第貳章 表裏一体 6P
「……後出しにもほどがある」
「それならそうとさいしょから言って下さいっ! もしかしたらレザンさんにこっぴどくおこられるんじゃないかって……わたし、ヒヤヒヤしました」
「ははっ。ごめん、ごめん」
少なくともレザンは、ランディを必要以上に買い被りもしないし、過小な評価もしない。ぎりぎりの塩梅を考え、課題をきっちり与えている。ランディは、それに答えるだけだ。
ほっと胸を撫でおろす双子にランディは、一杯食わせてやったと笑う。最初から全て打ち明けてしまえば、詰まらなかっただろう。連れ出したからには、期待に応える必要がある。
接待で双子を満足させる事は、難しくとも多少臨場感のある見世物で誤魔化せるだろう。
ランディの追加で立てた目標は、難なく達成された。少々、予定外の出来事もあったがこれで胸を張って帰る事が出来る。
「えっ? ……どう言った話か、僕には皆目、見当もつかないのだけど」
事情を知らず、首を傾げたアンジュは、ランディへ説明を求めた。
「ああ、アンジュさんには言って無かったね。申し訳ない。今日は、買い付けの初仕事だったんだ。客や商人相手の簡単な商談には、何度か見学で参加させて貰った事があったんだけど、一人だけでやるのは、経験がなくて不慣れな仕事だから大金が絡まない簡単なのを店主のレザンさんから選んで貰ったんだ。もとより厄介な相手だってのは、知っててね。だから今回は、大怪我をする前に適当な取引をして切り上げるよう仰せつかっていた訳さ」
「なるほど、それなら合点が行く」
それから拗ねる双子の頭を乱雑に撫でつつランディは、アンジュへ双子の紹介をする。
「それで今日は丁度、この子たちが店を訪ねて来てくれたから連れて来た訳なんだけど……紹介、必要かな? 恐らく、互いに名前だけは、知ってそうな気がするけど」
「きちんとした面識はないかな? でも確か一度、何かの催事で遠目から見た事はある。ルージュ嬢とヴェール嬢でお間違いないかな? 町長ブラン氏のご息女だった筈」
「そう、正解」
「二人は?」
「アンジュさん……でしたよね」
「おうわさではかねがね……」
「ルージュっ!」
二度目の紹介によって注目の的となり、委縮してランディの背後に隠れる双子。恐る恐るアンジュを見上げ、か細い声で挨拶をする二人。遠慮なく、嫌味を言ってのけたルージュにヴェールは、慌てて窘める。真偽のほどはどうであれ、今のアンジュに噂を跳ね退ける信頼関係も力もない。だからアンジュは、情けない己を自嘲して笑う。
「ははっ。ヴェール嬢。おきづか
いどうも。でも、ルージュ嬢の言う通り。僕の周りでは、胡散臭い噂が絶えない。本質がどうであろうとも怪しい人物だと認識されても致し方がない。でもさして害は、ないので程良いお付き合いを」
あくまでも実害はないと双子へ説明し、頭を下げて紳士らしい振る舞いをするアンジュ。自分の時よりも人見知りをしなくなった。ランディは、数か月前の自分とアンジュを重ねる。
「……どうぞ宜しく」
「二人共、そんなあからさまに警戒しない。何だか、アンジュさんが以前来た時は、ひと悶着あったらしいけど……この場は、俺の顔を立てて人の見る目を信用してよ」
「ランディさんがそう言うなら――」
「むっ……それ、やっちゃいけないズルいやつだ」
ずっと己の背に隠れされるのも無礼だ。ランディは、双子の背に手を回してそっと後押しを一つ。幾分か緊張が和らぎ、肩の力が抜ける双子とは、逆に無条件で自身に信頼を寄せるランディへアンジュは、懐疑心を覚える。如何に良好な関係性があったとしてもまだ、会って日が浅い。不用心にも程があるのだ。
「随分と君は、安請け合いするね。言っても僕ら、出会って間もないだろう」
「逆に聞くけど、この町で何かする心算があるのかい?」
