第壹章 見るに堪えぬマリオネット 10P
其処まで言うのならば。ルーは、その本質を素直に疑問としてぶつける。何がシトロンを焚きつけるのか。それがルーは、知りたいのだ。
「そうね……馬鹿正直な所、ほんとズルいと思う。下らない事言って煙に巻こうとする事も……時々、何だか知らないけど、胸に刺さる。甘え下手な所も。寂しいのに我慢する所、人を笑顔にさせたいとか、ほんとにちっぽけな動機で大きな事もやろうとする。後は……」
目を瞑りながら一つ一つ言葉を重ねて行くシトロン。それは、ルーの想定したちっぽけな理由とは別の次元にあった。恐らく、きっかけは些細なもの。されど、その些細なものが積み重なって大きくなって今がある。その積み重なって出来た想いは、誰も否定出来ない。
「後は……ずっと見ていたら目を離せなくなる所。ほんとは、まだ何にも深い所をお互い知らないわ。でも知りたくなる。私の事も知って欲しくなる」
「ああっ―― もう分かった。君の考えは、十分に理解した」
薄々、勘づいていた。既に自分が止められる段階では無い事に。その先に何が待ち受けていようと、晴れやかに笑う目の前のシトロンに対してルーは、降参する。
「でもね、まだこの何かに名前はつかない。だって……私にだってこれが何かほんとに分からないんだもの。もしかしたら勘違いかもしれないから。でも、これが何か知りたいの。だからその為に何度でも試してる。そしてそれが本物であって欲しいとも思ってるわ」
「分かった、分かった。既に僕が手を出す状況では無かったって事だね。君の覚悟は嫌って程、伝わったよ。その先にどんな事があろうと君は……」
「そう、だからどんな結果だろうと受け止めるもの」
「ランディも本当に馬鹿だなあ……」
その言葉の意味は、様々な要素が含まれていて複雑だった。
「私も大概。馬鹿なのは、理解してるわ……まあ、賢しい振りしてる奴よりはマシよ」
「耳が痛いね」
「あんたのそれは、根が深いから。まだ未練が断ち切れていないからでしょ?」
「それは言わないでくれよ。僕だって重々承知してる」
誰しも賢く人の生を生きる事など出来ない。不器用に世界と言う大海原で泳いでいる。その泳いでいる途中で何か強い想いを見出すのだ。人は、その心情に従って生きている。それは、ルーも同じ。淡い期待をルーは、心に秘めている。自分では、届かないその先に。もしかすると手が届くかもしれない。ルーは、それが出来る唯一の存在だと思っている。
「少なくとももう手遅れよ。ランディが居る限りは……」
「そうだね。でもアイツも人様の気も知らないでまた馬鹿げた事を考えているんだ」
「知ってるわ。また、来ちゃったからでしょ? あの人が」
「うん、賢くない癖に画策してるからしょうもない道化だよ」
「私は、面白くもなんともない。寧ろ……」
「不愉快かい?」
「……」
何をしようと自由。されど、それを見る側がどう捉えるかも自由。それを自覚しているにも関わらず、周りを顧みないランディの姿勢に二人は、憤りを感じる。自然と足を揺らし、苛立ちを隠しきれないシトロン。その様を見てルーは、大きな溜息を一つ。
「分かるよ。他人からどう言う風に見えているか分かってないんだ。許してやって」
「気持ちは分かるわ。でもそれは違うのよ。自分を蔑ろにしてまでやる事じゃない」
「君としては、もっと大切にして欲しいよね」
「其処まで言って無い……」
「でも嫌何だろう? 仮に君がフルールの立場ならどう思う?」
「もっとイヤ……善意だろうと何だろうと厄介者みたいに」
「押し付けるとか、其処までは流石に思ってないだろうけど。事が上手く運べば、自分はお役御免くらいには……だろうね。まったくもって考えが甘いよ」
シトロンの考えを踏まえ、ルーに新たな疑問が生まれた。それは、このまま上手く事が運べば、シトロンの思うが侭に出来る状況になるのだ。それは、彼女とっても悪くない話の筈。
寧ろ、歓迎すべきなのに不機嫌な顔をしている意味が分からない。
「でも君は、その方が好都合だろう? だって誰を気にするでもなく思うが儘に出来る」
「あんな姿、見せられてるのが腹立つ……例え、本心でないとしても……あれじゃあまるで」
「僕らみたいに実情が分かってるなら良いけど、知らない人にとっては、ランディが本腰を入れてると捉えられても致し方ないね」
「周りがどう思ってようと関係ない……」
「ああ……寧ろ、あのだらしない姿を見せられる方が嫌なのか。君も相当、アレだね」
