第壹章 託された望み 5P
次で勝敗が決まる。此処までよくぞ戦い切った。歌う町は、そっと誰にも聞こえない声で二人を称える。血沸き肉躍る戦い。どれだけ傷つこうとも。剣が折れようとも絶えぬ闘志。もし、これが人の目に焼き付けられたのなら後世に語り継がれるであろう。
息を合わせたかの様に双方、剣を大きく振りかぶって一閃。紅と蒼の衝撃波がぶつかり合う。一瞬だけ拮抗した後、蒼の衝撃波が勝り、紅をかき消す。直進する蒼をアンジュは、更にもう一撃放つ事で相殺して見せる。かき消えた視界の先に待って居たのは、距離を詰めて剣を構えるランディの姿。横薙ぎの一閃でアンジュの剣を再度、真っ二つ斬り裂くのだが、アンジュには二度も同じ手は通用しない。右手をランディに向けて結晶化した手から破片を無数に飛ばしたのだ。避ける暇もなく、近距離で発射された結晶をランディは、光の壁で受け止めた。ある程度、衝撃は殺したがそれでも受け切れず、大きな結晶が左腕を斬り裂き、右足に突き刺さった。最後の追撃を食らわせようと腕を構えるアンジュ。だが、既にランディの姿は消えていた。背後に人気を感じ、アンジュが振り向くと其処には、瞳に蒼い曳光を伴って頬から血を流しつつも剣を振り下ろすランディの姿が。振り下ろされた剣は、アンジュの右肩を斬り裂く。それからランディは間髪入れずにアンジュの両足に繋がった紅い線を全て薙ぎ払う。
「っ!」
膝から崩れ落ち、地面に倒れるアンジュ。切断された腕は粉々に砕け散り、粉塵と化して跡形もなく消えて行く。対してランディも己の剣を地面に突き刺し、ゆっくりとへたり込む。
激しく肩を上下させ、息を吸うのもやっとのランディ。アンジュは、胴体の制御がまだ主導権を握れていない為、肩口から血が流れているにも関わらず、必死に立ち上がろうと今もまだもがいている。終わらせねば。ランディは、その一心でまた立ち上がった。不思議な事に痛みも消え、疲労感も吹き飛んでいた。達成感で心が満たされていたからかもしれない。
「アンジュさん、終わったよ……もう、終わったんだ」
暴れるアンジュの下へ左足を引き摺りながら近寄るランディ。残りの線を断ち切れば、また平穏が取り戻せる。時間を掛けて癒せばまた元通りの日常がやって来ると。ランディは、そう信じていた。互いに負った傷は、大きい。だが、治らないものでもない。
「今、自由にするから」
ランディの剣がそっとアンジュの背を撫でる。全ての線が途切れて宙に溶けて行く。紅い残滓が消えるまで見届けた後、ランディはアンジュの体を引き起こして己のシャツをアンジュの肩にきつく巻き付けて止血をする。後は、診療所へと運ぶだけだ。これから先は、ヌアール頼み。瞳も元の茶色に戻り、自分の役名は、完全に終わったと思っていた。
「ランディ——」
無言で考え事に集中していたランディは、弱弱しいアンジュの呼びかけで止まる。
「どうしたの? アンジュさん。これから診療所に連れてくよ。一緒に治療を受けよう。少し時間は、掛かるかもしれないけど……また体が動かせる様になる」
「……」
地面に体を横たわらせながらランディへ何かを訴えかけるコバルトブルーの瞳。その視線の所為で胸騒ぎが止まらない。欠けていた小片が埋まる。それは、ランディの望まぬ形で。
「何だよ? そんな真っ青な顔で笑ってさ。大丈夫、ヌアールさんならきちんと治してくれる。俺が腕を認める名医さ。もしかしたら……口うるさい看護が付くかもしれないけどね」
「違うんだ—— 僕は、もう此処で終わりさ」
「馬鹿な事を言うなよ。これ位の傷でさ」
先ほどまで苦しめられていた熱気は、いつの間にか消え去り、嫌な寒気で体が勝手に震え出す。首を大きく横に振った後、ランディはアンジュを励ます為に精一杯の笑いを顔に張り付ける。そんな事があってはならない。これまでの積み重ねが全て崩れるなど。
