自室で過ごし、着替えるととある場所へと向かった。それは、贖罪に相応しい告白の場。旅立つ前に己と己の罪と向き合うならば、其処しかない。神聖な場所だ。午前中は、身体を休められたので思った以上に体が軽くなった。


 若しくは、肩の荷が少しだけ下りたからかもしれない。


 咲き誇る花壇の花々や苔や枯れた蔦が綺麗に取り除かれた壁面。綺麗に磨かれた窓硝子。古めかしくあるも以前とは見違えた威厳に満ちた礼拝堂の外観を見れば、感慨深いものがある。暫くその光景を目に焼き付けた所で扉を開け、穏やかな気持ちで礼拝堂内に入って行くランディ。平日の午後ともなれば、人が全てで払ってしまっている為、静かだった。


 靴音が響き渡る中、薄暗い礼拝堂の中を突き進むランディ。最前列まで来ると長椅子に腰掛けて一息。それから両手を胸元で組んで祈りを捧げる。特にこの場で考える事も無い。俗世から切り離されたこの場で雑念を振り払い、静かに目を瞑るだけだ。



「何だかんだで……此処が一番、落ち着くなあ」



 天井近くに掲げられた大きな十字架を前にランディは、独り呟く。本音を言えば、もう誰とも会話をしたくなかった。話せば話す程に互いを傷つけ合うだけの無意味な作業。幾ら禊とは言え、身を切る様な痛みがある事には変わりない。しかもその先に待つ終焉が無だと分かっていれば猶更、無責任に投げ出しても同じではないかと諦めが脳裏に過る。



「雑念が取り払われる—— まるで心が洗われるようだ」



 されど、この礼拝堂へ赴く事が出来るのは、全ての責任を全うしたからだ。後ろめたい思いが積み重なれば、積み重なる程に敷居が高くなる。己と向き合う事だって何も怖くない。



「そうでしょう。礼拝堂とは、そういうものなのです。目にも見えず、言葉では言い尽くしがたい人の奥底へ訴えかけるものが確かに存在しているのです」



「はい。おっしゃる通りです。エグリースさん」



 独り言の心算だったが聞いている者が居た。余力が出来たとは言え、人の気配を察知が疎かになっている。目を瞑っている間にエグリースが隣まで来ている事すら気が付かなかった。ランディが見上げると其処には司祭服を纏い、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるエグリースの姿があった。いつも通りなのだが、何処か普段と違いがある。いつもの頼りない中年の様相は何処へ行き、威厳と品格に満ちた聖職者としての風貌があった。



「でも、今回ばかりは訳が違います。ランディ君。君が居るべき場所は、此処ではありません。今直ぐにでもヌアール君の下へ向かうのです」



「それは……命令ですか? それとも神の導きですか?」



「いいえ。ワタクシからの切なる願いです」



 ランディの肩へ手を置きながらエグリースは首を横に振る。



「このままでは、確実に君が亡き者となる。それは、絶対にあってはなりません」



「それが自然の定めならば? そうあるべきと定まっていたのなら……どうでしょう?」



「そんな歪んだ定めがあってたまるものですか。君が思い詰めているだけです。そんな定めが本当にあるのならば、ワタクシが否定します。それがもし、神の決めた事だとしても……君の代わりにワタクシが抗います」



「そう言って貰えると……嬉しいですね」



「ええ、君のこれまでの行いは、尊いものでした。詳しい事情を存じませんが……この前の出来事もそうでしょう。ワタクシは、そうであると信じています」

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