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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第貳章 満たされる心
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第貳章 満たされる心 2P



 最後の配達先は、嫌がらせだった。指定された場所が役場であった事から薄々、嫌な予感はしていた。訪れてみれば、執務室へ向かえと指示を受ける。ランディは、執務室の前で肩を落とす。今、一番顔を合わせたくない人物からの依頼。当日の事情聴取から何かと都合をつけては、接触を図ろうして来た。それら全てをのらりくらりと躱していた結果、ブランは客として配達の依頼を掛ける最終手段を講じて来た訳だ。



「どうぞ」



「失礼します」



 木製の重厚な扉をノックすると、直ぐに聞き慣れた声が返って来る。薄暗い廊下とは違い、窓辺の薄い日除けを通し、日の光が差し込む部屋でブランが待ち構えていた。ランディと同じくシャツの袖を捲り、ベストと背広は、服掛けに吊るされている。肩掛けの鞄から配達の品物を取り出しつつ、ブランの下へ向かうランディ。



「……」



「ふむ—— やっと捕まった。君が本気で画策すると本当に厄介だからなあ」



「俺は何も……」



 穏やかに微笑むブランに対してランディは、固い表情を崩さない。頑ななランディの気を揉んでブランは、長椅子に座るよう手で指し示す。暫くは、帰す心算が無いらしい。ランディは、ブランの腹の内を読みつつも鞄を長椅子に置きながら素直に従う。ランディが座った所まで見届けてからブランは、飲み物の準備を始める。



「謙遜するなよ。この一週間。僕は君の動向には逐次、気を配っていた。けれど、何も出てきやしない。誰の目からも君の姿は、霞んで見える。物腰は、変らない。だが、どことなく近寄りがたい雰囲気を醸し出し、少しだけ事情を齧っている皆は、その先に踏み込む事が無い。目の前に居た筈なのに気が付けば、まるで其処に居た事さえ錯覚に思えてしまう程、呆気なく姿を晦ましている。息を殺し、町の雑踏に紛れて己の存在を希薄にしてしまう」



 普段なら仕事の片手間で話をする流れだが今日は違った。ブランは、カップを二つ持ち、一つをランディの前へもう一つは、手に持ったまま、低い机を挟んで対になった長椅子に腰掛ける。カップを口元へ運び、中身の珈琲を一口。間髪入れずにパンツのポケットから紙巻の煙草を取り出して火をつけた。それから煙草の箱をランディの方へ投げて寄越す。


 一から十まで可笑しい。ブランは、パイプを愛用しているのだ。煙草も態々、使いを寄越して買わせたのだろう。机の上に置かれた灰皿へ灰を落とし、ブランは肩を竦める。



「純粋な君の特技ならたいしたものだ」



「日常を謳歌しているだけです。これまでと同じ。そしてこれからも」



「なら何故、僕の声掛けに答えてくれなかった? 今までの君ならそんな事は、全く無かったよ。今の君は、全く正常に機能していない。僕には、どうしてもそう見えてしまう」



「……」



 勿論、ブランの行動にだけ異変があるのではない。己もそうだ。だが、それには全て意味がある。対してブランのそれに意味は無い。これは、交渉だ。恐らく、ランディの考えを改めさせる為にこの場を設けたのだ。しかし、ランディにはその心算は毛頭ない。



「さあ、話しておくれ。今更、君と僕の間で気兼ねする事は無い。君が全てを教えてくれたからね。それに僕は、何があったか知っている。また、此度の出来事で誰がどう言う状況に立たされているかも。そして。恐らく……君の考えている事も」



「何も変わっていません。ええ、何も。町は、平常で穏やかな時が流れています」



「それがマズいと言っているんだ。ナニカあって然るべき筈なのに何もない。本来、存在すべき歪みが町の何処にも見られない。でも確かに存在している。それが表に現れないのは隠され、誰かの中で集約されているからだ」



