第貳章 表裏一体 7P
「勿論、壊すのさ」
「せっかく、お金出して買ったのに? 変です。そんなの」
「縁起の悪いものだからね。他の迷信は、信じてないけど、これだけは、信じてる。真偽の程は別として目の前で知ってる人が変わって行くのをこの目で見たから」
「そうですか……」
「……何だか暗い話になってしまったから補足するけど、一概に何も悪い事ばかりが起きる訳じゃない。綺麗に色が染まった王国石は、人に幸運、いや徳を齎す事もある。故人の生き様に触れ、自身を顧みて立派な偉業を成し遂げた人も少なからず存在するんだ」
これが全てではない。とランディは、言う。人が持つ善悪の彼岸が表裏の様にこの石にも表が存在する。誰もが躊躇する荊の道を進んだ者に石は、必ず答えてくれると。何の気なしに涼しげな表情で建物間から覗く何処までも広い青空を見上げたランディに双子は、ぼんやりと見入ってしまう。未だ、謎の多い王国の石。文献もない時代から存在し、今もその存在を巡って論争が絶えない。どれだけ研究を重ねても見えて来ぬその何かに人々は、踊らされている。勿論、ランディもその内の一人だ。
「だから石は、俺達へ心の持ちようを説いてくれるんだ。全ては、表裏一体。人としての在り方へきちんと向き合って無い人は、この石を酷い色に染めて自分自身の意志にも悪い影響を与える。更に言えば、事情を知らずに受け継いで考えなしに持っていると、遺された思念に引っ張られてしまう。でもきちんと向き合っていたのなら石は、その心意気に必ず答えて唯一無二の輝きを放つし、人の志を高くしてくれる。そして志を持つ人は、そんな遺志の誘惑にも簡単に左右されない。例え、本来の意味を失ったとしても存在価値がある」
「何とも含蓄のある話だ……君の思慮深さには、お手上げだね。それをもっと前面に出せば、女の子の尻に敷かれる事もないだろうに……勿体ない」
折角の恰好をつける場面がアンジュの所為で全て台無しとなる。肩を落とすランディに追い打ちを掛けるようにわざとらしくその落ち切った肩を叩くアンジュ。
「そうそう。いつもふざけてばっかりでフラフラしてるから……ふだんからそう言うところ見せてれば、少しはふり向くシュクジョもいるのに。ほーんと、ざんねんだよね」
「わたしは、このけんにかんしてなにも言いません」
少しは良い所を見せようとすれば、直ぐにこれだ。不甲斐ない自分をランディは心底、呪う。空気にのまれていた双子も息を吹き返し、やいのやいのと言う。
「何でだろう……全く言い返せない」
「それは、身から出た錆って奴だね。フルールに振り回されてる様を僕ですら何度も見てる訳から。この子たちは、更にそう言った局面を目にしているだろう?」
「しごくまっとうなごいけんです」
「はいはい……」
まるで親から叱られた子供みたく小さくなったランディを見て流石にやり過ぎたと反省したヴェールは、そっと救いの手を差し伸べる。
「でも、けいもうって大事ですね。すばらしいです」
「無論、ランディ君の言葉には強い説得力があるよ。外の世界と人に触れて様々な経験し、見聞を広げたからこそ、一つ一つの言葉に重みがある」
「そうかな? いやあ、そう言われると照れるなあ――」
「ほめても良いことないよ? 二人とも」
先ほどの情けない姿が嘘のように調子に乗って開き直るランディを前に呆れ返るルージュは、わき腹に小さな拳を捻じ込む。諫められ、立つ瀬の無いランディを見てアンジュとヴェールは、笑った。弄ばれるランディの身からしてみれば、たまったものではない。
「飴と鞭って大事だよ? ルージュ嬢、厳しさばかりが全てじゃない。どんなにポンコツでも何かないと無気力になってもっとダメになるのさ」
「それさ、本人の前で言う? 幾ら何でも失礼じゃない?」
「こんな事くらいで凹むタマかい?」
「はいはい、おっしゃるとおりで御座いますとも」
