第傪章 『Peacefull Life』 7P
「うーん」
「私に言ってみなさい」とじれったいのでレザンはランディを急かす。
「ええ、レザンさん。何故か理由が分からないのですけど、奥方と御存命中にお会いたかったなと思ったので」
ランディは頭をかしげ、ただただ不思議な顔をして頭を掻いた。
ランディが放った言葉のどこかに、驚きを感じるものがあったようでレザンは息をのんだ。
それからまるで何かの苦難に耐えているかのように少し渋い顔をして痛むのか自然と右手で心臓がある部分の服を握り締める。
「どうも分からないな。はっ、レザンさんどうしました? 体調が優れないとか」
心配そうにランディがレザンの顔色を窺う。
「……いや、大丈夫だ。支障ない。それよりも私は気にせず、始めなさい。今日、綺麗にしないとお前の寝床はこの踊り場だぞ」
話をはぐらかすようにレザンは無理に笑い、ランディへ忠告をする。
「わっ、分かりました! とっとと終わらせます」
流石にまだ冬なので下が床の寝床は夜が辛い。ランディは焦るように作業を始めた。その様子を見てレザンは安心をしたように階段を下りていく。でもランディの視線の先は最後までレザンの背中にあった。
どちらも不器用な男だ。一言、聞けば。または隠し事話せば、楽になると言うのに。レザンは階段下の廊下まで来ると無言で額に手を当てる。ランディの前では取り繕えたが下まで来るのがやっとだった。顔は強張り、自然と手足が震える。
「はあ……」とレザンは息を漏らしながら店へと向かう。
「意外に響いてくるものだ。笑えんな」
レザンの背中は未だ、何も語ろうとはしない。
レザンがいなくなり一人になるとランディはまず、部屋を見渡す。ざっと見て、室内にある必要な物と必要ない物の比は三対七。
「よしっ、やるぞー」
気合いを入れるとまずは扉付近の物を引っ張り出した。壊れている物を適当に集めると外に出て裏口の隣に置いて行く。ほぼ木材のゴミなので、日を改めて森に捨てる。
「見慣れた物もあるけど、用途が分からない物があるな。興味深い、これ何かどうやって作ったんだろう」
寄木細工のような幾何学模様が入った箱を見つめ、不思議そうな顔でランディは言った。
部屋の中には壊れている物を含め、かなり古い道具や異国情緒溢れる調度品もあってランディにとって新しい発見があった。壊れていない物は雑巾で綺麗にした後、小さな物や雑貨なら不必要な物なので居間に、椅子や机などは一時的に客室へ持って行く。
「よいしょっと。ははっ、はくしゅん!」
床から舞う埃で思わずくしゃみが出た。これらの作業をランディが正午までやって大体、部屋の三分の二は自由に動けるようになった。物がなくなると、この部屋も客室ぐらいの広さはありそうだ。漸く視界も開けたので改めて見回すと天井の四隅に大きな蜘蛛の巣、床には大きな綿埃。まだまだやるべきことはある。幸い、大きな物は殆ど出入り口付近にしかなかった。後はベッドや大きい棚、机などだけ。これらはランディが使うことを想定してか、必要な物になっているので問題なかった。
「少しペースを上げてないと。踊り場は嫌だ……」
細々した物を丁寧に拭いて行き、置いてあった床を掃き、雑巾掛け。結局、この日は一日中、部屋の掃除に追われた。全部、終わったのは夕方頃。
窓から西日が差し込む時間帯、ランディは笑い、自分の仕事の成果を腰に手を当てながら見る。頬は黒く汚れ、服も全体的に埃っぽい。部屋は朝の状態から様変わりして小奇麗になった。
「終わったな。やるじゃないか、ランディ」
仕事が終わって様子を見に来たのか、階段を上って来たレザンが出来栄えを見て感心した。
「はい、ギリギリですけど終わりました」
窓から扉にいるレザンの方へと体を向けるとランディは鼻の下を指でこすり、自慢げに言った。
手が汚れで真っ黒になっているから鼻の下が髭の様になる。
「しかしランディ。今度はお前が悲惨なことになっているぞ」
服を指で指され、ランディが自分の姿を改めて見回す。
「布団は私がやっておくからお前は先に体を綺麗にしてきなさい。勿論『でも』はなしだ」
レザンは予め釘を刺し、ランディを部屋から追い出した。
「うう……分かりました、お願いします」
後ろ髪を引かれるもランディは渋々、自分の部屋から小さな踊り場に出る。
「後、これから夕食も作るから格好を綺麗にしたら用意もしておいてくれ」
「はい、今日の献立はどうしますか?」
「暖まりたいから何かのスープと野菜、パンだな。肉はやめだ、沢山食べると私の胃が凭れる」
レザンは自身の腹を擦り、深刻な顔をして言った。年に見合わず、あまり我儘や贅沢をしないレザン。どちらかと言えば、自分に合う分相応を分かっているらしい。
「またまた、お若いのにそんなこと言って」
ランディは両手を肩のあたりまで上げるとレザンの言葉を冗談だと否定する。
「こら、年寄りをからかうな」
部屋の扉から顔を出したレザンがランディを軽く叱った。
「近頃の若者は、無駄な世辞まで言うようになって……私がお前くらいの歳にはそんな世辞はしかなかったぞ」
「例えば、どのような感じですか?」
すかさず質問をするランディにレザンは渋い顔をしつつもまるで古い本を引っ張り出し、中身を紐解くように自身の若かりし頃を頭の中で思い起こすとゆっくり語り始めた。
「そうだな。先の会話を例に出すと私がお前の年頃なら目上に敬意を持つことも無く、笑って『耄碌した爺さんだからな、仕方がない』で終わる。お前みたいな言い方をする奴は貴族や資産階級なんかの子息や令嬢くらいだった」
「ははっ、随分な言い方ですね」
「だろう? その上、生意気に偉そうな口を叩くから始末におえん」
「やんちゃですね……でも、レザンさん。何と言われてもこれは変えられません。例え、大人ぶって捻くれた生意気に見えても心から思うから勿論、後々恥ずかしくなることもないです」
「お前は優しい環境で育ったのだな」
真面目な顔をして答えるランディにレザンが優しい目を向ける。
「……良い、悪いと一概に言えないが。私、個人の意見では素晴らしいと思う」
レザンは自分の部屋に向かい、布団やらを取り出しつつ、ランディを褒めた。
「レザンさんに言われると、それこそ照れちゃいますよ」
「ほら、無駄話もこれくらいにしてサッサと綺麗にして来なさい」
「はい」
レザンに気遣いを汲んで今度こそ、ランディは下に向かって歩みを進めていく。
「ただな、ランディ。その危うさはいつかお前を殺す……それだけは見過ごす訳にはいかない」
厳しい顔でレザンはランディに聞こえないよう小さく呟いた。
ランディの危うさは自己満足から来ている。自己満足は悪い意味で使われるが、必ずしも全てがマイナスになることはない。ランディのように他人のことを思いやることに納得出来る考え方を持つことは正しいだろう。だが出る杭は打たれるという言葉もあるように自分の信念を貫き通すことは自滅にも繋がる。ランディの危うさが今すぐに本性を現すということはないだろう。レザンは半分肩の力を抜きつつ、この日からランディの帰る場所としてまた、守る最後の砦としてあること決める。こうしてランディには名実共に『Chanter』で居場所が出来たのだ。




