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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅵ巻 第傪章 熒惑
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第傪章 熒惑 6P

 あと少しで正門まで辿り着く所で立ち止まって振り向きざまにランディを睨み付けるアンジュ。一気に二人の間で漂う空気が凍り付く。明確な敵意を前にランディは、にやりと笑う。遊びで手を抜かれては困る。これで本気が見える。もう、この取り留めもないやり取りに飽きて来た。良い頃合いだろう。今度は、ランディがアンジュを追い抜いて歩き始める。



「君は、理解しているかい? 僕とのすれ違いも」



「分かっているさ。だから喧嘩をしに来たんだ」



 相手の力は、未知数。救いがあるとすれば、此方の手の内もアンジュは知らない事だろうか。場合によっては、怪我だけで済まされない。体の震えを堪え、覚悟を決めるランディ。



「アンジュさん。貴方は……あまりにも自分を押し殺し過ぎている。その圧し潰された貴方の心を拾いに来た。他人から邪険に扱われるのは仕方がないけど、自分が自分を蔑ろにしてはいけないよ。もっと大切にしなくちゃ。そうじゃなきゃ……」



「余計なお世話だ……僕は……僕を蔑ろにしてない」



 精一杯の強がりだ。振り返れない。振り返ってはいけない。今のアンジュの顔を見てしまえば、決意が揺らぐ。恐らく、後ろのアンジュは、悲しげな表情を浮かべているのだろう。声から震えが伝わって来る。その顔を一目でも見てしまえば、全てを諦めてしまう。



「やっと……人らしい感情が表に出たね」



「君は一度、痛い目を見た方が良いね? 学ぶべきだ」



「なら、学ばせてみろよ」



 それから二人は、無言で歩き、その場所へ辿り着いた。目的地は、デカレ達が眠る墓所。其処がブランから与えられたランディの訓練場。此処は、何もなければ普段から誰も寄り付かない格好の場だとブランは、判断した。ランディにとっては、皮肉な話だが、同時に迷った時の指針にもなる救いの場だ。此処ならば、自分が間違える事はないと、胸を張れる。



「……」



「……かかってこい」



 程良く距離を置いて袋から剣を取り出し、鞘を腰のベルトへ固定し、剣を抜く。どちらもショートソード。形状は、似通っていた。手入れも行き届いており、太陽の光を受け、鈍い光を放っている。一つ、違いがあるとすれば鍔の個所に埋め込まれた石の色の違い。ランディが澄んだ蒼。一方、アンジュの石は、艶やかな紅。淀みはなく、奥底まで透けて見える程に研ぎ澄まされている。やんわりと剣を正眼で構えるランディとアンジュ。足を開いていつ何時でも動けるように備える。じりじりと地面を踏みしめ、ランディは相手の出方を見定める。アンジュは、ゆっくりと上体を前のめりにして隙を伺う。呼吸を深くしながらこめかみから顎へと伝わって流れる汗も気にせず、その時をじっと待つ二人。これまでの闘争とは、一線を画す重い空気が漂う。互いに一歩も動く事はない。小さな変化も逃さず、視覚と聴覚を研ぎ澄ます。勝負は、一瞬。気を抜けば、直ぐに結末を迎える。何よりも最初の踏み出す一歩が重い。その一歩が間違いならば、全てが終わるのだ。



「っ!」



「くっ!」



 息を合わせたように素早く距離を詰め、重い一撃が交差した。一歩も譲らず、鍔迫り合い。力は、拮抗している。どちらも地面をしっかりと踏みしめて譲る事無く、押し切ろうと躍起になった。恐らく実力にそれ程、差はない。手の内を明かす前事無く、一気にケリをつけたい。時間が経てば経つほど、体力を消耗し、泥沼化するのだから。一度、大きく後退し、更にもう一度、切り結ぶ。今度は、一歩分だけランディが前を取り、体勢が有利になる。このまま、押し切ろうとするランディに対し、アンジュは、力を抜いて剣をいなし、すぐさま構え直すと滑らかな中段横薙ぎを一つ。力み過ぎたが故に体勢を崩すもその流れを読んでいたかのようにランディも地面へ体を寄せてぎりぎりの所で躱す。



