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Locus Episode2 Ⅰ〜Ⅷ  作者: K-9b
Ⅵ巻 第貳章 表裏一体
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第貳章 表裏一体 8P



 露天商での騒動の後、アンジュは、一人でとある場所まで向かっていた。三人と別れ、少々遠回りをした後、向かったのは礼拝堂。日の光を浴びて神々しさすら感じる礼拝堂の古びた木製の扉を開け、何食わぬ顔で堂内へと入って行く。ひんやりとして静まり返った中で目当ての人物が最前席に座っているのを見つけ、窓から差し込む陽光の薄明かりを頼りに軽い足音を鳴らしながら歩み寄って行く。



「やあ、フルール」



「随分と……遅かった。待ったわ」



 長椅子に座り、机の上でだらけていたのは、フルール。そもそもアンジュには、予定があった。フルールからの誘いが。普段身に着ける事のない灰色のシャツに黒のロングスカート姿には、何か意味があるのだろうか。その意味を考えながらアンジュは、ゆっくりとフルールの座る椅子の背凭れに手を掛け、声をかけるとフルールは、上体を起こして不満げな顔をアンジュへと向けた。アンジュは、不機嫌なフルールに笑い掛けながら隣に座る。



「ごめん、ごめん。君の思い人とばったり出くわしてしまってね。少し寄り道してた」



「そんな愉快な関係じゃない……」



「じゃあ、君たちの関係に相応しい表現は、何だって言うんだい? 僕には到底、思いつかないね。それに恐らく彼は、その心算で居るよ?」



「いいえ、違うわ。もっと聞くに堪えない……言葉で言い表せない醜いナニか」



 フルールの言葉から滲み出る感情は、嫌悪。まるで分っていないと鼻を鳴らす。されど、それだけではない。薄っすらと言葉から漂う寂しさの匂いがアンジュの鼻を擽る。



「そうかい……まあ、君たちは、それぞれが別方向に拗らせてるから分からないでもない」



「煩い――」



 どうせ言った所で認めやしない。いや、認めくとも認められないのだろう。アンジュは、早々に見切りをつけてフルールへ此処に呼びつけた理由を聞くことにした。



「それで僕を真昼間からこんな人気のない場所へ呼びつけてどんな了見だい?」



「分かってるんでしょ?」



 楽しい語り合いにならない事は、最初から分かっている。フルールは、アンジュに問い質したいのだ。何故、今一度この町へ戻って来たのか。その理由を。それだけではない。その理由が何であれこの町から立ち去るよう忠告をする為に。



「真意が分からないから聞いているんだ。勿論、僕は君との語らいが出来て嬉しいさ。でも君が町の風評を無視してまで僕と逢引きする理由が。下手をすれば、君の体裁を揺るがしかねない危うさを取ってまで行動を起こす必要があるかい?」



「知る必要があるから。何で貴方は……戻って来たの?」



「理由は、簡単さ。穏やかな町の光景をもう一度、目に焼き付けたかったからだ」



「厄介者扱いされてでも?」



「そんなのは何処も一緒さ。何処に居ようが変わらない。恐らく、僕にとっての安寧は、孤独にしかないのかもしれないね。残念ながら」



「その安寧を揺るがしてまでしたかった事がこれ?」



 冷たい追及が雨の様に次から次へとアンジュへ降り注ぐ。その雨は少しずつ心の温度を下げ、寒気すら感じるほどの冷徹さを備えていた。だが、アンジュもこんな状況は慣れているのか、平然とした表情で礼拝堂の壇上を眺めながらぽつりと呟く。そもそも取り返しのつかない間違いを犯し、信頼は地にまで落ちている。どれだけ言葉を重ねても贖罪や慰めにもならないのは、始めから分かりきっていた。



