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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第壹章 託された望み
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第壹章 託された望み 8P

「どうする心算だ? 自暴自棄になるのも大概にしてくれ。今は、自分の事だけを考えろ。さっきまで死に掛けてたんだぞ。ノアさんが居なかったらどうなってたか」



「こんなもの……何とでもなる。癒える傷に同情は要らない」



「っ!」



 そう言うと、ランディは瞳に蒼を宿す。何処からともなく湧き出した蒼い粒子は、ランディの体へ刻まれた傷口に集う。小さな痂皮から瞬時に溶けてその下から傷一つない綺麗な皮膚が顔を出す。そのまま、ランディは体中に巻かれた包帯を解いてしまう。包帯の下から出て来たのは、同じく傷一つない綺麗な地肌。思わず、己の目を疑ってしまう程の理を超えた現象を見せつけられたルーは言葉を失い、呆然とする。傷の治療を済ませたランディは瞳の色を茶色に戻してから辺りを見渡し、部屋に備え付けてあった小さな机に誰かが届けてくれたであろう綺麗な替えの服が置いてあるのを見つけた。立ち上がり、机の下へ歩み寄ると難なく服を手にして袖を着替え始める。



「フルールは?」



「……」



「答えろ、何処にいる?」



「別室で眠ってる。まだ何も知らずに」



 脱力し、椅子に座り込んでいたルーの下へ歩み寄るとランディは尋問する。最早、これまでこの町で共に過ごした穏やかな青年はいない。虚ろな目は何も語ろうとしない。



「そうか……なら、後は俺に」



「無理だ。これまでとは話が違う。知れば……あの子は」



「今更、臆するとでも? 全てを覆して正常を取り戻してみせる」



「矢張り駄目だ……今の君には、会わせられない」



「悪いようにはしない。きちんと落とし前はつける」



「まだ、そんな事をっ!」



 ルーのポケットから頭を覗かせていた煙草を抜き取るとランディは火をつけて深く吸い込んで紫煙を吐き出す。何もかもが失われた今、恐れる事は何もない。立場など、悠長に考えられる立場ではない。己がどうなってしまっても構わない。寧ろ、恐れの所為で二の足を踏み、肝心な所で前へ歩み出せなくなる。



「大丈夫、大丈夫だ。失われたのならせめて二人の思い出を綺麗なものにするしかない」



「やめろ、それは違うっ! それでは、君が救われないっ! 君は、十分に苦しんだ。頑張った。その結果がこれでは……あんまりだ。君は、救われるべきだ。そうでなければ」



「救いなんて求めてない。救われるなんて思っても無い。救われるのは、救われる準備をしている人だけだ。共に歩もうと言ったんだ。アンジュさんに。もう、後戻りなんて出来ない」



「……狂ってる」



「狂っているのは、俺じゃない。可笑しいのは—— この……世界だっ!」



「くっ!」



 選んだのは、自分だ。それを今更、誰かの所為にする心算はない。だが、それを選ばせるだけのナニカがあった。当然の帰結だ。最後に大声を出したからか、眩暈がランディを襲う。同時に気が緩んで痛みもぶり返す。煙草を落としながらゆらゆらと扉の方へ向かい、途中で壁に右手を付け、左手でシャツの胸元を掴む。苦しそうに肩を上下させるランディ。放って置く事も出来ず、ルーは、瞬時に立ち上がり、落ちた煙草をもみ消してから駆け寄る。



「っ!」



「負傷は、どうにかなっても酷使した体は、元に戻らない。体力も消耗しきって血も足りてない。歩く事すらままならないのは、自分が一番分かっているだろう?」



「問題ない」



 痛みで眉間に皺をよせ、必死に堪えるランディに対してルーは、説得を試みるも足は止まらない。覚束ない足を支える為にルーは、ランディへ肩を貸す。廊下に出て目指すは、フルールの病室。診療所は、二階建ての長屋。元々は宿屋だったものを転用している。二つ扉を通り過ぎ、三つ目でルーは、立ち止まる。



