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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅵ巻 第伍章 全ては、たった一人。ただ、君の為に。
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第伍章 全ては、たった一人。ただ、君の為に。 6P



 それからランディは、『Pissenlit』を後にして集合場所へと向かった。裏手側の門が目的地だ。今日の見張り役は、二人。余裕を持って出た心算だったが、既に相方の姿が見えた。光源は、外灯の仄かな明りだけ。だが、どれだけ遠くからでも一目でわかる真っ白な髪を後ろで一纏めにした青年。自分と似たような出で立ちなのに清楚さが溢れる違いは何故なのだと何時も首を傾げてしまう。石垣に寄り掛かって夜空を見上げていたアンジュへランディは、手を上げながら声を掛ける。



「待たせたかい?」



「いや、差ほどでも。静かな夜と戯れていたさ」



 返す言葉からも大人の余裕が感じられる。自分ならこうも行かないだろう。脱帽のあまり皮肉の一つでも言ってやらないと己の気が収まらない。



「モテる男の言う事は、違うね? それで何人参らせて来たんだい?」



「まあ、そんなでもない……精々、この手に数えられるくらいかな?」



 しょうもないやっかみすらも冗談でさらりと躱す所も堂に入ったものだ。手も足も出ないランディは、目元を指で押さえ、溜息を一つ。



「悔しくて言葉にならない」



「出てる。出てる」



 込み上げる笑い。場の空気は、穏やかなもの。ランディにとっては、これは確認の作業でもある。アンジュが変わっていないかどうかを。可笑しな兆候は、何処にも見受けられない。


 一頻り詰まらない一幕を終えた後。緊張が解けたランディは、大きく伸びをする。



「でだ。これからどうする心算だい?」



「もう、現場に向かう心算だけど。準備は?」



「滞りなく。何時でも大丈夫」



 ほぼ、手ぶらのアンジュは、肩を竦める。事前に武器の類は、必要ないと伝えてあった。


 ランディが火器を用意しているのも牽制の為。見張りが本分で駆除の任は、受けていない。


 揃って農園へと向かう二人。此処から先は、明りが無い薄暗い雑木林が続く。ランディは、腰に下げていたランタンを手に道を照らして行く。



「この見張り。意味があるのかい? 聞くところによると、もう被害はないって話だよね?」



「念の為さ。寧ろ、不自然に被害が収束したからその警戒も兼ねてる」



「ふーん」



 湿り気のある土を踏みしめて未舗装の道を進む傍ら、神妙な面持ちでアンジュは、ランディに問う。被害が無いなら良いと納得してしまえば、それで済む話だが、あまりにも不自然だ。ランディは、その懸念を答えとして提示する。理由など幾らでも作れる。本音を言えば、人気の無い腹を割って話せる場所が欲しかっただけ。尤もらしいお為ごかしがこれだった。勿論、ランディの意図は、アンジュも承知の上だろう。寧ろ、その方が好都合だ。内容が内容だけに少しでも気を抜いてしまえば、言葉が詰まってしまうのだから。



「でも警戒する必要がないじゃない?」



「どうしてだい?」



「君が全てを把握しているから」



「どうだろうね? ぶっちゃけ、ほんとの事は何も分かってないから」



 そう。何分かっていない。アンジュの事を何も分かっていない。だから分かりたい。それを引き出す為ならば、自分の事も話そう。例え、その所為で古傷が開いたとしても。



「仕組みは、どうあれ。作用している原因が分かって取り除きさえすれば、話は簡単だ」



「そうかもしれない。でも当面の解決にしかならないさ」



「それで納得する人は、大勢いるよ」



「少なくとも俺は、納得しないね」



 腹の探り合いと言うには、お互いの考えや立場を知り過ぎている。今更、話す事など無いとアンジュは、言外に仄めかす。原因が分かれば、話は簡単だ。哀れな怪物を一匹退治すれば、それで話は終わる。けれどもランディにとっては違う。先の先を見据えてこの国が孕む忌まわしき呪いに立ち向かう為には。終わる事は、出来ない。



