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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第貳章 満たされる心
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第貳章 満たされる心 6P

「もう、限界なのだろう?」



「はい……最早、この場に立っているだけでも辛いのです。壊れてしまった方が楽なくらい」



「いや、お前はもう壊れている。突き詰めたが故に。その微笑みが何よりの証拠だ」



「ははっ」



 嬉しくて仕方が無かった。レザンの事をもっと信頼していれば、これまでの苦難に満ちた道を辿る必要が無かったのかもしれない。そんな考えがランディの中で不意に浮かぶも直ぐに消え去る。いや、この苦しみがあったからこそ真の理解を勝ち得たのだ。決して無駄な事は一つも無い。胸いっぱい、空気を吸い込んだ後、ランディは本音を零す。



「世界の間違いを俺の間違いで塗りつぶそうなんて無理がありました。目の前で起きる間違いですら結末は、変えられませんでした。所詮、人ですからね。疲れてしまったんです。間違える事に。罪を重ねる事に。笑って欲しいと願った人達の幸福がこの手から零れ落ちるのをまざまざと見せつけられるのも」



 心で塞き止めていた言葉が自然と口をついて出て来る。どれだけ己が高慢であったか。そして、己が持つ正義を執行した結果、新たな間違いが生まれた。どれだけ気丈に振舞っても所詮、ヒトの枠組みから抜け出せない自分には、受け止め切れない重責であったのだ。



「そう……絶望です。ほんとに真っ暗闇で進む先も見えやしない」



「ああ……お前の気持ちは痛いほど分かる。言葉にするのも辛かろうに」



「そうなんですよ。何もかもが嫌になって投げ出したい……考える事も止めたい。だけど、気が付けば考えている。自分で自分を縛り付けている」



「だが、それらは全てお前だけのモノだ。誰にも奪う権利などない。奪って良いモノではない。何よりも誰かの指図を受けるなんて以ての外。お前が足掻きに足掻いて導き出した結果だ。それを間違っているなどと否定するのは、おこがましい」



「そうです。だから俺は、喜んで受け入れているのです」



「うむ……」



 貪欲であり続ける。それがどんな形であろうとも己の願った事であれば。それが罪であったとしても。それでも己のモノにしたい。清濁併せ持つ己こそが自分であると信じている。


 だから否定は、冒涜に当たる。ランディの全てを否定してしまう。



「例え、それがお前に生きて欲しいと願ったが故の言葉であっても……それは冒涜だ」



 生きる事を諦めた今。少なくとも矜持だけは胸に抱いて逝きたい。自分だけは、自分を裏切りたくない。最後の時まで胸を張って愚直に自分らしさを貫きたい。ランディの想いは、それだけ。他は、何も望まない。



「もう、後戻りは出来ない」



「ええ、承知の上です。本当なら地獄の底まで付き合う覚悟でいました。そう考えて臨んだ戦いを経て……気が付けば取り残されて……同士を失いました。それにフルールの気持ちも踏み躙りました。もう、償っても償いきれません」



「誰にも引き留めさせん。例え、それが誰であっても。お前は、お前の進むべき道を行け。私に出来る事があれば何でも言え。全力で助力しよう。私が露払いを受け持つ。殿もな」



「助かります」



 勿論、死への恐怖が無い訳ではない。これまで覚悟がどうのとのたまって来た訳だが、その恐怖があるから生き残れた。だが、今の置かれている状況も地獄である以上、死後の世界との境界が曖昧になっている。何方に転ぼうとも同じ。されど、背負っている責任を投げ出せるのならば、この命も惜しくはない。



「改めて問おう……その先に救いはあるのだな?」



「そんなもの……ありませんよ。死の先で待ち受けるのは、誰もが等しく無です。最早、自分の存在は、世界の中に溶け込んで自分と言う個を認識する事も二度とありません。さすれば、幸福も不幸も関係ない。些末な事で一喜一憂する事もないでしょう。あるがまま。それを受け入れるのみ。もし、それを救いと呼ぶのならば」



 何と呼ぼうとも構わない。だが、先に待つ者が居る。人の物差しで測る地獄など生温い。


 口から火を吐くしか能が無い珍獣に追い回されたり、気が遠くなる程の時間を掛け、誰かが懇切丁寧に手入れした何千、何万本もある剣山を申し訳なく登り、態々溶けるまで熱せられた鉄を体に流し込まれたり。または、どれだけ膨大な動力が掛かるか分からない永久凍土でその設備費の捻出に悩まされながら日々数え切れない程の人数を拷問しなければならない過労死寸前にまで追い込まれる獄卒達の事を考えると目も当てられない。その他の懲罰も考えれば、考える程に現実離れしたぼくのかんがえたさいきょうのじごく。思わず鼻で笑ってしまう程、馬鹿らしくて仕方が無い。



「それは人によりけり……だな。だが、少なくともお前がこれ以上、不幸にならなければ」



 ランディが辿り着いた答えは、無。そんな盛大に時間と労力を掛けた世界など、あり得ない。誰からも忘れ去られ、世界に自分が居た証も消え、全てが無駄だったと否定され、世界の一部に還元される。時に空気や木材として誰かが体を温める為の燃料として存在し、誰かの食物として生きる糧となる。もしくは、鋼の剣として鍛え上げられ、新たに命を奪う凶器として存在するかもしれない。例え、己が大切にしていたものが消滅の危機に追いやられても傍観する事しか出来ない。または、それすらも知る事が出来ない。世界の大いなる意思にひれ伏すだけの世界だ。