「……」
分かっているなら言うなと無言で睨みつけるシトロン。素直に疑問をぶつけてみれば、想像以上の答えが飛び出て苦笑いを禁じ得ない。この問題の根は、ルーの思った以上に深い。
「ましてや、普段からあんな擦り寄る素振り、一つも見せないから余計際立つワケだ」
「いっつも格好つけてばっか……」
「そう言う生き物なんだよ。情けない背中を見せたくないものなんだ。特に妙齢の女性の前では。少なくとも何も意図が無ければ、そうはしない。実際、僕もそうだし」
「……馬鹿ばっか」
「自覚はあるよ。でも性なんだ。こればかりは仕方がない」
「言い訳にならない」
シトロンは、机に肘をついて納得が行かないと態度に出す。そんなシトロンをルーは、諫めるのだが、それは最適解の誤魔化しに過ぎない。納得が出来ないのならば、ルーはもう少しだけ考えてみる。目を瞑って腕を組むルーに興味を奪われ、何を言って見せるのかとシトロンも期待をしてじっと待つ。
「あくまでも対等な関係で居たいのだよ。それこそ、背中合わせで世の荒波を越える相棒になるかもしれないなら。本当にどうしようもなく頼りなかったら落ち着かないだろう?」
「―― 詭弁だわ。そんなの」
「まあ、列記とした言い訳として君に捉えて貰えたのなら僕やランディも満足だね。共感出来てきちんと情状酌量の余地があるって事だから」
「喧しい」
期待外れの回答に目頭を押さえるシトロン。勝ち誇った顔でルーは、煙草を一服。何とも実入りの無い会話だ。狸と狐の化かし合いが続く一方でルーは、真面目な雰囲気を醸し出しつつ、シトロンへ警告をする。
「ただし……君は今回、静観していた方が良い。何にせよ……これ以上、登場人物が増えてしまうとこの見るに堪えない人形劇が更なる混沌を生み出すから」
これからこの町で起きる出来事の結末は、誰にも分らない。誰がこの物語の脚本を書いているのか。全てが支離滅裂で表層には何も浮かんで来ないのだ。だからルーは、恐れている。その先に何が待つか分かっているのは、ランディだけなのだろう。だが、肝心のランディに何が見えてそれに対して何を考えているのか。皆目見当がつかない。
「……それは、これからの状況次第。あんまりにもだったら――」
「僕にもこの結末が読めない。恐らく……ブランさんにもだ。既に小耳に挟んでは居るけど、特に動きは無い。もしかすると、痴話だけでは済まされない可能性も……ある」
「正直に言うわ……私もあの人が怖い。何て言うか……言葉にし辛いんだけど、何を考えてるか分からないし。町に居る間、不気味な事ばかり起きるんだもの」
「同感だね。何よりも人じゃないみたいな感じがする。やんわりとした雰囲気の人だけど、のっぺりとして近寄り難い。ランディと何処か似通っているけど。その実、正反対なんだ。生きる意欲が無いと言うか、淀んだ何かに魅入られている様な……」
「絶望……ね」
「そう、それだ……諦観に塗れて空っぽなんだ。本当に何もない」
それぞれの直感を頼りに答え合わせが始まる。最もそれは、あくまでも主観の域を超えない。憶測が憶測を呼び、却って真相から遠ざかる事など、日常茶飯事だ。ランディが以前にもシトロンへ語ったが、日常に漂う小さな齟齬がそれだ。化物の正体が単なる枯れ尾花であれば、肩透かしを食らうだけで済む。されど、そんな簡単な話で済まされない何かがこの町で蠢いていた。だが、二人にもこれだけは分かる。恐らくそれは、一人一人の持つ何が寄せ集まって出来たとてつもない怪物だと。
「ランディは、何か勘付いてるみたいだけど……僕にはそれが分からない。だから不安なんだ。如何にか解決しようとしてるけど、それが叶わない未来しか……僕には見えない」
「同じよ……でも、止められない。そうなんでしょ?」
「こればっかりは……フルール次第だからね」
「あっそ――」
既に歯車は、動き出している。止める事は、出来ない。唯一の希望も今は、沈黙を続ける。だが、人々の向けるその小さな期待こそが、この歪んだ物語において諸悪の根源である事は、今のルーやシトロンにも分らなかった。
「まあ、僕なりに手は尽くす心算だ。君もあまりランディを刺激しないであげてくれ」
「善処は、する。約束なんて出来ない。我慢出来なかったら口出す」
「それで良い。頼んだよ」
互いに確約は、出来ない。解決も放任も許されるならそうしてやりたい。だが、許されない。もどかしさを抱えたまま、二人の会合は、お開きと相成った。