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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅵ巻 第陸章 避けられぬ払暁
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第陸章 避けられぬ払暁 3P

「――」



「っ!」



 日の光を受け、眩い光の線を幾重にも描きながら鈍い金属音を伴って激突する刀身。次第に目で追えぬ速度で繰り返される剣撃。その速さは、前回の手合わせを更に上回る。神話から飛び出して来たかの様に神々しく。それでいて見る者の心に何処までも負の感情が呼び起させる。目を背けたくなる悲しみと鮮烈な生と死の狭間を見せ付ける。強さに焦がれ、己を磨き上げた末、力に溺れた純粋な亡念と小さな希望が寄り集まって生まれた祈りと願いの醜い化身。その雌雄を決する時が。ただし、それは誰も望まぬ戦いである事は、今の二人には分からなかった。全てを知って居るかの様に振る舞うも肝心な事は、何一つ分かって居ない。だからこその間違いだった。



「ラ……ンディ――」



「どう―― したんだい? アンジュさん!」



 何度か切り結ぶ内にアンジュがたどたどしく己の意思でランディを呼ぶ。その声は、苦しみに喘ぎ、耳を塞ぎたくなる悲痛な叫び。その呼びかけにランディは、飲み込まれぬよう必死に心を落ち着けて答える。その想いに飲み込まれてしまえば、一思いに苦しみから解き放ってしまうかもしれない。ランディにもアンジュが望む事は、分かっていた。



「たっ―― たのみ……たのみが」



「これがっ! 終わったら幾らでも―― 聞くよっ」



「ちッ……ちがう。もう、もう終わり―― 終わりにしたいんだ」



 細い血管が切れたのか、瞳から血の涙を流しつつ、アンジュは懇願する。それだけではない。顔の至る所で血管が生々しく浮き上がり、痛々しかった。それでも尚、体が羽の様に軽く動けるのは、内に秘める『焦がれ』の為せる業。例え、骨が折れ、筋肉が断裂しても無理に繋ぎ合わせて動かせるようにし、血が失われれば、何処からともなく湧き出させる。反面、痛みの緩和などの作用は一切、存在しない。終わらない苦痛を強いられ続けるのだ。全てを奪われてしまえば、永久に動く操り人形として存在させられる。その定めをアンジュは、終わらせたいのだ。だが、ランディは絶対に叶えてやらない。



「何を言ってるんだ? 絶対に終わらせやしない」



「まだ、ひとでいられるうちにっ……人として―― いきたい」



「そんな悲しいことっ! 言うなよ」



 もう、以前の自分みたく奪われたりはしない。失わない。その為に研鑽を積んで来たのだ。



「貴方を救う。それは、俺の使命だ」



 ランディは一度、アンジュから距離を取って呼吸を整える。既に息が乱れているランディに対してアンジュは、疲れの一つも見せない。それもその筈。実力以上の力を引き出せる今のアンジュにしてみれば、準備運動の様なものだ。動作確認の一環に過ぎない。だが、それだけではない。体力の消耗だけでなく、体に幾つか浅い裂傷も受けている。気が付けば、頬に赤い線が一本。致命傷は、避けられているけれどもこれからは、そんな甘くはない。


 啖呵を切ったものの、勝率は時間の経過と共に失われて行く。



「だって待ってる子が居るんだよ。アンジュさんの事を」



 まだ、立ち上がっていられるには己の意志によるものだ。



「その事から目を背けちゃ駄目だ。どんな形になったとしても……貴方は、これからも人として生きる。それは絶対だ」



 覚悟がまだ足りない。足の一本。いや、最低でも腕の一本でも持って行かねば、この形勢は逆転出来ない。剣の握りを引き締めて空高く切っ先を突き上げて上段に構え、体重を前に出した左足へ七、右足に三で割り振る。


 時機を見計らってランディは、一気に突撃を決める事にした。



「本当にアンジュさんは、洗練されている。その『力』の奔流に身を晒されながら自我を保ち、これまで制御下に置いて来た。『力』の魅力に囚われる事もなく……一つの到達点と言っても過言じゃない。未だ、手を伸ばしても届かない中途半端な騎士や成り損ないの守護騎士何かじゃあ、手も足も出ない。力に呑まれて完全に自我を奪われてしまえば俺も……」