「まあ、難しい話は後。着いてからのお楽しみと一緒に話をしよう」



「本当に君って奴は……怒られても知らないぞ?」



 隣のアンジュへ微笑みながらランディは、肩掛けから酒瓶を取り出して見せびらかす。此処から先は、心地好い自然の音色と眠気を誘う穏やかな夜の闇が待ち受けているだけだ。それらへ立ち向かうには、楽しみの一つでも無ければ、やっていられない。



「どうせ、やる事もないのだから少々は、目を瞑って貰えるさ。楽しみがあれば、襲い掛かって来る眠気と戦う必要もない。酒は、強い方かな?」



「寧ろ、君を試してやろう」



「そのいきだ」



 暫く無言で道を歩き、やっと開けた土地が顔を出す。畑を指さしてランディは、アンジュを誘う。青々と茂った畑をぐるりと囲んだ木製の太い柵に寄り掛かって身を乗り出しながら辺りを見渡すランディ。今のところ、何も異常は見られない。



「到着、到着」



「……被害。今日も無さそうだね」



「うんっ! 上々、上々」



 アンジュも柵に腰掛けて農園を駆け抜ける夜風と戯れる。これならば、特に気を張っていなくとも問題はない。肩に掛けていた袋を柵に立て掛け、着いて早々に酒が登場し、夜食代わりで持って来ていた干し肉や堅果をつまみに酒盛りが始まる。



「酒場で大勢とわいわい、がやがややるのも良いけど」



「今の季節なら星空の下でしんみりやるのも悪くはない」



 ショットグラスに酒をなみなみと注いで乾杯する二人。それから中身を一気に飲み干すと、樽の甘い香りと泥炭の燻製臭が鼻を突き抜ける。酒と戯れながらランディとアンジュは、穏やかな景色を楽しむ事にした。



「気分屋な所も気が合うね」



「酒飲みって大体、そんなもん」



「違いない」



 所詮は、雰囲気を楽しんでいるだけで酒があれば何処でも良い。堅果を一つ口に含んでかみ砕き、飲み込んだ後、アンジュは、ランディのグラスに酒を継ぎ足して自分のグラスにも注いで酒を煽る。二人で飲むのは、初めてだった。共通の話題など、数える程しかないので話題に悩むランディ。戸惑うランディに対してアンジュは、やんわりと導く。



「こうやって夜更かししてると、童心に帰るようだ」



「分かるよ。友達の家の庭で野宿した事を思い出す」



「そう。虫に刺されても沢山、話をした」



「各々が持ち寄った菓子を均等に分け、頬張りながらね」



 幼少時の思い出話も悪くはない。何処の地域でも子供のやる事など、共通している。それに現状を忘れて懐かしい記憶に浸る事も出来るのだから。



「今が悪いって訳じゃないけど、子供の頃は、気楽だった」



「確かに……酒と煙草が無くとも本心で話が出来た」



「悩みも単純なものだったし。日々を一生懸命過ごすので必死だった」



「今は、先の事を考えないといけないからなあ」



「先立つものは何かと必要だから。将来とか。後は、俗物的な話であれば、お金」



「世知辛い」



 何かと年を重ねれば、重ねる程に外的な要因ばかりに目が奪われてしまう。目前の出来事に忙殺されて余裕が無くなる。だから時には、日常の全てを忘れてこんな風に俯瞰的な考えを養うのも必要だ。時にその時間は、大きな出来事でさえも小さなものとして捉える事ができ、思わぬ解決策を生む。ランディは、本心からこの時間が過ごせて良かったと思う。



「後は、懐かしさがそうさせるのかな?」



「だろうね……」



 酒が少しずつ思考を侵食し、頭を解す。そろそろ話す頃合いだろう。



「それで過去に浸るだけが君の目的じゃないだろう?」



「ああ、アンジュさんと話をしたくて」



「今更あれこれ、詮索する事は何もないだろう? 判断材料は、揃ってる」



「そんな事はない」



 アンジュは、隠すことなくこの場へ呼ばれた理由を口にする。最早、互いに隠す必要も無い。それぞれが背負った宿命は、似ているようで少し違う。だから引かれ合う。一方は、その『力』へ焦がれ、もう一方は、相手の『未来』に焦がれている。


 決着をつける時が来たのだ。

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