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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅵ巻 第傪章 熒惑
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第傪章 熒惑 4P



「此処か……」



 外に出ると、日は傾き始め、夕暮れに差し掛かっていた。詰所から出発し、ランディが向かったのは、町に二つある旅籠の内の一つ。大通りから少し外れた年季を感じさせる三階建てからなる石造りの建物だ。何処に泊っているかなどは、耳にしていたので分かっていた。早速、屋内に足を踏み入れ、顔見知りの主人に断りを入れてから二階の一室へ真っすぐ向かう。目的の場所は、此処だ。



「はあああ――」



 これからの事を考えると気が重い。企みが知れたら怒られるに違いない。もしかすると、それだけでは済まされない。これまでは例えるなら、湖の水際から泳いで遊ぶ二人を囃し立てるお遊びに過ぎなかった。これから先は、湖へ自らの身を投じ、泳ぐ二人を追いかけなければならない。一見、穏やかな水面。最初は、澄んで川底が見え、何処を歩けば良いか分かる。


 だが、少しずつ光が届かなくなり、しまいには、下を向いても深い青だけ。転がる石で足元がおぼつかない中、どんどんと深みへ踏み込んで行く。水温も冷たく、足の先から段々と感覚が奪われ、体が沈むにつれて水の抵抗で身動きも取りづらくなる。それでも歩き続けなければならない。何故なら泳ぎ方を知らないからだ。頭が沈んでも真っ暗の中、湖底を歩き、息が続かなければ、不器用に足掻いて呼吸をする。息継ぎをしながら綺麗に手足で水をいなして泳ぐ二人は、先へ先へと自分よりも早く進んで行く。何時、終わるかも分からぬ追い掛けっこだ。考えるだけでランディは、頭が痛くなった。



「どうぞー」



 ノックをすると、気の抜けた返事が中から聞こえて来た。扉を開けて室内へ入ると、机に向かって木を削る音を立てながら作業をするアンジュの姿があった。ランディも客室に入るのは、初めてで室内を見渡しながらアンジュの下へ。客室は、簡素で一部屋だけ。古ぼけた木目の壁と黒ずんだ床。家具は、寝台と一対になった机と椅子、クローゼットしかない。荷物は、クローゼットに仕舞い込んであるのか、私物は小物と窓際の壁に立て掛けられた長袋のみ。小さな小窓から差し込む陽光。その光を後ろで一纏めにした白い髪が反射する。その麗しさに心を奪われながらもランディは、気合を入れ直し、言葉を紡ぐ。



「突然の訪問で申し訳ない。アンジュさん」



「どうしたんだい? ランディ。そんな険しい顔で。何かあったかい?」



「いいえ、現状は何も……でも、気になる事があって来ました」



「そうかい? 用件を聞こうか?」



 手元の木材と小刀から視線を外し、ランディへ穏やかに微笑むアンジュ。まるで前々から約束していたかのように驚く事も無く、アンジュは、ランディの想定を予測していた。いや、感じ取っていたのだろう。だが。それも今更、関係ない。真相がどうであろうと、達せなければならない目的の前には、些細な出来事も霞む。ランディは、肩から掛けていた長袋を自分の前に掲げて見せた。これだけでアンジュには、全て伝わる筈だ。



「貴方なら聞かずとも分かるでしょ?」



「ははっ。中々、面白い事を言う。本気かい?」



「……ええ、本気です」



 徒ならぬランディの雰囲気にアンジュは、惚けることなく真摯に受け答えた。椅子をランディの方へ動かして窓辺の長袋を手元へ引き寄せ、杖の様に下方を床へ突き立て先端を両手に添えて身構えるアンジュ。ランディは、見極めに来た。アンジュと言う人物を。知るには、避けて通れない試練に挑もうとしている。



「どう言った風の吹き回しか……聞いても良いかな?」



「俺が貴方の事を知りたいからです」



「なるほど……」



 意思を組んでアンジュは、頷く。



「それならば、致し方がない。場所は?」



「案内します」



 準備が済むのを待ってからランディは、アンジュを連れ立って旅籠を後にした。ランディは、小道を縫うように歩き、町の正門を目指す。先行するランディの後ろで道中、手持ち無沙汰のアンジュは、何の気なしに世間話を始める。