そんな事、絶対にあってはならない。
「僕の体……君、ちゃんと調べたかい?」
アンジュの冷たい左手を握りながらランディは、困惑する。肩口の止血も済ませた。他にも裂傷があるかもしれないが、今の所出血は見られない。だが、異変は確かにあったのだ。
「……いや、其処までは。もしかしたら力を使った影響で臓器に異常があるかもしれないね。なら、俺が『力』使えば良い。治癒が済むまでの間なら繋げる」
「ふっ—— ちょっと目に力を入れてから僕の胸に手を当てるんだ。君なら直ぐに分かるよ」
「どういう——」
再度、瞳に蒼を宿しながらもう片方の手でアンジュの胸に手を当てた途端、ランディは全てを理解する。其処にあった答えは。避けられぬ運命であった。
「……何だよ……何なんだ。これは……」
「そう言う事さ。元々、僕は死にかけ同然。辛うじて生きながらえていただけ」
「肺が動いてない。他の臓器も……駄目だっ! 何が起きている?」
「『力』が僕を活かしていた。体の臓器は、殆ど機能していない。今、お喋り出来ているのもまだ残滓が体に残っているから。だけど、それも直に尽きる」
「何で言わなかったっ!」
「言ったら君は……躊躇するからね。そしたら君が死ぬ。それは、絶対にあってはならない」
ランディは、己の右手に『力』を集中させ、懸命に治癒を試みるが意味がない。
「それ以上、使わない方が良い。好い加減、使い過ぎだ。君の生命維持に支障をきたす。君が死ねば、何方にせよ、共倒れだ。元も子もない。君は、生きるんだ」
「何かっ! まだ、何かある筈だっ! こんな事があっちゃいけない。間違ってるっ!」
「いや、これが正しい在るべき姿だ。これで僕は、人としての生涯をきちんと終えられる」
額に汗を浮かべ、まだ足掻こうとするランディをアンジュは、止める。精神的な損耗だけではない。体力の面でも消耗が激しかった。ましてや、自分が受けた傷の応急処置を並行して行っている事も相まってこのまま使い続ければ、ランディもただでは済まない。
「良いかい? 静かに聞いてくれ。本来なら僕は、君と戦う事すらままならなかった」
己の死期を悟り、残された数少ない時間をアンジュは惜しみなくランディの為に費やす。
ランディが己の生きた証として全ての意思を受け継いでくれると確信を持っていた。
「元々、僕も……とある騎士に師事を受けていた。毎日が訓練に明け暮れる日々。キツかったけど、充実していた。師匠からも期待されて僕自身もそうなるものだと思ってた。今思えば、その時間が僕にとって輝かしいものだった」
「何がっ……貴方の身に何があったんだ?」
「……その最中で肺病を患ってね。何とか、一命をとりとめたけど……後遺症で稽古中、直ぐに息を切らして意識が混濁してしまう体になった。師匠は……騎士になる事を諦めろと言って別の道を考えてくれてたけど。僕は、納得が行かなかった。だから放浪の旅に出た」
次第に点滅し、弱弱しくなる右手の蒼い光。呼応するかのようにアンジュの瞳にも生気が失われて行く。乾いた唇から紡がれる言葉をランディは、静かに聞き続ける。
「まあ、その結果がこの様だから……致し方が無い。それからの事は、君に話した通り。最初は、肺だけだったけど……争い事を重ねて行く内に体の機能は、欠けた。欠落した箇所が少しずつ力に置き換わって……気が付けば、僕が僕で無くなっていった」
「っ!」
「力と切り離されれば、僕は糸の切れた操り人形。だから上手い付き合い方を模索しようと考えたんだけど……それは虫が良すぎた。狡い事をしようとしたからこれは、相応の罰」




