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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第貳章 満たされる心
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第貳章 満たされる心 3P

「そんな事、あって良い筈が無いっ! 誰も君にそんな地獄へ身を置く事など、望んでいない。自分の姿が見えているのか? どれだけボロボロか自覚していないな? 食事も取れず、痩せこけ……睡眠も満足に取れていないだろう? 目元の隈も酷い」



 指摘は、ランディの体調にまで及んだ。好い加減、言葉遊びで誤魔化すにも限界がある。ランディと同様にブランもまた、引く心算は一切ない。何方かが折れるまで続く。



「ましてや、体にあれだけの深手を負って一度は、命を落としかけていたにも関わらず、動けている。あの二人にも君の事情を話したね? ノアとルー君から聞いたよ。君は、『力』使って怪我を完治させたと言っていた」



 荒々しく、煙草の火を灰皿でもみ消すブラン。黙ってブランの言葉に耳を傾けるランディ。全てを吐き出すまで止まらない。遮れば、追及が二倍になって返って来るだろう。加えて感情的になりつつも今、ブランはランディから言質を取ろうとしている。下手な事を口走れば、足元を掬われてしまうに違いない。



「だが、それは可笑しい。どれだけ優れた力を持っていても限界がある。失われたものが魔法の様に補われる事はあり得ない。それは、世界の理からあまりにも逸脱している。君は、人だ。少なくともその理に囚われている。それを可能にしていると僕らに誤認させているだけだ。代償は、まだ君の体にしっかりと刻まれ、それは刻一刻と君の生命を蝕んでいる」



「……それら憶測は、どれもブランさんの想像の域を越えない妄想に過ぎません」



「自分の今を君は、見えているかい? 風前の灯みたく儚く揺らぐその姿が。もう、止めるんだ。このままじゃあ、誰も救われない。良いんだ。怒りたければ、怒れば良い。叫びたいのなら……泣きたいのなら。自分の心へ正直に……それで誰かが傷つこうとも構わない。今の君以上に傷つく奴なんて居やしない」



 今更、何を言っても無駄だ。己の不甲斐なさを改めて思い知らされるだけ。これ以上、自分自身をがっかりさせたくない。羊の百年より獅子の一日を望む。不幸に対して己を哀れに思い、仕方が無い事だと屈服するよりも最後の一瞬まで掲げた意思に殉じていたいのだ。



「……」



「君が誰よりも強い事……僕は、理解している。それは『力』から由来するもんじゃない。君自身の強さだ。だが、その強さにも限界がある。それは誰よりも一歩先に行かなければならぬと言う焦燥感に塗れ、終わりが無い道のりを走り続ける過酷さの裏打ちがあってこそ」



 こんな話も飽き飽きだ。話し相手がブランに置き換わっただけで何も進展が無い。何故ならもう、ランディが先へ進む気が無いからだ。どうしてそれが分かって貰えないのか。


 理解に苦しむ。



「そんな事を続けていれば、結果は明白だ。何時か、潰れてしまう」



「潰れてしまう程度なら俺は、俺自身を見限ります」



「僕が許すとでも? 分からないかい? 僕は、本気で怒っている」



 皆がそう言う。それがどうしたと言うのだ。ランディ自身もふざけている訳ではない。本気なのだ。綺麗事だけでは、片づけられない。だから痛みを伴ってでも展望が見出すと決めた。その過程で己の手を汚す事も厭わない。もし本気で止める心算ならば。自分と同等。いや、それ以上に罪を背負う覚悟を問う。



「どちらにせよ、ブランさん。貴方に俺は止められません」



「舐めるなよ? 最悪の場合。実力行使で僕は、自分の望みを叶える。立場上、君が思っている以上に僕は、手を汚している。そうでなれば、こんな役名を続けていられない」



 ああ言えば、こう言う。互いに子供の天邪鬼を延々と繰り返す。そろそろ、ブランの溜飲を下げる言質を差し出すべきか。前髪を弄りながらランディは、熟考する。だが、ブランもランディの思考が読めていた。それ故に思いも寄らぬ一計を投じる。



