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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅵ巻 第肆章 甘い幻想の果て
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第肆章 甘い幻想の果て 9P

「戻れるのなら戻っているっ!」



 まるで亡念に囚われた亡者だ。袖にされて尚も食らいつく姿勢と覚悟には、感心するがアンジュにとっては関係ない。もっと囚われなければならぬ事がある。少しでも考える時間に費やしたいが故、無意味な時間が鬱陶しく思えてしまう。



「他に理由があるのかい? 譲れない何かが」



 好い加減、この問答にも嫌気が差したのか、外套の下に隠していた剣を抜き、構える刺客。敢えて近接戦を選んだのは、銃火器に不慣れなのか、それとも隠密性を優先した為か。何方にせよ、重そうに構えるその姿を見る限り、武器の扱いには慣れていない。



「沈黙は、肯定と取る……そうか、君もそうなのか」



 最近の出来事で己が目立つ様な事があるとすれば、それはたった一つ。寧ろ、この町で一番、深く関りを持ち、本来なら忌諱される自分が気に掛けられる理由は、他にない。



「ランディ。全ての根源は、彼にある」



 一瞬、大きくびくつく刺客。図星だ。勝ち誇った顔で笑うアンジュ。



「君も関わりがあるんだね。なら、随分と狂わされたものだ」



 それならば、話は別だ。ある程度、敬意を払わねばなるまい。思うが故に行動に移してまで断ち切りたい因縁として捉えられている。それは、間違いではない。アンジュは、ゆらりと座っていた石垣から降りて地面に足を踏みしめる。



「そうと分かれば、猶更だ。この件は、彼に任せた方が良い……」



 だが、場違いだ。本当なら当人がそれを行うべきだ。何よりも力量が不足しており、この演目には、相応しくない。早々に退場を願いたいものだとアンジュは思う。



「今の僕には恐らく、手加減が出来ない」



 その瞬間、アンジュの瞳が真紅に染まった。反射するのではなく、己の力のみで闇夜に二対の怪しげな赤い光が宿り、その全てを一心に刺客へと向けるアンジュ。その気迫と異様な光景を前にアンジュが無手であるのにも関わらず、刺客は、恐れ戦いて足をすくませる。



「っ! 化物め」



 まだ、敵意も向けていない。これでは、先が思いやられる。折角、本性の片鱗を見せたのにも関わらず、弱気になられては、此方が楽しめない。それだけではなく、圧倒的な実力の格差を理解していない事が、アンジュを落胆させた。刺客には、アンジュの周りに漂うおどろおどろしい気配を少しも感知出来ていない。



「そうさ、僕は化物だよ。僕は、君と別な次元に居る。君には見えないかもしれないけど、この身体に漲る『力』を知ったら膝から崩れ落ちるに違いない。唯一、僕を止められる者が居るとすれば、彼だけなんだ」



 まるで冥界から呼び起こされた幽鬼の如く、一歩一歩大地を踏みしめ、刺客へ近づいて行くアンジュ。昼の余韻さえも感じられなくなるほど心が凍てつき、刺客は恐怖で立ち竦む。その一歩、一歩が秒読みのようで確実な死が待ち受けている。そう錯覚させられてしまう。何をしても無意味で絶望的な無力感を痛感させられる。



「無自覚にも程がある。危機感がまるでないね……そもそも君は、戸口にも立っていない。招かれざる客人だ。先ずは、君の立ち位置と僕の立ち位置に天と地の差がある事を認識してから出直したまえ。もし僕の言葉が信じられず、このまま続けるなら……事と次第によっては、確実に君を亡き者にしてしまうだろう」



 己の拳だけでいとも容易く引き裂けるとアンジュは、豪語した。揺るぎない自信。放った言葉を現実にするだけの実力がある。刺客には、未来が予測出来た。特別な力などはない。アンジュから突き付けられただけだ。どれだけ剣を振っても傷一つ負わせる事無く、最後には奪われ、首を掻き切られる未来が。


