表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅵ巻 第伍章 全ては、たった一人。ただ、君の為に。
374/501

第伍章 全ては、たった一人。ただ、君の為に。 2P

「負の感情は、俺へ。正の感情は、ルーへ……正しい選択だ」



 独り言であっても我ながらしょうもない事を恥ずかしげもなく言う。本当に馬鹿馬鹿しい。忌々しさと気持ち悪さで反吐が出る。されど、これ以外に思いつかなかった。



「これでまた世界は、救われる」



 そうであって欲しいと、ランディは切に願う。そして。まだ、一人。救わねばならぬ者が居る。今も己の心に渦巻く何かに苛まれ、苦しむ友が扉を隔てて待って居るのだ。まだ、休むには早い。一日の終わり。己が眠りにつくには、全ての憂いを取り去らねば。するりと部屋に滑り込んでランディは、何もなかったかのように明るく振る舞い、友へ笑う。



「さて、悪友。何があった? 洗い浚い、話しなさい」



「何も……酔った末の小競り合いだ。君には、関係ない」



 只管に口を閉ざすルーに対してランディは、焦らずゆっくり話を始める。単純な懐柔も無駄だ。単刀直入に本題へ入らねば埒が明かない。手段を選んでいる暇もないだろう。場合によっては、荒療治で怒らせてでも本音を引き出さねばなるまい。



「はああ、だから手を出すなとあれほど―― なかなか、キレのある拳だっただろう?」



「……」



「まあ、これで分かっただろう? 今回は、俺に――」



「君は、いつもそうだっ!」



 思った以上に早く乗って来た。いや、ルーも我慢の限界だったのだろう。周りから質問攻めを受け、更には原因の種が偉そうに物を申してくれば、当然だ。受け止める準備は、出来ている。何を言われようとも心が折れる事はない。



「何が俺に任せろだ? 何処まで人を見下す? 決して君は、特別なんかじゃないっ!」



「……」



「何時までそんな風に上から偉そうに人様を見ている心算だ? 思い上がるのも大概にしろっ! 君も僕も違いはない。君にだって出来る事には、限りがある。全てが思い通りに上手く行くと思ったら大間違いだ。好い加減、弁えろよっ!」



 心に痛いほど、響く。ごもっともだ。反論の余地も無い。よろけながらも立ち上がり、片手でランディの襟元を掴んで引き寄せるルー。こんな時にどんな顔をすれば良いか分からない。荒々しい顔つきで怒鳴りつける友に対して。申し訳なさでいっぱいだ。



「……」



「ずっと、黙っていた。でも、もう限界だっ! その飄々した態度も……忌々しい無責任な物言いも嫌いで仕方がない。全てを君が背負い、牛耳っている訳が無い。思い出せよっ! どれだけ人様へ迷惑を掛けて来たか。一人じゃあ、何も成し遂げて来なかった君がっ! これまで無様な姿を晒して来た君に……いったい何が出来る?」



 その通り。自分一人では、何も成し遂げてない。これまでの出来事は、人の想いがそうさせたのだ。決してランディの力ではない。やった事と言えば、その道をつける露払いくらい。


 誰の為でもなく、自分の為に。ルーの言葉の真意は、理解している心算だ。



「世界は、君の都合で回っている訳じゃないっ! 全ての人々が想い想われて回っている」



 己を人だと言ってくれる友の為に。出来る事なら何でもしようと心に決めるランディ。



「君もその内の一人だ。何処まで高慢なんだよ……」



 俯く友へランディは、微笑む。その優しさがあるからまだ、己は人でいられる。人でいたいと思える。尽力してくれた恩は、きちんと返さねば。



「何か、答えろよっ! 頼むから何か言ってくれ。そうじゃないと僕が―― 僕の気がっ!」



「……ありがとう」



 言いたかった事は、全て言ってくれた。感謝の言葉しかない。今も怖いのだ。本当に正しいかどうかも分からない。これから己が紡ぐ物語へどう向き合えば良いかさえも。だが、己がやらねば誰がやる。全ての責任と共に相打ち覚悟で挑むしか目の前に選択肢はないのだから。それで人々の笑顔が続くならばそれで良い。後悔はない。



