第貳章 表裏一体 5P
想像通りのあからさまな展開で思わず目頭を押さえたくなるランディ。心の内に湧き上がる呆れをぐっと抑え、堪える。顎に手を当て購入を検討する素振りをして別の考え事をランディは、始める。他のものならば只の石ころにしか見えない。だが、ランディには、別のナニカが見えていた。そしてその感覚は、先ほどからずっと警鐘を鳴らしている。決して此処にあってはならぬ代物であると。
「ランディさん、ダメです。高すぎます!」
「あからさまにぼったくってる。あんな石、そこらへんにいっぱいころがってるよ」
ランディの心中では葛藤があった。耳元で騒ぐ双子を無視して何としてでも手に入れなければならない。恐らく、エランはこの石が持つ価値を知らない。その負の意味を。
「……とても興味深い。どちらで入手されたのですか?」
「ああ……この町へ訪れる前に寄った市場の古物商からです」
「いやはや、個人的にはとても魅了的ですが……流石に手が出せませんね」
「ならば、八十五枚で如何でしょう?」
「ああ、それは……ふむ――」
自分の想定とは、逆に話が勝手に進んで行く。ランディは、珍しく怯えていた。この石が齎す災厄に。もし、この町の住人が興味本位で購入すれば。若しくは、他の町で誰かがこの石を手にしてしまったら。その先が簡単に想像出来るほど、ランディは知っている。八方塞がりで考えに考えあぐねている所で唐突にそれは、都合よく現れてくれた。
「やあ、ランディ君。どうしたんだい? 何かお困り事かい?」
「っ!」
声を掛けられるまで気づかなかった。それだけ自分が油断をしていたのか、それとも声を掛けて来た人物が敢えて気づかせなかったのか。どちらにせよ、既に現実として事象が存在している事を受け入れねばならない。
「ああ、アンジュさん。どうも、どうも。いやね、買い付けをしているんだけど……」
声を掛けて来たのは、大きな背嚢を背負ったアンジュだった。変わらず、夏の陽気を背に爽やかさを演出するアンジュへ商談の過程でエランが所有する石が話題となった所まで簡単に説明するランディ。説明を耳にしているうちにアンジュも珍しくランディが執着する石が気になった様子でじっと眺めながらエランへ話しかける。
「……ふむ、御仁。少しその石を見せて頂いても?」
「何だ、急に。詰まらん難癖でも付ける心算か? 買い叩こう何て考えは、止めとくんだ」
溌溂とした声で茶々を入れて来たアンジュへ最初からあからさまに警戒するエラン。取引をしたばかりのランディが骨董品に疎いのを知っているからこそ、そんな素振りは微塵も見せなかったが、妙に場慣れしたアンジュから何かが違うと感じたのだろう。
「いや、そうじゃないんです。近くの大きな街でとある富豪の邸宅に空き巣が入ったらしいんですよ。その際、幾つか貴金属類を盗まれたそうなのですが……その御主人が盗まれたと言う品の中で金目の物ではないけれど類似したものがあったので……若しかしたらと」
何処にでもあるような話。と片付けてしまえば、何という事はない。されど、アンジュの声には力があった。それからアンジュは、詳しく顛末を語って見せる。普段から恨まれていた被害者の素性。犯行の手口。盗難された金品が何処に流れたかと言う目星まで。極めつけに持っていた背嚢から手配書を取り出してエランに手渡す。
「うっ、うちは、断じて盗品を扱ったりなどしていないっ!」
渡された手配書を目にしてエランは、目を大きく見開き、そのまま直ぐに突き返す。
「勿論、勿論。でも盗人は、盗品を盗品と言って売りませんからね。見れば、見る程、絵に酷似している……もしかするとそれ、持ってるとしょっ引かれるかもしれませんね」
「……っ!」
心当たりがあるのか。怒りと動揺の混じった顔でエランは、アンジュに食って掛かる。恐らく、エランもつかまされた側なのは、間違いない。商いをする上では、どうしても素性の怪しい人物とも繋がりが出来てしまう。そのうちの一人から手に入れたものなのだろう。ひとしきり、声を荒げてアンジュへ悪態をついた後、ぜいぜいと肩で息をしながら唖然としたランディ達を視界の隅に捉え、落ち着きを取り戻す。
「……分かりました。あらぬ誤解で私も捕まりたくはない。何事もなく、穏便にお返しして頂けるのならこのお値段でお譲りしますよ。無論、私が関わって居た事は……内密に」
「良いんですか?」
「私も出所が怪しいものだったのでもしやと思っていたのですが……まさかのまさかです。取引の相手が購入すれば、他の商品を安くすると言って来たので」
「なるほど、訳ありならば仕方がないですね。幸い、これは高価な貴金属ではないので大戸とにはならないでしょう。これは、責任を持って私が然るべき対処を致します。ご安心を」
「頼みますぞ、ランディ殿」
結果としてエランは、雀の涙ほどの金額を提示して来た。敢えてランディへ提案したのは、素性の分からぬアンジュよりも身元が明白で後ろ盾があり、堅実性がものを言ったのだろう。その金額に納得し、ランディは首を縦に振る。商品と件の石は、別で支払い、取引の契約書と領収書を受け取るランディ。それから商品に関しては、後ほど届けて貰う手筈をつけ、本日最大の仕事は、無事終わった。
「では、これで」
「代金、確かに頂戴しました。今後も宜しくどうぞ」
「はい、宜しくお願い致します」
軽く挨拶を交わしてから露天通りを後にする四人。疲れを滲ませ、肩を叩くランディと普段、触れることのなかった出来事に興奮冷めやらぬ双子。そして笑顔の絶えないアンジュ。
特に双子は、早く聞きたい事があるのか、先ほどから忙しなくランディへ目くばせする。
大通りへ出る為に静かな小道へ入った所で質問の嵐が始まった。
「それで結果は?」
「上々かな? 少なくとも合格点は、取れたと思う」
ルージュは、目を輝かせながら問う。ランディは、手に持った契約書を確認しながらさらりと結果の報告をする。特に問題点もなく、此方の要求は、きちんと達成されており、それで十分だと言うランディへヴェールは、首を傾げて不思議そうな顔をする。
「おね引き、あんまり出来ませんでしたよ?」
「見てたかぎりりさっきの様子だと……ランディさん、ぼったくられたんじゃない?」
商いに精通していない双子ですら劣勢に見えた。終始、しかめっ面で紙と睨めっこのランディと余裕たっぷりで対応するエラン。誰がどう見ても明らかだ。どれだけ提案を並べ立てても風に揺らぐ柳の様にかわされ、時折、エランから提示されたちょっとした譲歩で納得していた。それは、仕方がない。ランディですら素人に毛が一本生えた程度の知識しか持ち合わせていないのだから。それを踏まえてレザンは、保険で目標をもう一つ設定していた。寧ろ、ランディはその目標が達成できればそれで良かったのだ。
「ああ。それは、どうでも良いんだ。本丸の目標は、達成したから」
「どう言うこと?」
「最初から予算が決まってたんだ。一ルボロと半分から二ルボロ以内で済ませろってもう一つの御達し。値切りはもう少し頑張りたかったけど、やっぱり難しかったね。もっと勉強しないと。レザンさんと相談して買い取った商品は、きちんとうちの定価で売る手筈さ。儲けは、ほんとに少ないけど、長い目で見たら微々たるもん。今回は、相手も油断して変なもの押し付けて来なかったから助かったよ。売り切れる自信のある商品しか買ってないから不良在庫……つまりは、売れ残って邪魔になるものは何もない」




