第伍章 全ては、たった一人。ただ、君の為に。 3P
「人と異なる名も無き怪物。一切の縛りもなく、思うが儘に無秩序な暴力を振り撒き、その気になれば多くの人を手に掛ける事だって容易い。それを許すのが君の言う自由ならば、どれだけ恐ろしいものか……分かるかい? そんなものが存在して良い訳が無い」
一言、一言が全てランディに刺さる。その怪物が目の前に居る事をルーは、知らない。悲しみを押し殺してランディは、首を横に振った。
「……彼は、そんな事を望んじゃいない」
「なら奴は、何を望む?」
「人と共に歩みたいんだ。もう、独りぼっちは嫌なんだよ」
「仮にもしそれが本当だったとしても……危険が伴うのも事実。君がその自由を許すと言うのならば……代わりに何を差し出す? 自由には、代償がつきものだ」
「俺が差し出せるもの。全てを」
例外があっては、不平等だ。共に歩む未来が許されないのであれば、同様に自分も許される存在ではない。排除の定めを押し付けられるのであれば、せめてもの手向けで自分も一緒に消えねばならない。ランディは、アンジュと自分を重ね過ぎていた。
「っ! どうしてそんな事が言えるっ! 相手は、とんでもない化物だぞっ? 最後に僕が……いや、何でもない……何にせよ、彼奴は、絶対に可笑しいんだっ!」
「……何をした?」
「くっ!」
「言え。君は、何をしたんだ?」
取り乱すルーへ逆にランディは、問い質す。途端に不穏な予感が首をもたげる。場合によっては、最悪の筋書きの訪れを速めてしまう可能性があると、ランディは危惧したのだ。
「最後の悪あがきの心算だった……相打ち覚悟で小刀を構えて……彼奴は、抵抗も避けすらしないで……手応えは、あったんだ。でも、今日になってみたら彼奴は」
「何ともなかったよ……ついさっき、会って話をした」
虚ろな瞳でランディを見つめ、震える手をぐっと握りしめて罪の意識を誤魔化すルー。ランディは、憐れむ。例え、覚悟があったとしても人を傷つけた罪悪感は、一生ついて回る。
「そうだろっ! 僕は、僕は……確かに」
「馬鹿な事を……罪悪感に苛まれるくらいならそもそも止めておくべきだった。最初から分かっていただろうに……人を傷つけるってそう言う事だよ」
「なら、どうすれば良かったんだっ! 僕だって君の役に――」
「……」
この場で責めた所でどうしようもない。起こってしまったからには、それを上回る埋め合わせが必要だ。現にまだ、アンジュは何ともない。尻拭い程度なら己で全う出来る。
「友よ。俺は、君をきちんと信頼している。そんな無理をしなくたって俺達の関係は、何があっても対等だ。もしかしたらあの後……ノアさんから何か言われたかい?」
「……」
「そうか……そんなに気負わなくても良い。決して無力なんかじゃない。俺には、俺の……君には君の役割がある。それだけの違いだ。そして、君に出来ない事があって俺に出来ない事がある。これまで補い合って来た。それだけは、間違いないし。これからもそうだ」
「ランディ……」
気に病む必要はない。所詮は、役割の違いがあるだけだ。其処に大きな差はない。寧ろ、自分の役割の所為で一人の友を捻じ曲げてしまった事へ罪悪感を覚えるランディ。これ以上、関わらせてはならない。苦しませてはならない。この地獄を歩むのは、自分だけで十分だ。今がその時。いや、潮時なのだろう。
「そんな事でくよくよするなよ。本当に仕方がない奴だ」
「よく言う――」
「お互い様かな?」
「そうだよ……」
許しが必要ならば、自分が与えよう。その代わりに罰は、己が引き受ける。これまでもそうして来た。これからもそうだ。その為にこの権能が与えられたのだから。
「ならば、ルー。これは、俺からの信頼の証だ。その目にしかと焼き付けてくれ」