 煙草と珈琲へ手を付けず、ランディは一貫して己の意思を包み隠す。話す気はない。ランディの違和感とブランの違和感では温度差から起点まで別種のものだ。この場で詳らかにしても理解は得られない。また、理解も出来ない。そう思い込んでいた。



「今からでも遅くはない。きちんと声を上げて皆へ知って貰うべきだ。君の瞳には、今がどう見える? 失われた事自体が無きものとされ、誰も追悼しないこの町を。悲しまなければならない者が満足に悲しめもせず、放って置かれ、少しずつ削れて行く様を傍観するしかしない。僕も含めた愚かで冷淡なこの町を」



「っ!」



「僕は、そんな事を許さない」



 想定していた言葉とは違った。安い同情心から来るものではない。まるで本心を見抜かれたのではないかと錯覚してしまう程、的確に貫かれた。しかし、今のランディにはブランの思慮深さが神経を逆撫でる。決して己が定義する己は、そんなものではない。哀れに思われる事をよしとしない。思い違いだ。矢張り、本質には届かない。ブランは、ランディを通してしかアンジュの事を見ていない。此度の出来事を簡潔に纏めてしまっている。



「—— うるさい」



 小さな声で呟くランディ。



「済まない。聞こえなかった。もう一度、言っておくれ」



「喚き散らさないで下さい。頭に響く」



「——」



 窓から流れ込む風が日除けを撫でる音しかしない。静まり返る室内。行き場の無い怒りが込み上げて仕方が無い。本来ならば、ブランにも向けるべきではない。だが、中途半端に土足で踏み込んで来たが故に腹が立つ。いやしくも町の長を称するのならば、大局を見据えるべきだ。これまでだってそうして来た筈でこれからもそうあるべきだ。こんな些細な事に時間を使う暇があれば、別な事に費やして欲しい。ランディは、そう考える。



「先ほどから知った様な口振りで何を言うかと思えば……これは、俺が望んだ事。貴方には関係ない事だ。指図される覚えはない。誰もが穏やかに日々の生活を享受し、悲しむ事が無い。今のこの町は、とても理想的で誰もがそうあって欲しいと願う姿。それは、俺が望むものでもあります。そして、ブランさんは悲しむべき者が悲しめていないとも言いましたが、それは違う。悲しむべきあの子は、きちんと悲しめています」



 全てを承知で請け負った。其処に後悔は一つも無い。例え、自分が道半ばで脱落しようとも振り返って欲しくない。前をきちんと見据え、皆が迷わぬように道標とあるべきだ。



「ブランさん。貴方は、何も分かって無い。本質をきちんと見極めて下さい。町は、正常に機能している。大丈夫です。問題はありません」



「——」



 無暗に不安を煽るくらいなら寧ろ、無かった事にしてしまえば良い。ランディだけが例外ではない。この町の創設から現在に至るまで幾つもの出来事が闇に葬られている事だろう。


 それらと何ら変わりがない。そうでなければ、自分の尽力も無かった事にされてしまう。



「ならば、問おう。その中に君は居るのか? 存在しているのか?」



「存在しています」



 礎として。言外に敢えて言葉は選んだ。せめて何か成し遂げた実績が欲しい。そうすれば、理由になる。全てを諦めても良い純然たる理由が。欲しかったのだ。



「戯言も大概にしたまえ……大人ぶったツラをして。だから僕は、言っただろうっ! この件から深手を負う前に手を引くべきだと。今、君はっ! 絶望の前で膝をつき、罪を背負わなければ生きて行けぬ程に追い詰められているっ!」



 初めてだ。ブランが感情を露にする事など。拳を握りしめ、ランディを睨み付けるブラン。当然だ。ブランの想定した最悪の事態が目の前で進行している。それを回避すべく助言を与えていたにも関わらず、目の前のランディは淀んだ瞳でブランを見つめ続けている。何故、そうなる前に頼って来なかったのか。逃げ出しても良かった。一人で全てを抱え込んだ事が許せないのだ。これは、ブランなりに後始末をつける為の呼び出しだった。

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