「もう一度、君の姿をこの目で見たかった……と言ったら君はどうする?」



「っ!」



 動揺し、返す言葉を失ったフルール。少し唇を噛みしめた後、肩を震わせる。それは、まぎれもなく憤怒だ。今度は、灼熱の感情がアンジュを襲う。



「勝手に出て行って今更、平気な顔してそんな事、言うの? どう言う感性してるワケ?」



「そんな顔しないでよ。別に僕は、君を困らせたい訳じゃないんだ」



「貴方の所為でとても迷惑を被ってる」



「それは、彼の所為であって僕の所為じゃない」



「貴方が来なければ……ランディもこんな事をしなかった。貴方が諸悪よ」



 全てが裏目に出る。空虚な天井を仰ぎ見てアンジュは、溜息を一つ。これほど、面白い道化など、他には存在しない。いや、道化は既に存在している。その道化は、此方の気持ちも顧みず、現在進行形で暴走している。その暴走で浮足立ち、手をこまねいた結果がこれだ。



「そんな事を口では言ってるけど、内心では吝かじゃないんだから面白い」



「何も分かってない癖してっ!」



「分かって居るから僕は、言っている。彼は、如何にか僕と君の仲を取り持とうとあんな下らない道化を演じている。それが君の為になると思って……いや、言い聞かせて」



 好い加減、答えの出ない問答にも飽きた。アンジュは形振り構わず、問い質す。



「君は、どうしたい? それが一番大事だ」



「……」



 じっとフルールの瞳を見つめ、答えを待つアンジュ。揺らぐ瞳が映すのは、困惑と諦観。少し二人の関係性に察しがつき、黙り込むフルールを見かねて更に話を続ける。



「少なくとも僕は、自分のしたかった事が出来て彼に感謝している。彼が僕と君の手を引いてくれなければ……成し得なかった。あの日から出来ていなかった贖罪を今、こうやって償えているのだから。ずっと止まって居た時がやっと動き出したんだ」



「こんな事が贖罪? 笑えない冗談は止めて」



「確かに……現状は、それ以前の段階かもしれない。でも彼が居なければ、僕は君を遠目から見つめる事しか出来なかった。こうやって会話を交わす事も無かっただろう。これから少しずつ埋め合わせが出来ればと願って止まない」



 アンジュからしてみれば、既に願いは叶っていた。恐らく、自分一人ならフルールの視界にも入らなかっただろう。鉄壁の拒絶で近寄る事さえ、出来なかった。それが今出来ているのは、ランディの功労によるものだ。



「だから君もしたい事をすれば良い。僕もランディ君も己が思うままにやっている」



 心の内に秘めた願いが分からなければ、何も始まらない。それにどういった経緯があったとしても。今、この場でその想いを詳らかにしたからと誰かから断罪されない。何れにせよ、アンジュは、自分に望まれている選択が欲しいのだ。それを持っているのは、たった一人。



「何も君が責任を取る必要何てない。委ねれば、最後に全ての責任を取るのは僕と彼だから」



「本気でそんな事を言ってる?」



 この期に及んで嘘や偽りを挟んでも仕方がない。話は簡単なのだから。



「本気さ。大真面目だよ。宛ら君の役名は――」



「二人の間で揺れて恋に焦がれるしょうもない女とでも言いたいの?」



「まあ、そんな所かな? それとも追われるより追う方がお好み?」



「生憎、そんなものにきょーみないわ」



「君は、根っからの女傑だからね。そう言うと思ってた」



 寧ろ、その役に徹してくれた方が幾分か楽だった。それならば、直ぐに諦めがつく。希望の余地があるから猶更、今の状況は質が悪い。太陽は、ぼんやりと何も考えず、地を照らすのみ。旅人の外套を脱がそうと必死なのは、北風だけ。されど、アンジュはその役割が楽しくて仕方がない。人の営みの中で己が生を感じられる事が嬉しいのだ。



「でも君には、抗えない。何故なら僕も僕で勝手に物語を紡ぐから」



「急に何を言って――」



 アンジュは、そう言うとフルールの頬にやんわりと手を添える。その眼力を前にフルールは、抗えなくなってしまう。フルールの瞳に映る己を見据えながら内心では、まだ自分もこんな事が出来るのかと驚きを覚えつつ、アンジュは甘い囁きを続ける。

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