「無いけどさ。でも君だって幾つか僕の薄暗い噂を聞いてない?」
「そんなのどうでも良い。俺の目に映る実際の出来事が全てさ」
「格好つけるのも大概にしときな」
「まあ、何かあったら大抵の事は、自分の力で何とか出来る自負がある」
「そうかい、そうかい。ほんと、君って奴は……」
例え騙されても何という事はない。確かめるには、飛び込むしかない。そもそも信じなければ、正誤も分からない。だからランディは、後始末も含めて責任の取れる自身でありたい。それを想いだけでなく、行動でも示しているのだ。何時までもあやふやな話をしていても詰まらない。ランディは、先ほど手に入れた石をポケットから取り出した。
「それよりも助かったよ、アンジュさん。危うく余計な出費が嵩む所だった」
「あの行商が僕の好い加減な嘘にまんまと引っ掛かっただけさ。礼を言われる程じゃない。困って居たらお互い様。それよりもそれ、そんなに価値があるのかい?」
「そんな赤黒い石が? にごってってきれいじゃない」
「……宝石ではないですよね?」
「うーん。ぶっちゃけ価値は、殆どないんだ。でも厄介な事、この上ない」
三人の興味は、一気にランディの手元にある石に注がれる。特に双子は、いっそうのこと、気になっていた。ランディは、これ程まで小指の先ほども物欲を見せてこなかった。普段の生活では、垣間見る事ないランディを駆り立てた理由が知りたかったのだ。
「結果的に騙したみたいな感じで心苦しいけど。あのまま、あの人がこれを持ってても絶対に良くない事が起こりそうだったから……」
「ふーん。で、その石はなに?」
苦々しく石を見つめるランディの横でルージュは問う。恐らく、この場で誤魔化しても双子は許してくれない。話をするか少し葛藤した後、ランディは重々しく口を開く。
「これは……王国石。見間違う事何て絶対無い」
「えっ! それが? あれってとうめいな石じゃないの?」
「うん。それが普通。でも一つだけ、例外があるんだ。誰か個人がずっとその石を肌身離さず持ち続けると石は、その人の意思や考え、記憶を色にして全体に映し出す。そして、その色に染まったら他の人の手に渡っても一生、変わらない。不思議でしょ?」
「へえ……」
「そうなんだ」
「なるほど……」
石を見つめるその瞳からは、感情が伺い知れない。されど、思い入れは人一倍強いのだろう。何故、エランから是が非でも回収したかったのか。ランディは、事情を語る。
「でだ、本来なら色を染めるだけで何も害を及ぼさないんだけど……持ち主の死後、遺品として世に出回ったりすると買ったり、譲り受けたりした人が時折、その石に引っ張られて悪さしちゃうんだ。後は、不慮の事故や事件に巻き込まれて亡くなったりとかも稀に……何故か仕組みは分からないけど、縁起の良くないものとかあるでしょ? 呪いの宝石やら家具、装飾品とかそう言う類いのもの。大体は、王国石本体か、石の欠片が仕込まれてたりする」
日陰とは言え、熱を帯びた風が吹き抜けるにも関わらず、妙な寒気が辺りを漂う。まるでランディの言葉へ呼応するかのように禍々しい気配が石から漏れ出している。そんな感覚を覚えさせるほど、その石の存在感は、強かった。
「迷信に近いけど古物商とか、その道に精通している人達は、口を揃えて言うよ。刻み込まれた遺志に魅入られてしまうのではないか……ってね。まあ……こんな風に変色したら本来の用途には使えない。価値なんて最早、石ころ同然さ」
ランディは、石をまたポケットに仕舞う。そんないわくつきの代物を手にして何をする心算か。更に双子の謎は、深まる。持っていても不幸を呼ぶものなど、誰も欲しがらない。それを敢えて手に入れる必要性が皆目見当もつかない。
「どうするんですか? それ」