「誰から傷つけられる事も……傷つける事も無い。お前が涙を流し、苦悶の表情を浮かべるような出来事がなければ、それで良い」



「はい。多少、やり残した事はあるかもしれません。ですが、後ろ髪を引かれる事は無いでしょう。例え、俺が抜けたとしても……俺がやり残した事は、誰かが必ず成し遂げてくれます。世界は、そう出来ています。少なくとも俺は、信じてます」



 だが、全てを忘れたいランディにとっては丁度良かった。例え、共に同じ道を歩めずとも。互いに互いの存在を知覚出来なかったとしても。同じ視点で同じ思いを共有出来る。それこそが新たなる冒険の始まり。個としての存在を確立する為、世界から隔絶せざるを得なかった今よりも世界の一部となる事でこれまで知り得なかった心理に辿り着ける。



「こんな事言ったら無責任と……言われても仕方がないですね」



「いや、その認識で間違いない。それこそ、お前と同じ年頃の者はごまんといる。空いた空席は、また誰かが勝手に座るだろう。それは、私も同じこと。そうでなければ、人の世は、とっくの昔に破滅しているに違いない。唯一無二の存在などあり得ないのだ」



 誰だって構わない。己が願わずとも誰かが必ず、支えてくれる。世界は、そう出来ている。だから心配は無かった。例え、己が道半ばで倒れたとしても誰かが後を継いでくれる。全くもって自分勝手な話だが、己が欠けた事で成立しない事がもしあるのならば、日々数え切れない程の命が散るこの世界は成立しない。



「あの子にも沢山の目が向けられている。時間があれば、必ず誰かが傍に居る。お前は、何も心配する必要が無い。お前が全てを成し遂げたお陰で手厚い守りがあの子には、与えられている。この出来事も何れ、時間が解決してくれる。だから安心しなさい」



「それが聞けてほっとしました。一番の気がかりだったので」



 誰かからお前は、完璧に成し遂げたと褒められる事がこんなにも心地良いとは思ってもみなかった。二本目の煙草を貰い、火をつけて一服。すると先程と同様に咳込んでしまい、咄嗟に口元へ手をあてがう。呼吸を乱し、肩で息をするランディへレザンは素早く歩み寄り、身体を支えてやった。やっと呼吸が落ち着いた所で手を眺めてみれば、またもや赤黒い血が付着している。その手を見てレザンは顔を曇らせた。



「大丈夫だ。お前は……その瞳を閉じるだけで良い。もう、見たくないものなど、見なくて良い。その瞳に焼き付けた美しい景色だけを胸に抱き、ゆっくりと眠りにつけば、それで」



 残された時間はあまりにも少ない。してやれる事も最早無い。出来る事と言えば、優しい嘘で行く末を飾ってやる事しか出来ない。この町に居る者は、誰一人認めようとしない。誰もやりたがらない。だからレザンがその役を買って出る。誰もがやりたがらない勤めを担うのが己の使命。ランディと契約した時から決まっていた。逆に言えば、この役名を誰にも譲ってやらない。そして、誰にも邪魔はさせない。例え、皆が納得しない結末であっても必ず受け入れさせる。それは、レザンにしか出来ない。



「それは……とても魅力的だ。この上なく……素晴らしい。最後くらい、ちょっとした贅沢許されますかね? こんな俺なんかでも」



「ああ……許されるとも。私が許す」



 悔しさでランディの肩を支えていた両手に自然と力が籠る。そんなもの贅沢でも何でもない。もっと、我儘を言えば良い。最後に美味いものを腹がはち切れるまで食べたい。きちんと疲れが癒えるまで眠りこけたい。酒に溺れ、他にも下劣な欲望に身を委ねたいなどと考えれば、何でも思いつく筈だ。だが、ランディにはそれすらも思考が追い付かない。若しくは、身体がもたないのだろう。悔しさを押し殺し、ランディの望みを尊重してやるレザン。



「……そうか、許されるってこんなにも心が落ち着くものなのですね」



「っ!」



 この不条理に心を呑まれ、少しずつどす黒い感情がレザンに宿る。この憤り、恨み、憎しみを何処に向ければ良いのだろうか。レザンには皆目、見当もつかない。もし、それら全てを解き放ってしまえば、ランディのやって来た事が無駄になってしまうからだ。これだけボロボロになっても成し遂げたかった事を壊してはならない。まるで呪いの様だ。一方、全てから解き放立てつつあるランディには、一点の曇りもない。自分が旅立った後の事は、どうにも出来ない。誰にも吐き出せなかった思いと願いをレザンに託す事が出来た。まだ、やるべき事が残っているのだが、それは自分の力で達成出来る。



「お前の最後がせめて……せめて安らかな終わりである事を」



 今、この瞬間にも解き放ってやりたい。だが、それはランディが望まない。レザンに手を汚させる事を許さない。だからレザンは、祈る。ランディが最後に辿り着いたその場所が幸福に満たされる事を。



「祈って下さい」


 静かにレザンから離れてゆらゆらと三歩進み、振り返るとランディは大きく頭を下げた。


 最も信頼を寄せられた。


 己の居場所を作ってくれた。


 心を豊かにしてくれ、学ばせてくれた。


 気高き恩人へ最大の敬意を。


 それがレザンに対して出来るランディの精一杯だった。


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