蒼い光がランディへと集結する。じわじわと茶色の虹彩が深い蒼に浸食されて行く。その浸食が広まるにつれて己の心も落ち着きを取り戻す。何も感じない。一切の無駄も存在しない無の境地へランディを誘う。その変化を前にルーは、青い瞳を丸くして驚く。
「っ! まさか、君はっ!」
もっと、何もない自分で関わっていたかった。有りの侭の自分を友と呼んでくれる関係で居たかった。だが、説明をしなければ納得をして貰えない。当然だ。頭ごなしに押し止めても理解が得らなければ、賛同もして貰えない。アンジュとの違いがあるとすれば、自分には、きちんと説明が出来る事。これから先に待つのは、人を超えた何かと相対さねばならぬ定め。
粒子は、ランディの心模様を映し出すかのように一定の穏やかなうねりを作り出し、漂い続ける。そっと、何もない掌をルーへ差し出し、ランディは小さな蒼炎を作り出して見せた。不規則に空を舐める炎を前にルーは、驚いて一歩引き下がる。
「これが俺の宿命だ。誰にも覆せない」
「そんな事が……あってたまるか」
「あってたまるんだよ、これが。俺の役名は」
「御伽話から飛び出した……生ける伝説が?」
「そうだよ。想像と違って実際は、こんなちっぽけ奴でがっかりさせたかな?」
「君は―― 君は」
「本当に仰々しいよね? 何が『武神の加護』だよ。馬鹿馬鹿しい」
忌々しそうにランディは、掌の炎を握り潰して掻き消し、胸元ポケットから煙草と燐寸を取り出して吸い始めた。吐き出した紫煙が天井へ立ち昇るのを蒼い瞳で見つめる。
「だから俺は、彼と正面きって向き合わなければならない」
「僕は、見たんだ……信じてくれないかもしれないけど」
「何を?」
「あの恐ろしい……紅く光る怪しい瞳を」
「だからだ。町だけじゃない。この国の全てが掛かっている。あれは、本来あってはならない。アンジュさんに限らず、俺達、人にはまだ過ぎた『力』なんだ」
集中を解いて瞳の色を元に戻したランディは、確固たる自信を持って言い切る。だから止めねばならない。今は、説明出来ないがその力は、存在してはならぬもの。完全に咲き誇る前に蕾の段階で摘み取らねばならない。勿論、それは自分も同じなのだろう。
「まあ、それを言うなら俺も同類なんだけどね……」
「そんな事はっ!」
「言うな、言うな。自分でも分かってる。だから俺は、示し続けないといけない」
まだ、自身の意思で制限出来ているだけだ。間違った使い方をすれば、過去に葬り去った者たちと同じ結末が待ち受けているに違いない。過ぎた力を持つと言う事に例外はない。
「生きている限り……自分の存在意義を。正しさと言うしょうもない言葉を盾にしてね」
己がその言葉に執着する意味をルーへ語るランディ。その根幹が無ければ、飲み込まれてしまう弱い自分。出来れば、こんな惨めな自分など、曝け出したくなかった。
「ルー。『武神の加護』の名において命ずる。全てを飲み込んで俺に全てを任せておくれ」
「任せるも何も……君は、君と言う存在は」
前にも聞いた言葉だ。その言葉が全てをランディへ押し付ける。だが、同時に求めているものでもある。己の存在を肯定してくれる言葉なのだから。
「俺以外にも君が動いた理由があるんだよね? それをこの一件がきっかけでようやく気付いた。誰とは、言わないけど……多分。君は、あの子を悲しませたくなったんだ。恐らく、これまで俺に手を貸していた理由も関わって来るね?」
「……言わないでくれ。後生だ」
「ああ。今は、胸の内にそっとしまっておくよ」
ランディには、少しだけルーの感情が自分の中へ流れ込んだ気がした。それは複雑で言葉には決して言い表せない。様々な感情が入り交じっている。目を瞑り、懇願するルーへランディも少しだけ自分の心残りを語りたくなった。
「君の本音を聞けたから……俺も少しだけ本音を言っても良いかな?」
「この際だ。言いたい事は、全て言って損はない」
「助かる……」




