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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅶ巻 第壹章 託された望み
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第壹章 託された望み 3P

「もう、出来る事は何もない。君の安全を—— ランディは望んでいる」



「そんなことしらない。はなして……」



「あれを見てまだそんな甘っちょろい事を—— 好い加減、現実を見ろっ!」



「離してっ! 止めてっ! 離してっ!」



 抱き抱えるルーを引き離そうとフルールは、必死に抵抗する。何処までも強情で聞き分けが無い。本来ならば、思い通りに行かず、怒りが込み上げるのだろう。だが、この期に及んでそんな感情は、ランディの中で疾うに消え失せていた。



「フルール……」



「っ!」



「フルール?」



「……」



 ランディの優しい呼び掛けでフルールは、自然と大人しくなる。大きく目を見開き、じっとランディを見つめるフルール。伝えるべき事は、沢山ある。だが、残された猶予はあまりにも少ない。今、この瞬間にもアンジュは、剣を取り上げて体の各所を念入りに確認して次の立ち回りに備えていた。こんな好機は、二度と来ない。まだ、自分が足止め出来る間に。


 少しでも安全な場所へ。



「ごめん……あれだけ啖呵を切った癖に……皆が笑顔になる結末—— 書けないかも」



「何を言って——」



「最後の最後まで頑張る心算だ。アンジュさんを取り戻す為に。でも……もしダメだったら俺が責任を持ってアンジュさんを連れて行く。決して一人には、させない。だからさ、お願いがあるんだ。どうか、お願い。君は、君の幸せを——」



「やめて」



 ランディの言葉を遮り、最後まで言わせない。こんな結末は、誰も望んでいない。それは、皆が分かっている。だが、避けられぬ定めがあるならば、少しでもその中で希望を見出したいと考えるランディは正しかった。



「フルール、頼むよ。まだ、俺が動ける間に……君は、少しでも此処から離れるんだ」



「いやっ! そんな言葉、聞きたくないっ!」



 もう猶予はない。片手で剣を持ち、此方へ駆け寄って来るアンジュにランディは、剣を構え直す。体が異様に重い。恐らく次は無い。死の影がランディへ確実に迫っていた。



「……今までありがとう。幸せに」



「いやっ!」



 最後の一戦が始まろうとしたその時。力が緩んだ隙にルーの制止を振り切ってフルールが二人の間に割って入ったのだ。剣を構えるランディの前でフルールが大きく腕を広げてアンジュに立ちはだかる。驚き、目を見開くランディ。一方、アンジュは止まらない。邪魔なフルールへ剣を水平に構えて真っすぐ突き刺そうとする。



「っ!」



 そんな悲劇が起きてはならない。ランディの目には全てが遅く見えた。今にもその儚い命を奪おうとフルールの胸元へじりじりと迫る剣。しかしそれは決して幻想ではなく、現実の光景であった。何故ならランディの目が深蒼に染まったからだ。そこからは、あっという間の出来事。剣を手放し、一瞬でランディは風の様に立ち消え、フルールと剣の間に収まる。其処からは、誰にでも想像が出来る結果を迎えた。容赦なく、あばら骨の間を鋼が貫く。


 同時に耐え難い激痛がランディを襲う。辛うじて内臓だけは、己の『力』で無理やり隙間を作って避けた。だが、体を貫いた事には変わりない。



「なんて—— 無茶を……危うく……死んじゃう所だった」



「えっ?」



 目の前で微笑むランディを見て状況の把握が追い付かないフルール。それからフルールに覆い被さる様に左手で抱き留め、視界を塞いでから後ろのアンジュへ右手を向ける。突き立てた剣を抜こうとしたアンジュは、そのまま後方へ一気に吹き飛ばされた。



「もう……悪戯は無しだよ?」



 言葉を発すると同時に貫かれた傷口から血液が少量噴き出し、フルールの顔へ赤い飛沫が飛ぶ。口を開けたまま、放心状態のフルールが今の出来事を理解する前に両目へ己の右手を翳すランディ。その瞬間、フルールの意識は一気に遠のく。左腕で全身の力が抜けたフルールを支えるランディ。片腕にのしかかる重さよりも胸部の痛みが勝る。体の芯から焼けるような痛みが容赦なく、断続的に響く。歯を食いしばっても声が小さく漏れでてしまう。それからランディは、大きく息を吸って腹を括る。