「拗ねるな、拗ねるな。年上からのちょっとした洗礼だ」
大きな溜息をついて悔しさを滲ませるランディ。その隣でアンジュは、笑う。
「ちょっと年が上なだけでしょ?」
「背伸びしてると疲れるだろう? 偶には年相応の扱いを受けた方が休まるものもある」
「……そうだね。俺より少し年上の人は須く、駄目人間ばかり。ノアさんとかね」
だからせめても自分は、大人であろうと責任を負い過ぎていたのかもしれない。ランディは、これまで肩に重くのしかかっていた何かがすっと軽くなったような気がした。もっと年相応の振る舞いをしても良いのだろう。アンジュと言う存在は、ランディにとって自分を今一度見直す良い薬であるのかもしれない。
「ヤブ医者にきたいなんかしちゃダメだって」
「後、おとーさんもいっしょです。あんまりかかわっちゃダメですよ?」
「不良と同列扱いか……」
「そんなチンケなやからよりもずっとタチがわるいからけいこくしてるんだよ」
最早、何も言うまい。己の将来を心配され、自分の立ち位置が分からなくなるランディ。自分は、一体何処へ向かっているのだろうか。情けない心配をされぬよう顧みて進む道を見出す必要性が迫られているのだろう。だが、その判断に至る材料がまだ少ない。ぼんやりと考え事をしていると、不意にアンジュは手を叩いてランディを現実へ引き戻す。
「ははっ、君には如何やら立派なお目付け役が二人も居るみたいだね。僕みたいな根なし草は、君の今後に悪影響を与えてしまうからそろそろ、此処で失礼するよ。初仕事、お疲れ様」
「是非、店へ足を運んで下さい。お礼にお茶を。アンジュさんの話も聞きたいんだ」
「そんなたいそうな事してないんだけど……楽しみにしておくよ」
一足先に大通りへ辿り着き、別れを告げるアンジュの背を立ち止まって見送るランディと双子。最後まで余韻を残さず、爽やかな青年に双子は、それぞれ印象を語る。
「きいていたよりもふつーのヒトだったね」
「わたしもそう思う」
「だから言っただろう? 何処にでも居る遊子だって。噂は所詮、噂の域を超えないのさ」
「わたし、ウワサがしんじつにせまっていることだってあるのは、知ってるよ」
「どう言う事さ?」
「ジブンのむねに手をあてて考えてみて下さい」
「俺の事? そんな馬鹿な」
この期に及んでまだ何かあるのかとランディは、驚きを隠せない。全く関係のない話題から直ぐに自分の話題へと切り替わる謎の仕組みでもこの世界は、備わっているのではと疑いたくもなる。直近の出来事でそれほど、注意をされる事はなかった筈だ。いや、はたけば埃の出る身なのだから覚えがないだけだろう。
「ランディさんにだってウワサの一つや二つあるんだから」
「それもとびっきりのしょーもないやつです」
「えっ……それは、心外だなあ。因みにどんな噂?」
「言いません」
「そんな事言わないでさあ―― 教えてよ。お願い」
「ダメです」
おどけて問うてみても双子は、首を横に振るばかり。これ以上、何を聞いても引き出せない。ランディは、双子へ微笑みかける。そして同時に己へも言い聞かせる。
「まあね。少なくともだよ。俺が居る限り、この町で誰も詰まんない悪さなんてさせてやらない。何が何でも止めてみせる。約束するよ。絶対に」
ランディは、揺るぎない意志をその瞳に宿し、歩き出した。その後を追って双子も続く。
「それって何かズルい」
「むむむ……」
「何が狡いのさ? 偶に二人とも訳分からない事を言うよね?」
「ワケが分からないのはランディさんの方です」
「ほんとにむじかくでやってるならそうとうあたま、おかしい」
そう言うと小走りで『Pissenlit』の方向へ駆け出して行くルージュとベール。
「待ってよ。二人とも」
今度は、双子の後を追ってランディが駆け出して行く。何が正解かなど、誰にも分からない。されど、続く今がある限りそれは、正しい解として成り立っているのだろう。




