第傪章 『Peacefull Life』 10P
「宜しい。それにしてもあのレザンさんが人を雇うとはね……生まれた時からずっとこの町に居たけどそんなことは一度もなかったからびっくりだよ」
「ほへえ、そうなんですか。でも何となく分かります。それ」
レザンの行動に少し驚いたとアンが言うと想像に難くないのでランディも同意した。
「あれだけ無愛想だと直ぐに分かるだろう? ただレザンさんも好き加減に年だし、先を見越してのことだろうかね」
「いえ、俺は一先ず、二年間だけ雇って貰えるように約束させて頂いたのでそう言うことではないと思うのですが」
アンの単純な推測にランディは待ったを掛けて否定する。ランディは少なくとも二年後には必ず、故郷へ帰るのだ。此処に帰ってくるかどうかは故郷の状況次第。ランディも故郷の近況は全く知らない。落ち着いてから手紙を出せば分かるが今は『神のみぞ知る』という訳で。
「そうなのかい? まあ、レザンさんの考えは分からないね。……所で話は戻るけど二、三日前から噂されているフルールとの逢引相手ってランディのことさね?」
いきなりアンから心臓に悪い話題を触れられ、ランディは冷や汗をかき始めた。フルール関連の話題はまずい。まだ出会って一週間も経たないフルールとのっぴきならない噂を立てられても困る。フルールとは何もなく、ただの友達だ。それはフルールも認めているし、彼女もランディには話していないが内心は手の掛かる弟としか見ていないのだ。満足に一人前の男として見られないのは情けない話だが、プライドは二の次のランディが気にすることはない。しかしこの与太話、他にもランディが故郷に残して来た者も大きく関わって来るのが問題だった。
「いえ、あれはそんな愉快なものなんかじゃなくてただ、の町案内をして貰っただけですよ」
落ち着いた雰囲気を装ってやんわり否定するランディ。顔は笑っていても目には焦りがあった。
「またまた、そんな言い訳で私を乗り切れるとでも? 甘いよ、ランディ」
ひっひっと笑い、カウンターに身を乗り出すとランディを問い詰めるアン。
「あははは、そうだ! アンさん、お届け物ですよ。ええっとこちらの商品で間違いないですか?」
「ああ、間違いないよ。それにしても雰囲気が堅い。このくらいの冗談、さらっと流せる余裕を持ってないと駄目さね」
このままでは不利だとランディは背負子から届け物を外し、手渡す。あやふやにして誤魔化そうとしたが荷物を受け取って中身の本立てを確認しているアンに手痛い一言を貰ってしまった。
「済みません……まだこの町に全然慣れてなくて」
「本当は色恋沙汰に、だろう? まあ、町に慣れてないってことにしてあげるけど、その余裕のなさがなくなるまで名前で呼ぶのはよしておこうかね。そうなるとランディ、新入り君かひよこ君。どっちが良い?」
「うう……新入りの方でお願いします」
「これからは新入り君だね。名前で呼んで欲しかったら早く町に慣れて恋人の一人や二人、作るんだよ」
「出来る限り、善処します」
まだまだ未熟だとアンに言われ、ランディは内心、「ぐぬぬぬ」と思いつつも素直に受け入れた。
「ははっ、新入り君を弄るのもこれくらいにしておこうか。まだ仕事残っているんだろ?」
「はい、後四件ほど」
「場所は何処だい?」
ランディもこれは幸いだと左ポッケに入れていたメモを取り出して内容を読み上げ始めた。
「まず、最初が『Racine』、その次に通称? 『Robe』……三番目が此処で四番目がフルールの家、最後に町役場……うわあ、二度手間だ!」
目先の簡単な物に囚われた為、起きた初歩的なミス。『Figue』より近くの場所があり、如何様にも回る予定が立てられたにも関わらず、だ。大きな失敗ではなくともショックはある。
「確かレザンさんの家からだとうちの店以外は北西の方にあるね。そっちから向かった方が効率は良かったかもね」と落ち込んでいるランディへアンが更に追い打ちを掛けた。
「そんなあ……」
「初めは無駄なことを沢山やるもんさ。そうやって仕事は覚えていくもんだ」
「―――― そうですかね?」
「そんなもん、そんなもん。さあ、気を取り直して最後まで頑張りな」
「……はい、頑張ります。お届け物も済んだのでこれにて俺は失礼しますね」
ランディは『Figue』の出口へと向かう。
「おっ? ちょいとお待ち。レザンさん注文確認のサインを教えてくれなかったのかい」
「えっ、何のことですか?」
しかし、出口の一歩手前でアンに呼び止められたランディがつんのめった。確かに届け物は渡したし、特に目立ったそそうもしなかったのだが、何か忘れていることはあったかとランディはアンへと振り向くなり、首を右に傾げた。
「いや、レザンさんの所は荷物を届けたら確認用のサインをするんだよ。新入り君は教わってないのかい」
「いいえ、全くです」
首を横に振り、戸惑うばかりのランディにアンが懇切丁寧に教えてくれた。
「レザンさんも時たま抜けているからカバンの中を漁って見なさい。小さな冊子があるから」
「どれどれ―――― あった!」
ランディは早速、肩掛けのカバンを漁り、中から綺麗に尖った鉛筆と小さな冊子を取り出した。
「其処に日付とお届け物の内容、後は私のサインでオーケーさ」
「本当だ……日付と届け物の内容と色々な人のサインが書いてある。でもよくご存じですね」
「そりゃあ、生活必需品は全部、レザンさん頼みだから何年も見れば覚えるもんだよ。それと今回の本立てはちょいと理由があってね。ちょっと高い物が欲しくて態々、レザンさんの所に頼んだのさ」
「なるほど、では此処にサインをお願いします」
ランディは話に耳を傾けつつ、冊子に日付と届け物の内容を書いてアンにサインを頼んだ。
「はいよ」とアンはサインを書き、鉛筆をランディに返す。
「これで完璧、本当にありがとうございました。今後とも宜しくお願いします」
「宜しく、新入り君」
全てが終わり、レインコートを再び着込んだランディが改めて挨拶をすると『Figue』を出た。
「次は町役場だ」
今度は引き返して町役場。他の三件はフルールの家に着いて道を調べれば良い。一件目が成功し、足取り軽く大通りを北へ進める。空もランディの心模様を反映しているかのように雨脚が弱まって来た。肩の力が抜けたランディが大通りの喧騒に耳を傾ける。
「いやー、参った。雨が強くて外套を着込んでもでも馬車の上で濡れ鼠さ」
「大変だったな。南の方はどうだ?」
「ああ、寒さは残っているが冬はもう終わりそうだ」
「そりゃあ、良いな。だがよう……」
「ああ、確か最近、南の方から此処ら一帯の地域までに変な盗賊が出ているらしい」
「そうなんだよ。木の仮面を被った可笑しな奴らだと」
「どんな手口でやっているかは調査中。聞き込みも住人達はパニック状態で上手く行っていない。そんでもって襲われた村や町は全部、最後に火を付けられているらしいぞ」