「警告はした。引き返すなら今の内。簡単な話だ。互いにこの夜、出会った事は忘れよう。次に合間見える事があっても全くの他人だ。何も難しい事は無い」



 一足一刀の間合いまで近づいた所で立ち止まるアンジュ。此処が現世と冥土の境。



「それとも君は、その志に殉じるかい?」



「……覚悟はある」



「なるほど……」



 月明りに照らされて煌めく一閃。力み過ぎた振り下ろし。その一刀をアンジュは、一歩、右に避けただけで回避してしまう。空を斬り、地面に打ち付けられた剣。前のめりで剣に振り回され、無様に己の首を差し出してしまう刺客。



「っ!」



「うん? 何かしたかい?」



 涼しげな顔でアンジュは首を傾げる。方や刺客は思わず、息をのんでしまう。ぼんやりして手を止めている暇はない。何かせねば、無暗に剣を振り回し、アンジュへ斬りかかる刺客。力任せで重さでぶれる剣筋。速さにもキレが無い。これならば、力の入れどころと抜きどころをきちんと弁えた農民が正確に振るう鍬の方がまだマシだ。支点の腰が揺らぐから足の運びもよちよち歩き。それでは、直ぐに足元を掬われる。


 呆れた顔で最小限の動きですんなりと躱し、アンジュ。



「姿勢と足の運びが雑。後、体幹もこれじゃあ、とても合格点をあげられない。僕が足運びだけで難なく躱せるんだもん。さっさと切り替えて武器が駄目なら素手で関節取ったり、相手の脇腹とか、首筋を積極的に狙って行かないと。無駄に体力を使うだけ。基礎がなってない。本当に素人だなあ……さっき話をした以前の問題」



 単純に言えば、鉄の棒を振り回すだけ。だが、それが何よりも辛いのだ。己の一部として感覚を掴める程に振って体に叩き込まなければ、その重さに振り回されてしまう。ほぼ、無様に足掻く相手を傍観するだけで遊びにすらならない。酔いも覚めた。胸元から煙草を取り出し、火をつけるアンジュ。刺客は、大きく肩を上下させ、息が上がっている。



「これなら真っすぐ構えて駆け込んで刺した方が幾分かまだマシだね」



 何の為にこの時間を過ごしているのだろう。命を狙われている筈なのにいつの間にか、相手に助言を与え、指南してしまっていた。刺客にも意地があるのか、重たそうに剣を正眼に構えた。まだやるのかと、立ち昇る紫煙を眺めながらアンジュは肩を竦める。



「一番、良いのは不意打ちだけど……それは、最初から僕が封じたから愈々、手が無いぞ」



 ゆっくりと一度、大きく間合いを取って相手の出方を見て待ち構えるアンジュ。



「次は、どうするかね?」



 どれだけ回数を重ねても敵わないと悟った刺客は、剣を投げ捨て新たに腰から小刀を取り出す。ありきたりで期待外れな行動にアンジュは、溜息を一つ。もう少し粘るかと思ったのだが、何としてもアンジュへ一矢報いたいのだろう。だが、獲物を変えた所でアンジュは、一切動じない。怪我はないものの、体力をある程度、消耗している。だとすれば、狙いは一つ。刺傷を負わせて相手の動きを鈍くさせる手を考え付くだろう。若しくは、刺すだけでなく、闇雲に振り回して当たりさえすれば。



「剣がダメなら次は、小刀か……考えが甘いよ。僕も随分と見縊られたものだ」



 どんな手を使ってこようともアンジュには、勝算がある。案の定、相手は想定通りの行動を取った。煙草を投げ捨て足で火をもみ消すアンジュの下へ強く地面を蹴って間合いを詰め、手当たり次第に斬りかかって来たのだ。だが、アンジュは、一寸の狂いもなく、刀身の軌道を全て読み切ってみせる。



「どうだい? お手軽だろう? 軽くて取り回しが良い分、特別な技術がなくとも簡単に相手を傷つけられる。だが、近づきすぎれば――」



 次第に焦燥感が増して行く刺客。刃物に恐れず、安定して対処し、息一つ乱さない。普通の人間であれば、こうも上手く行かぬ。どれだけの死線を潜り抜けて来たのだろうか。力量の差だけではなく、圧倒的に経験値が足りない。

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