「もし……君がこれ以上自分を蔑ろにするのならその根底から僕は、断ち切るよ。どんな犠牲を払ってでも。そう……簡単な話だ。君が憂いているあの子を抹消してしまえば」



「——」



 目を大きく見開くランディ。その瞳は蒼に染まっていた。目の前の巨悪に対してランディは、殺気を向ける。夏場の茹だる様な熱気は一気に消し飛び、凍えるような寒気が取って代わり、室内を満たす。口の端を吊り上げ、歪んだ笑みを浮かべながら底が見えない濁った瞳でランディを見つめ返すブラン。



「大事の前の小事だ。そもそもフルールが悪かった。あんな青年に現を抜かす事が無ければ……未熟で愚かな子だよ、本当に。頭の中がお花畑にも程がある。加えて君の手を借りなければ、自分の感情へ素直になる事すらも出来ない。不幸な自分に酔って君を際限なく傷つけている。何より、それが僕は許せない。君が態々、付き合ってやる必要が無い事だ。どれだけ背格好が変わっても……大人びた事を言うようになっても所詮は、童に過ぎない。だが、躾で終わらせる範疇は超えてしまっている。これは、断罪と言っても過言じゃない」



 停滞し、淀んでいた空気も一掃され、絶え間なくランディをひんやりとした風がランディを中心に渦巻く。落ち着き払った顔をしても体の震えだけは、隠せなかった。震える右手でブランが二本目の煙草に火をつける。ランディが煙草を睨み付けると、赤々と燃えていた火種がすっと鎮火してしまう。火種の消えた煙草へ視線を移し、じっと見つめる。


 偶然の産物ではない。意図的な介在があった。



「やっと、本気になったか。そうでなくては、困る。目の前に居る者が何か理解したかい?」



「……今、俺の考えている事が分かりますか?」



「差し詰め、どう殺そうかとかそんな所だろう? 重々、承知しているとも」



 油断していた訳ではない。一瞬だ。ブランが瞬きをした後。既にランディは、足音一つさせず近づいて背後から首元へ蒼光の刃を突き付けていた。



「……流石だ。お見事。他に言葉が見つからない……詰まらない命乞いすらもね」



 振り向くことなく、ブランはランディの離れ業を褒め称える。冷徹な瞳は、揺るがない。この場で躊躇い一つなく、ブランの命を奪える。ブランの一計は、決して許されるモノではない。人道に反する所業だ。心の内に秘めた独善が囁く。今、討ち取らねばと。



「だが、君にこの僕が殺せるかい? 僕を殺せば、ルジュとベルが路頭に迷う」



 ブランの首元から鮮血が筋を引いて流れ落ちる。覚悟の表れではない。寧ろ、覚悟が揺らいだから手元が狂った。悲劇の連鎖が止まらない。これでは、悲しむ者が増えてしまう。


 解決には至らない。



「そんな未来、君は嫌だろう?」



 これは、脅しだ。己の命を賭けの対価として差し出して来た。正しさも間違いも無い。ブランは敢えてランディを引っ張り出したのだ。己の意思を突き通す純然たる闘争に。存在するのは、勝敗のみ。



「誰もが心に悪意を宿している。大きさの違いはあっても例外など無い。何よりも厄介なのがそれを本人は、正義と信じて止まない事だ。中身は、ちっぽけな独善に過ぎないのにね。そうさ。この世に演劇や御伽話に出て来る様な完全無欠の悪役なんて存在しないんだ」



 善悪の彼岸。簡単に言葉で表せるようで表せられない。共通の観念は、あれども人の数だけ数多と存在する。今、ブランとランディが対立しているのもそれが原因だ。



「君は、それを知っている。だから人を大切にする。憎む理由を無くそうとする。もしくは、敵対を避ける為に相手を懐柔しようと模索する事も。しかし僕にはどれも一切、通用しない」


 考えが甘かったと認めざるを得ない。

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