第貳章 表裏一体 1P
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「あつい……」
「だるーい」
「何を言っているんだい? 二人とも。これこそが夏だよ、夏っ! 雲一つない大空と言うこれ以上にない大舞台で太陽が燦々と輝き、熱気も漲って生き物もその輝きと熱を一身に浴びて喜んでいる。最高じゃないか? 寧ろ、子供の頃からそれじゃあ、先が思いやられる」
「そう言うランディさんこそ、足を入れてるそれは、ナニ?」
「これ? これは、何の変哲もない何処にでもあるただの桶と冷たいお水」
何も日常が毎度の様に波乱と混沌に満ち満ちたものではない。こんな風に気だるさを伴う穏やかな場面も往々にして存在する。ルーとの話し合いから二、三日経ってランディがいるのは相も変わらず、薄暗くて埃臭い『Pissenlit』の店内。会計用で使う机の上で蕩ける双子をしり目にランディは、物書きに勤しんでいた。額に汗を滲ませ、暑さに文句を垂れるルージュとヴェールを前に涼しげな顔のランディ。双子とランディの間に存在する格差は、足元に存在した。木桶に入っているのは、澄んだ水。暑さ対策で最近のランディは動かない仕事をしている時は、いつもこうだ。日中の屋内でさえ、暑さにやられる陽気なので致し方がない。されど、双子の足元には、それがないから不満が湧き出るのは、必然。
「なら、そんな机でいたずら書きしてないでちょっと立ってシゴトして来なよ? その間。わたしたちがそれ、きちんとせきにんもってソレ。見はっててあげるから」
「生憎だけど、間に合ってる。今は、書き物で忙しいんだ」
「一番、あつさから目をそむけるきたない大人だっ!」
「はいはい、そうです。汚い大人です」
「はあ……」
甲高い声で散々、不平不満をぶつけられたランディ。根負けして新たに水を張った桶二つと飲み物を持って来る。この気候でもしっかりと身嗜みに気をつかう事を忘れない双子。春と違い、袖の短いドレスやシャツを身に纏っているものの、生地の厚さは、それほど変わらない。町長の息女と言う肩書があるので年端もゆかぬ少女でも周りが許さない。毎日、甲斐甲斐しく敏腕執事が手を抜かず、用意しているのだろう。その尽力を目にすれば、二人も無碍には出来ない。それぞれ、靴を脱ぎ散らかし、ゆっくりと冷えた水に足をつけた所でやっと店内は、静けさを取り戻した。
「それにしても今日はどう言ったご用件かな? また、相談事かい」
「もしかして何かないと来ないと思ってる?」
「何もなくても来る時、あります」
「いやね……概ね、俺を訪ねて来る人と言ったらそう言う手合いしかいないから。この前もルーが来たと思えば、そう言う案件だったし。だから自然とね」
自分に来客となれば、面倒事。自然とその一言が脳裏に過り、手を止めて双子をゆっくりと見据え、ランディは肩を竦める。あからさまな態度で又もや双子の顰蹙を買うランディ。されど、身構えてしまう理由の一端を説明すれば、二人も納得して頷く。
「そうですね。ランディさん、この前もわたわたして結果、ねこんでましたし」
「そうなんだよ。ほんと、モテる男って辛い」
「もててない、もててない。さちうすいだけ」
「正確な指摘は、やめておくれよ……これでも自覚はあるんだ」
決して心が折れぬよう前向きに捉えても限界がある。年端もゆかぬ少女たちに現実をまざまざと見せつけられ、ランディは落ち込む。そんなランディに対して興味が絶えない双子は、昨今の出来事に対しても興味津々。何やらじれったい企み事をちまちまと遂行していれば、自然と目にも止まる。ましてや、普段なら絶対にしない行動であれば猶更だ。
「それでっ! こんどは、何してるの?」