「っ!」



 ランディの言葉と笑みにルーは、黙り込む。



「でも……もう引き返せないんだ。折角、君が何度も手を差し伸べてくれたのに」



「分かっているならなんでっ――」



「俺が人を愛するから」



「そんなもの答えにならないと何度言わせればっ!」



「これしか答えが無い」



 この問答、正確には二回目だ。だが、何度言われても答えは変わらない。



「俺の願いは、皆が幸せである事。特に今は……アンジュさんを助けてあげたい」



 寄る辺も無く、一人で抗い続け、苦しむ者が居る。自分と境遇が似ていて進んだ道が少し違うもう一人の自分と言っても過言ではない者が。その人の進む道を肯定したいのだ。そうでなければ、自分自身も否定する事になってしまう。



「自分で自分を縛り付けたあの人を開放して自由にしてあげたいんだ」



「誰が誰を? 彼奴は、縛られてなんかいやしない。今、この瞬間も野放図で好き放題さ」



「いいや、違う。自分が本当にしたい事は、出来ていなかった」



「それは、奴自身が原因だ。傷つけさえしなければ……奴は、間違えたんだ」



「……やむにやまれぬ事情があったとしたら?」



「ならば、相応の説明責任を求められて然るべきだろう!」



「君は、本当に頭が固い」



「うるさいっ!」



 こういう時、職業柄と言うものがあらわれる。肩肘を張ったルーの意見を聞いてランディは、愉快そうに笑う。しかしその笑顔も直ぐに消え去ってしまう。もし叶うなら。



「それが出来たのならどれだけ良かったか……」



「君の言っている事の意味が分からないっ!」



「型に嵌ってないとダメなのかい? 全てに付箋を貼って名前の付いた何かでないと許されないのかな? そんな筈はない。……人は、もっと自由で良い筈なんだ」



 ランディは、言う。人とは、そんな簡単にあらわせるモノではない。奥深さがあって当然でそれは、言葉では言い表せないもの。そして、そんな存在が出会えば、もっと複雑で秩序などを通り越した何かが生まれて当然だ。もしかすると、互いに傷つけ合う結果が生まれるのかもしれない。されど、それだけならば人は、人を紡ぐ事など出来ず、終わりを迎えるだろう。ランディは、その先にある希望を見つめ続けている。



「自由何てものはない。幻想に過ぎない。あるのは、制限の下で約束された権利のみ。人は皆、平等に与えられた役名を生きている。僕だって寂れた町の木っ端役人と言う役だし、君だって雑貨屋のしがない店員だ。フルールもユンヌもシトロンもブランさん、レザンさんだってそう……それは、雨の中、傘を差すのと同じくらい当たり前の事だ」



 ルーは、否定する。人は、己を律し、仮面を被る事でやっと他人と触れ合う事が出来ると。その全てに名前があり、共通の理解が存在するから互いの生を肯定出来るとそう言っているのだ。勿論、それは間違いではない。有史以来、時代によって捉え方は、違えども人は分からないものを分かるもとして積み上げて来た。アンジュがただの行人であれば、ルーも異論はない。その系統から外れた異質な存在を認められないのだ。



「でも彼奴は、違う。彼奴は……人の軛から解放された存在だ」



「分かってない。君の言うその軛とやらは、己を己と定義する必然性の一つだ。必要な人も居れば、必要ない人も居て当然だ。自分は、こうだと示すものは、他にもある。君の言葉を借りるなら雨の中、傘を差さずに踊る人間が居ても良い。自由とはそう言う事なんだ」



 平行線を辿る二人の会話。もとより、この場で結論の出る議論ではない。何方も人の一側面を語っているに過ぎないし、答えを出せるほど、人の世を生きた訳でもない。しかし、現実的な問題へ焦点を当てるならば、ルーの方に分があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