第伍章 全ては、たった一人。ただ、君の為に。 7P
「この場を選んだのも人払いが簡単で万が一、何か起こっても誰も被害が出ないから」
「まあ、半分正解。もっと気楽にしてくれよ。身構えられちゃ、言葉を選んでしまう。もう半分は、この町の素晴らしさの一端を知って貰いたかっただけ」
「自然と人が共存する姿は、とても美しい。君が教えてくれなくとも僕は、十分知っている」
「そうか」
これ以上の誤魔化しは、悪だ。アンジュも全てに答える心算で覚悟を決めてこの場へ赴いている。自らが望んで誘ったのだ。それに快く答えてくれたのだから最大の経緯を払って始めるのは、自分からでなければ。
「その『焦がれ』は……止められないのかな?」
「自分の事は、自分がよく知っている心算だよ。恐らく、行きつく所まで来ている。もう残された猶予は、少ない。次に飲み込まれたらおしまいだ。完全に支配される」
「……」
想定した通り。アンジュの行動からランディも予測は、出来ていた。だが、本人から直接、聞かされるのは、話が別だ。さらりと事実を伝えられ、ランディは、思わず黙り込んでしまう。ランディの様子を気にする事無く、自分の置かれた現状を赤裸々に告白するアンジュ。
「体の後ろから線みたいなもので大きい何かと繋がっている感覚が日に日に強くなっている。きっかけは、四、五年前だったかな? とある出来事が原因で窮地に陥り、自分の意思で引き出した。今、思えばその頃に止めてれば良かったんだ。最初は、便利だと思って『力』に溺れてどんどん使った。けど、次第に『力』が勝手に流れ込んできて抑え込めなくなって気が付けば、周りが血みどろになってる事が最近は、殆ど。よく持った方だと思う」
まるで他人事の様に淡々とアンジュは、語る。そうでなければ、話も出来ないのだ。何故なら絶望に圧し潰されてしまうから。これからそう遠くない未来に己の終わりが来る事を知っていれば致し方が無い。しかも普通にこの世から穏やかに去るのではなく、際限のない暴力と悲劇をばら撒き、最後は恐ろしい怪物として討ち取られる運命となれば。
「身の程知らずとは、正にこの事だよ」
「……後悔している?」
「いいや。場合によっては本当に死にかけた局面もあったし。言わば、身から出た錆さ」
心からの言葉だとランディは、受け取った。アンジュは、一つも後悔はしていない。何人からも指図を受ける事無く、己自身が選んだ道なのだ。今更になって否定するもの可笑しな話であり、同時に自分自身を裏切る事に繋がる。アンジュは、後ろに垂れ下がった髪を撫でつけながらランディの方へ向き、真っすぐランディの茶色の瞳を見つめた。
「君の方は、どうなんだい?」
「俺か……俺は、どうなんだろうね。少なくとも求めては無かった。求めていたものは、もっと違うもの。こんなものじゃなかった」
「不思議な話だ。何の因果でそうなったんだい?」
己の身の上も別に隠すほどのものではない。だが、未だに疼く。『力』との関りには、アンジュみたく割り切る事が出来ない柵がランディにはある。心に残る後悔を決して忘れてはいけない。言ってしまえば、戒めなのだ。
「うん。付き合いは長いよ。十二か、十三の頃だ。きっかけは、ほんとの兄弟みたいに慕っていた兄貴分が先に焦がれたんだ……詳しい話は、かい摘んでしまうけど……暴走した兄貴が大切な人たちへ襲い掛かった事から始まる」
「先に焦がれたと言う事は……」
今でも鮮明に覚えている。忘れようとしても忘れられない目覚めの記憶。深呼吸をしてから酒を一気に飲み干してランディは、覚悟を決める。これまでにこの話をした事が無かった。
「それを止めたくて……気が付けば俺も焦がれかけてた。何度もぶつかり合ってその際、不意に大事な人たちの怯えた顔が見えて俺は、我に返った」