「何って何さ? もう普段通りだよ。暫くは無茶をしないって決めたんだ。この前の件で色んな人にこれでもかって程、こっぴどく注意されたし」
「うそです。また、何かしようとしてます」
「みえみえだよ。ランディさんのまわりがさわがしいもの」
図らずとも息を合わせて矢継ぎ早に飛び交う詰問。じっくりと追い詰められ、ランディは対応に困る。こうも賢しく立ち回りをされれば、答えも限られて来る。子供と言う何よりも強い武器を使われては、無暗にぴしゃりと跳ね退ける事も出来ない。
「ルジュ、それはちがう。せいかくには、ランディさんがさわがしいよ」
「俺が騒がしい? 何かの勘違いだよ。騒動が起こって多少の手助けをする事があっても俺が問題の種になる事は、ないね。あくまでも俺は、巻き込まれる側」
企み事をしている者に限って饒舌に喋る。手元に視線を戻しながら卒なく答え、ちっぽけな威信を保とうとするランディ。だが、双子の猛追は留まる事を知らない。ランディも薄々、勘づいているが、何か確証があるから問い詰めて来るのだ。
「なら……フルールねえとさいきんのあれは何ですか?」
「そんなに……変かな? 別に前と変わらないけど。そう言えば、ルーにも指摘されたなあ」
「ぜったいにヘンです。だってこれまで誰にもベタベタする事なかったんですよ」
「ベタベタって……言い方」
「それ以外にないんだもの……しかたないです」
「まあ……あれだよ。ランディさんは、何か考えがあってのことなんだろうけど、あんまりにもふしぜん過ぎてわたしたち、しんぱいしてるんだ」
あくまでも徹底して白を切るランディに痺れを切らしたヴェールは、食い下がる。普段なら聞き分けの良いヴェールが熱くなっている状況にランディは、目を丸くする。雲行きが怪しくなって来た事を察したルージュがそれとなく助け舟を出して来なければ、事態の収拾に少し手間取っただろう。
「申し訳ない。そう思わせているなら俺の失態だね。でも安心して。俺が変わる事は無いから。全部、いつも通り。町も穏やかで何一つ変わらない。それは、絶対だ」
何もないように見えて不穏な影をランディから感じ取ったのだろう。ゆったりと余裕をもって。甘ったるい無邪気な微笑みを浮かべ、瞳の光を絶やさず。嘘はつかず、本当の事も言わない。己が嘘をつけない事は、自分が一番、分かっている。全てが不確定の今ならば、本当にすれば良い。それは、単なる虚勢だ。だが、それで目の前の風景が穏やかなものとなるのなら幾らでも張ろう。目を覆いたくなる様な風景など、絶対に見せてはならない。
「……ランディさんがそう言うなら」
「ベル、ダメだね。もう、どうしようもない。そうやってあの目とコトバにダマされてコロッと信じちゃあ、先が思いやられるよ。しょうらい、トンデモナイダメおとこに引っかかる」
「うるっさい!」
ぼんやりとした表情で呆気なくランディにほだされて納得するヴェール。されど、もう一人は、あからさまに納得の行かない様子。智に働けば、角が立つ。情に掉させれば、流される。人の世の中とは、誠に厄介な事、この上ない。次は、ルージュの番だ。どうしたものかと首を傾げながらランディは、ルージュに問う。
「はあ……なら、俺はどう釈明すれば良いかな?」
「えんりょせずにきくけど。ランディさんは、フルールねえの事をどうおもってるの?」
「掛け替えのない友さ。君だって友達に対して垣根何て無いだろう? 俺は今まで友達なのに踏み込まないで居たから―― 少しその距離を縮めただけさ」
「そうね、そうかも。でも、わたしなら友達に対してあんな目しない」
「……どんな? と聞くのは野暮かな?」
「しかたがない。今日は、トクベツね? 見守るような目。後、少しさびしさとキタイ? せなかを押すようなかんじ。わたしは、友達にそんな目しない」