「ああああっ!」



 『力』を使って己を貫いた剣を引き抜き、大きな咆哮を上げるランディ。顔面蒼白のまま、肩を上下させ、荒く呼吸をする。それから宙に浮いたままの剣は、方向を変えて吹き飛ばされたアンジュの頭をめがけて真っすぐ飛んで行く。風圧で血を滴らせた剣をアンジュは、避けながら瞬時に握りへ手を掛けて受け止めた。それから更なる追撃へ転じようと一歩足を踏み出した後、ぴたりと止まる。ランディから発せられる目に見えない威圧に気圧されていた。今の内にフルールだけは、どうにかしたい。



「ルー」



 一部始終を傍観していたルーは、ランディの呼びかけで我に返る。駆け寄って来たルーへランディは、怪我一つなく、静かに眠るフルールを明け渡す。



「だっ、駄目だ……それは……そんな負傷を負ったら」



 フルールを背負いながらルーは、震えた声で呟く。出血は止まっていても生々しい傷口に視線を向けてしまう。普通の人間ならば、即死。今、会話が出来ている方が可笑しいのだ。だが、その不可能を可能にしているのは、加護の為せる業。そして、ランディの身に起こった変化は、それだけではない。これまで負っていた傷も徐々に塞がりつつあった。



「今直ぐ死ぬ訳じゃない。見た目だけさ。大騒ぎするもんじゃない。止血は、済んでる」



 先ほどまで追い詰められていた様子が微塵も感じられない程、力強い答えが帰って来る。これが最強の最強たる由縁。何があろうとも決して折れる事の無い救国の剣。それが今のランディだ。そして、何よりもランディの蒼い瞳が心の曇りを須らく晴らして行くのだ。



「でも——」



「俺は、大丈夫。寧ろ、大丈夫じゃないのは、アンジュさんの方だ。俺の力に当てられて高ぶってる。アンジュさんがギリギリの所で押さえつけていた力が暴走してる。この状況から全部を引っ繰り返すのは……相当、骨が折れるよ」



 己に確証が無くともすんなりと受け入れられる。何故ならランディが全てを掌握しているのだから。ランディは、ゆっくりとアンジュの方へ振り向く。体の自由が利かず、紅い瞳だけが待ちに待った馳走を前にじっとランディを見つめ続けるだけ。押さえつけなければ、瞬時に襲い掛かって来るだろう。それと同時にランディの瞳には、今まで見えなかった全ての事象が映る。アンジュの体中に纏わりついた大小無数の赤い細引と紅い靄を纏う剣。紅い線の先端は、皮膚を透過して突き刺さり、それら全ては、大本のアンジュの背後に漂う六方八面体の紅い結晶に繋がっている。禍々しく光る結晶体。この事変を引き起こした元凶は、それだ。これまで気配だけしか、ランディも感知出来なかった。だが、今はそれが全て見える。アンジュ自身を削る事で体の制御を取り戻させようと考えていたがそれは、甘かった。そもそもの元凶を断ち切らなければ、アンジュは何度でも立ち上がる。



『恐らく……あれを完全に壊すのは無理。瞬時に修復してしまう。だけど、あの線は違う』



 一度でも手を出してしまえば、一生つき纏う。出来るのは、アンジュとの繋がりを一時的に断ち切るだけ。あの線一本一本が言ってしまえば、力に手を出した業そのもの。



『今みたくなるのには、相当時間が掛かる』



 延命にしかならないが、それらの積み重ねを崩してしまえば良い。再び、紡がれるまでの間にアンジュが己と向き合い、解決策を模索すれば、希望はあると考えた。現状を覆す。今のランディには、浅はかな考えしか頭に浮かばなかった。何故、その『力』が体に繋がっているのか。その疑問にまでは、考えが至らなかった。

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