 辿り着いた所でランディは、壁に寄り掛かると、ゆっくりと床に座り込んで息を整える。そんなランディをルーは、その目に憐みの色を見せながら見下ろす。



「……」



「入ったが最後。後には引き返せない」



「……百も承知だ」



「どんな結果に終わろうが……僕は、君を見捨ててなんてやらない。死なんて生温い逃避は、許さないぞ。とことん追い詰めてこの世の地獄を見せてやる」



「それで俺が君へ救いを求めるとでも?」



「君がどうしたいかなど、関係ない。僕は、僕で勝手にやる」



「そうか——」



 何がそうさせるのか。ルーは、分かりたくなかった。だが、全てを知ったが故に分かってしまう。小さく見えるその背に負わされた宿命が。ランディを突き動かす原動力はそれだ。



 例え、報われなくても良い。己の矜持へ真っすぐ向き合う為に。誇れる自分であろうとする。其処に邪な意思は、存在しない。息を整えて落ち着きを取りし、立ち上がろうとするランディ。ルーは、手を差し伸べるもやんわりと跳ね除けられる。



「もう何故、何て聞かない」



「流石だ、相棒」



 扉を開けると窓を間に挟んで壁際に寝台が二つ設置された病室だった。二つある寝台の一つにフルールが横たわって居る。二人は、ゆっくりとフルールの下へ。布団の中でゆっくりと胸を上下させ、穏やかに眠り続けるフルール。そんなフルールをランディは、先程までとは打って変わって穏やかな笑みを浮かべながら見つめる。怪我一つなく。守り切る事が出来た。安心したのだ。



「何をしても起きない。怪我も無いからそっとしておいてる」



「俺が再度、干渉するか……若しくは、死ぬまで意識が覚醒しない様にした」



「……加護の力は、何でもアリか? 末恐ろしいよ」



「そうだね。それこそ。使い方を間違えれば、人の尊厳をも踏み躙りかねない」



 だから己を厳しく律している。安易に頼り続けてしまえば、自分に都合が悪くなれば、簡単に頼ってしまうから。もし、それが己にとって正しい選択だったとしても他人からすれば、間違った行いだ。身勝手に人の自由を束縛するなど、あってはならない。



「それ。僕には絶対、使うなよ? 使ったら恨むから」



「場合によっては……既成事実も作れるからね。君を眠らせて特定の女の子の隣に放り込むのも容易い。まあ、それなら飲みの場でも同じ事が出来るからやらないけど」



「言っておこう。酒の強さは、どっこいどっこいだ」



「左様か」



 こんな時でも軽口が出る。いや、こんな時だから出てしまうのだ。言ってしまえば、苦し紛れの現実逃避に近い。ランディは、右手でそっとフルールの頭を撫でた。



「寝ている時だけは、静かで可愛げがあるもんだ」



「出来るのなら何も知らぬまま……穏やかな夢を見て続けて欲しいのだけど」


 枕の上に流れる手入れの行き届いた髪。長い睫毛に血色の良い頬と唇。童話の一場面を切り取ったかの様な錯覚を覚えるランディ。



「これから君が地獄へ叩き落すんだ」



「ああ、分かってる。念を押すけど……此処で起きた事は」



「他言無用。約束しよう」



 覚悟は、とうの昔に出来ている。後は、それを現実にするだけ。頭からフルールの両目へ手を移動し、目を閉じたランディは『力』を籠める。



「ラ—— ンディ? ルー……」



「っ!」



「……」



 何事も無かったかの様に目を覚ますフルール。総毛立つルーの横でランディは、堂々としていた。二人の前でフルールは、ゆっくりと上体を起こして両手で目を擦ってから大きく伸びを一つ。寝ぼけ眼で周囲を見渡しながら此処が診療所の一室である事を知るフルール。



「あたし、どうして……診療所になんか」



「……フルール、落ち着いて聞いて。事情は、掻い摘んで説明するけど。君が倒れたから此処へは僕が運んだ。極度の緊張と疲労が祟ったんだろう。少し此処で休めば元通りさ」



「そう……何だか本当に体が重いの。後は、何だか凄く……怖くて悲しかった」



「大丈夫。何も起きないから安心して休むんだ」



「それと眠っていた間? 夢を見たの……アンジュが出て来る夢だったわ」



「っ!」



「……」

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