「っ!」



「甘いよ」



 ランディが立て直す前にアンジュは、追い打ちを掛け、鋭い連撃を繰り出す。頭上へ大きく振りかぶって打ち下ろし。寸でのところでランディが横に飛んで躱すも突きの乱舞が襲い掛かる。手数は、少ないながらも変則的に速度を変え、横薙ぎや振り下ろしを交え、攻め方も一定しないアンジュにランディは、判断に揺らぎが生じ、苦戦する。選択を誤れば、詰んでしまう。確実に致命傷となる一撃は避けるものの、腕や足の浅い切り傷が増えて行く。胴体中心の突きが不意に方向を変え、ランディの頭部へ迫る。顔を背け、避けた所で今度は、ランディが攻勢に出る。ガラ空きになった脇へ一閃。距離を取られて空を切るも恐れることなく前へ踏み込み、切り返してから渾身の振り下ろし。



「っ!」



「ふっ!」



 それすらもいなされるが、勢いをそのままにアンジュの剣の入り込む隙を与えず、肩から体当たり。受け止めるしかないアンジュは、軽く後ろへ押し飛ばされる。距離が空いても大きく息を吸い込んで息を止め、ランディは、アンジュへ呼吸を整える暇も与えず、猛進。先ほどよりも更に冴えた連撃を繰り出すランディ。呼吸を止めた分だけ、体の動作が落ち着き、ブレも最小限となる。おおまかな狙いしかつけず、一閃と突きの速度を速めるランディ。いなすか躱すしか出来ないアンジュの体にも細かな切り傷が増えて行く。だが、激しい動作により、貯め込んだ空気の消耗も激しく、少しずつ視界が歪んで酸欠を起こす。後一手で追い詰められる所でランディの限界が先に訪れる。弾かれる様に大きく距離を取る二人。アンジュも回避で思考を回転させるあまり、集中力が切れていた。



「はっはっはっ!」



「すっ―― はああああ」



 一度、熱くなった体と頭を落ち着かせ、次の出方を考えるランディとアンジュ。間合いと筋力は、ほぼ同格。瞬間的な猛攻と手数の多さは、ランディが圧倒する一方、要所で相手の力を利用し流れを変え、確実に相手の急所を狙う権謀術数の面では、アンジュが長けている。また、剣術に関して明確な優劣はない。知識と経験が全てで遊戯の様に双方公平で一定の順序があり、勝率を上げる効果的な戦略や切り札も存在しないのだから当然だ。結果が出てからその一手が決め手として客観的に判断されるのであって派手な最終奥義など、空想上の産物でしかない。削り合いや騙し合い、駆け引きを積み重ねが主体で先に心が折れ、思考が追い付かなかった方が負ける。それらを跳ね除ける術は、ただ一つ。武人が鍛錬を何よりも尊ぶのは、真髄が詰まっているからだ。



「お互い、苦手な相手だ」



「確かに……」



 面で攻めるランディと点で攻めるアンジュ。どちらも有利不利があり、ランディは、不用意に攻めれば、搦め手で足元を掬われる。一方、アンジュも火が付けば止まらないランディの勢いを崩さねば何れ、削り切られる。落ち着きを取り戻し、やっと次の手は決まった。次は、ランディの一手で始まる。剣を下段に構え、ゆっくりと歩き出したかと思えば、駆け寄り、一気に距離を縮め、切り上げ。アンジュは、一歩後退してゆらりと半身になり避けた。態勢が崩れたアンジュに対してそのまま、先ほどと同じように己の利点を生かし、勢いで押し切る戦法を選ぶかと思えば、違う。一歩下がり、今度は剣を体と垂直に構え、しっかりと狙いを定めてから一気にアンジュの首元へ差し向けた。的確な一撃をアンジュは、剣で弾き、いなす。大きく狙いが外れ、隙の出来たランディにアンジュは、素早く切りつける。今度は、アンジュが目にも止まらぬ速さで剣を乱舞させた。入れ替わるが如く、互いの戦法で戦う二人。出来ないのではない。やろうと思えば、難なくやってのける。



「っ!」

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