「ウソは……きらいだ」



「どうだろうね。ズルをすれば或いは――」



 それだけではない。多少の加算はあっても本領が発揮される事はないのだ。基礎ありき。その力が持つ真の恐ろしさを発揮するには、それなりの力量が求められる。素の実力を乗算して何倍にも膨れ上がらせてしまう。零にどれだけ数を掛けても零は零。だが、一つでも多く積んでいれば、体が持つ限り、時間の経過と共に乗数は増えて行き、結果として生じる積も際限なく大きなものとなる。だからランディは、短期決戦を選んだのだ。



「あの時から思ってたけど……どれだけの修羅場を。沢山の鍛錬を積んで来た? 『焦がれ』抜きにしてもたった一振りの鋭さと重みでそれが容易く伝わって来る。本当に―― 末恐ろしい。こんな武人がまだ存在してるなんて……感激だよ。肝を冷やされた相手は未だ、この手で数えられる程しかいない。有象無象とは、確実に一線を画す存在。それが貴方だ」



「それれに―― 何も無しでついてこれる君の方が……どうかしてい―― いいいるよ」



 互いに狂った笑いが零れる。一振り、一振りが致命傷に成り得る極限の状況だから心が躍る。誰にも邪魔をされず、己の力をぶつけられる最上の舞台。出し惜しみなど、許されない。命の炎を燃やし、全力で相対するアンジュへ縋りつくのが精いっぱいのランディは恥ずかしかった。本来ならば、己も全力を持って受けて立つのが礼儀だ。対してアンジュは、常人離れしたこの一戦に身を投じるランディへ賞賛を送る。



「……この化物め」



「――」



 この上ない誉め言葉。これ程、嬉しい言葉を掛けられた事は、今まで生きた中で一度も無かった。己の実力を認められたランディは、高揚する。



「そうだね。俺も大概だね。ならば、何処までも一緒に行こう。この戦いの先に未来はある。貴方は誰とも歩めないと言ったけど、俺なら何処までも同じ道を歩める。この修羅の道を」



 例え、どれだけの犠牲と痛みを伴っても。最後まで共に歩めるのは、自分でありたい。絶対に一人にはさせやしない。約束をしたのだ。奈落に落ちたとしても必ず、引っ張り上げてみせると。その約束を違える心算は、毛頭ない。



「ほんと、オカシイね」



「全くもってその通りだ。胸が高鳴るよ。何処までも行こう。この狂気の先に待つ地獄へ」



 その先に待つのは、誰とでも手を携えて歩める人の道。



「だから最後は……素直に負けておくれよ」



「むりだね――」



「ほんとに往生際が悪いな……」



「それは―― キミだろ」



「なら、どっちもどっちだ。しょうもないね。俺も」



 思い残す事は、無くなった。残すは言葉を交わす事無く、只管ぶつかり合うだけ。



「貴方も」



「そ……うだね」



 じりじりと照り付ける太陽の熱が鬱陶しい。大きく息を吸い込み、逸る気持ちを抑えてランディは、アンジュから目を逸らさず、その時をじっと待つ。まだだ。まだその時ではない。



「此処から始まりなんだ。貴方たちの幸せを紡ぐ物語は……」



 今まで正眼に構え、一切ぶれる事の無かったアンジュの体が少し揺れる。



「露払いは、任せて。その物語は、俺が紡ぐ。きちんと書き切ってみせるさ」



 町を突き抜ける風が二人の髪を揺らした。その風を見計らったかのようにほぼ同時で相手へ詰め寄る二人。交差する剣に互いの顔が一瞬、映った。拮抗する二振りの剣。



「誰が何を言おうと関係ない。例え、世界を敵にまわしても俺は、貴方たちを祝福する」



 己が狂っているのではない。世界が狂っている。だからそれを証明するのだ。



「最高の締め括りを」



 書き切るのだ。




                                          Ⅶ巻に続く


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