「聞いたよ……君、自警団の団員なんだってね」



「はい」



「中々に重役を担っているじゃないか? 大丈夫かい。私闘なんぞ、ご法度だろう」



「これは、稽古です。実戦形式の」



「はたしてそれが言いワケになるかな?」



「なります」



 振り返る事無く、ランディは淡々と答える。これでも自分の立場が危ぶまれる可能性は、理解している心算だ。その危険性を加味しても得るものが大きいのであれば、迷う暇などない。もっと言えば、己の立場など、ランディにとっては些細な事としてしか捉えていない。使うものに使われてはならない。それもこの町で学んだ事だ。



「手解きは、誰から学んだんだい?」



「師匠から……地元の」



「ふーん。そうか、恵まれてるね」



「アンジュさんは?」



「僕? 僕は、ほぼ我流。触りだけ教わって後は、実践で鍛えた」



「薄々……そうじゃないかって予感は、あったよ」



「何か手掛かりでもあったかい?」



「常に相手の隙を伺い、油断がない。自然体に見えて何時でも臨戦態勢になれる身のこなし」



「よくもまあ、徹底して他人の事を観察しているね。それは、癖かい? 感心はするけど……そんな事をしていたら一生、モテないよ? 皆から気味悪がられる」



「親友からも同じ事を言われた。そんなにダメかな?」



 知りたいのならば、教えねばならない。探り合うように身の内を曝け出し、少しずつ距離を縮め、見極める材料を探すランディ。ランディの思惑を察したのか、アンジュはやんわりと拒絶した。安っぽい手が通用しないのであれば、別の手を。ランディは、思考を巡らせる。



「自分の事を知って貰いたい人には、良いけど。知られたくない人にとっては嫌だね。ましてや、勝手に知った気になってずかずかと踏み込んで話をされれば尚更だ」



「アンジュさんは、どっち?」



「僕かい? 僕は、天邪鬼なんだ。知って貰いたいけど、知られたくない。かと言っても隠したいほど、何かあるワケじゃないんだけどね」



「天候が変わりやすい……秋の空みたいだね」


 ランディが知りたいのは、アンジュの過去でも秘密でもない。それよりももっと根幹に存在する内面だ。考える原動、答えに至るまでの過程、何を思い、何を重視するのか。それを隠す事は、そう簡単ではない。実際に思い知らされた事だ。本来ならこんなじれったい会話は、ランディの得意とする事ではない。これまで直球でぶつかってきたから猶更だ。その歯痒さを胸元のポケットから取り出した煙草で誤魔化す。



「良い例えだと思うよ。でも正解じゃない。特定の何かだけでは収まらない。皆そうだ」



「確かに……俺もしょっちゅう、目移りしてしまうんだ」



「それは、止した方が良いかも。その内、痛い目見る」



「酸っぱい葡萄じゃないけど、取れそうにないモノほど、美味しそうに見えるもんだ。仕方がない。これは、純然たる男の性と言っても過言じゃない」



 咥え煙草で紫煙の立ち昇る視界。その煙を通して見えるものは何もない。寧ろ、混迷を極めるばかりで得るものは何もない。こんな時ほど、自分の無力さを痛感させられる。



「そこまで潔く開き直られると清々しさすら覚えてしまうね。一度、ぶん殴られた方が良い」



「それで治るなら」



「……絶対、治らないだろうね」



 振り返って一瞬、真面目な顔をした後、屈託ない笑いを漏らすランディ。釣られてアンジュも頬が緩み、一頻り二つの笑い声が小道に響く。



「ほんと、君と話をしていると飽きないよ」



「そう言って貰えると嬉しいなあ。でもこう言った会話は、同じ穴の貉にしか通用しない。アンジュさんだから楽しく出来るんだ。他の人ならそうならない」



 恐らく、ルーに話したのならば殴られるだろう。そんな予感がランディの脳裏に過った。

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