「それからどうなったの?」
「此処からは、眉唾物の話だから話半分で聞いてくれて構わないよ。笑われても仕方がない」
「笑わないさ」
アンジュは、懐から煙草を取り出すとランディへ一本、差し出す。差し出された煙草を咥え、火をつけながらランディは、話を続ける。
「その時だ。意識が途切れて気が付けば、別の場所に居て……一面、真っ白な世界が何処までも続く不思議な場所だった。まるで夢の中に居るみたいに自分が心も体もふわふわしていた。それからそこで出会った人に契約だのなんだのと言われて子供の俺は……その時、アニキを止めたくて必死になってその人に縋ったんだ」
自然と空いた片方の手を握りしめるランディ。此処から先は、辛い記憶しかない。どれだけ願ってももう取り返しのつかない間違いの始まりだ。少しずつ頭の片隅に暗い闇が渦巻いて行く。どれだけ願っても再会を望めない永久の別れが待って居る。
「話が終わって背中を押されたと思ったらアニキと鍔迫り合いをしている所だった」
「……」
「焦がれかけたのは、最初からアニキに勝てない事が分かっていたから。体も大きいし、力も強い。おまけに剣術もアニキの方が上だったから。でも戻ったら不思議と負ける気は、しなかった。寧ろ、どんどん力が湧いてきて……心も落ち着いて頭も冴えて不安は、何もない。ただ、目の前の事に集中が出来た。だから自然と次にアニキが何をしてくるかも読めて……」
悲鳴に近い叫びが耳に響く。幻聴だとは、分かっている。何故ならその悲痛な叫びは、少年の頃の自分から発せられたものなのだから。
「何度も何度も呼び掛けた。でも駄目だった。目の前のアニキが苦しげな声で懇願して来るんだ。止めてくれ、止めてくれって。目から血の涙を流して……力に耐え切れなくて何か所も出血して服に血が滲んでた……だから俺は、俺は――」
アンジュから夜空へと視線を向けると、自然と涙が溢れて止まらなかった。何時まで経っても慣れる事は無い。深く思い出せば思い出す程に見えない胸の傷が次第に開いて行き、血が止めどなく流れて行く。心が痛いのだ。この痛みは、一生消えてくれない。
「もう、良い……分かった。これ以上、無理をしないでくれ」
静かに涙を流し続けるランディを見て最後まで聞かずとも結末が分かったのだろう。アンジュは、そっと肩に手を置いて話を遮る。一頻り、泣いた後ランディは、寂しそうに笑う。
「俺は、アニキを失ってこの力を得た……君みたいに線で繋がっている訳じゃない。体の中にあると言えば良いかな? もう、体の一部になっている」
「なるほど……君が強い理由が少し分かった気がする。その『力』だけじゃない。それだけ大きな代償とその傷を背負うだけの覚悟があったから今の君があるんだね」
「こんなもの強さでも何でもない。本当に強かったら失う事なんて無かった」
「……そうだね」
ランディに出来る事は、前に進む事のみ。失った者の分まで生きなければならないと言う使命がそうさせている。それが無ければ、自害を選んでいただろう。寧ろ、何かに縋りつかねばならぬ自分が弱い事を自覚している。
「後は、師匠にも恵まれていた事もある。『力』の使い方は全部、師匠から教わった」
「君の師匠と言うのは、もしかして……」
「ああ、責任を全て放って逃げ出した誰よりも最速、最強の駄目男だよ。でも今になって思えば、それは正解だったのだろうね。逃げ出したくなる気持ちは、理解出来る」
「共感が出来た理由は?」
「自分の境遇を悲観したかった訳じゃない。だけど、他の人には、そうなって欲しくなかったから……不幸の連鎖を止める為にこの力を使おうと決めて。これまでやって来たけど、無くなる事なんて無かった。どれだけ力を持っても己の無力さをまざまざと見せつけられた」
「……」




